大イチョウ
「瞳の色はメラニンの量で決定する。メラニンが多ければ黒、少なければ緑、更に少なければ青、完全に欠乏すれば赤……血液の色だな」
「じゃ、吸血鬼の瞳が赤いのは理に適ってるんだ?」
「……。それもそうだな」
昼休み。高等部の中庭で門叶くんに遭遇した。本日の交信相手は医学読物らしい。
「メラニン色素は、紫外線によるダメージから目を守る。そのため、メラニン量の少ない瞳のほうが眩しく感じるそうだ」
「じゃ、吸血鬼が太陽を見て『眩しいぃっ!』って叫ぶのは理に適ってるんだ?」
「……。普通の人間も、太陽を直視すれば眩しがると思うが」
それもそうか。
(……何でこんな話をしてるんだろう……)
自分でもよく分からないが、軽く挨拶を交わして、気がついたら現状に至っていた。
「君は吸血鬼が好きなのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「古い民話などではよく屍喰鬼と混同されているな。例えば……」
「いやいや、詳しく語らなくていいから!」
怖い話になりそうだ。
(――ん?)
その時、私は視界の隅に知り合いを見つけた。
ミリちゃんだ。
次は移動なのだろうか。教材らしきものを小脇に抱えている。
と――ふいに、彼女は立ち止まった。
(?)
よく見れば、ミリちゃんの顔の横辺りに一本のヒモが垂れ下がっている。一見、蔓のような植物の一種に見えなくもないが――。
目で辿ってみると、出どころは二階の窓らしかった。
(……)
怪しい。
「?」
が、ミリちゃんはその出どころも確かめず、いきなりヒモへ手を伸ばした。
(!)
「ミリちゃん、待って! 罠だよ!」
「え?」
咄嗟に叫んだが――遅かった。ミリちゃんの手は、クイッとヒモを引いていた。
バババババッ!!
途端、ヒモの出どころの窓から、何やら黄色い物体が噴き出した。
「ぎゃあぁあああっ!?」
条件反射のようにパッとホールドアップし、ミリちゃんは教材を落っことした。
(――蝶!?)
噴き出した大量の何かは、黄色い蝶の集合体らしかった。その塊はぶわっと窓から飛び出すと、狙ったようにミリちゃんの頭上へ降り注ぐ。
「ひょえぇえええっ!?」
ミリちゃんはパニックみたいに両腕をぶんぶん振り回し、黄色い蝶の雨を掻き乱した。
(――ん!?)
ふいに――蝶が、割れた。
(へっ!?)
窓から飛び出した瞬間、それは確かに『蝶』の形をしていたが――落下の途中、どの蝶もパッと四つに分かれ、ヒラリと舞った。
(――イチョウ!?)
地面に落ちてみると、それは大量の、イチョウの葉の形に切られた黄色い紙だった。
――バサッ!
最後に一枚、特大サイズの『イチョウ』が舞って、黄色い雨は止んだ。
「……」
ミリちゃんは呆然と足元を見下ろした。
おしまいに降ってきた『大イチョウ』にはお相撲さんの切り絵が付いていて、イタズラっ子のように笑っている。
「――あっははははは!」
陽気な爆笑が響いた。
二階の窓から、黒茶色の髪の少年がひょいと身を乗り出す。
「エルちゃん、見てた〜?」
「……リューくん……」
彼は、呑気にこちらへ手を振ってくれた。
「……」
ミリちゃんは降り積もった『イチョウ』を払いのけ、先ほど落っことした教材を拾い上げた。
直後――彼女はクワッと豹変した。
「リュウゥゥゥッ!!」
「エルちゃん、またね〜」
ドドドドド!!
二階へ続く階段を求め、ミリちゃんは来た道を逆走していった。
リューくんも窓からひょいと引っ込んだ。
「……」
「……」
あっという間の出来事だった。
後には私と門叶くんと、降り積もった『イチョウ』の山が残された。一見、本物の落ち葉のようだ。
(そういえば、この前……『今度、チョウチョの作品を見せてあげるね〜』って言ってたなぁ……)
約束を守ってくれて嬉しいよ、リューくん……。
(――ん? でも今、ミリちゃんが通りかからなかったらどうしてたんだろう?)
……いや、リューくんはミリちゃんのスケジュールを把握してるから、彼女の通過時刻の見当はついたはずだ。しかし、私に今の作品を見せるつもりだったのなら、ここに私とミリちゃんが揃うタイミングを狙わねばなるまい。不発覚悟で待ち伏せでもしていたのだろうか。
――あるいは。
(直接、私に仕掛けるつもりだった?)
……あり得る。
とりあえず、校内で怪しいヒモを見かけたら、むやみに引っ張らないようにしよう……。
今後の注意事項を胸に刻み、ふと横を見ると、門叶くんが『イチョウ』の山を凝視していた。そのまま、彼は口を開く。
「――ギンナンは好きか? 篠沢さん」
「ええっ!?」
他に言うことはないのか!?
しかも、質問しておきながら答えを待たず、彼は続けた。
「屍喰鬼といえば、こんな民話を読んだことがある。呪われた姫君が毎夜、屈強な兵士を一人ずつ……」
「詳しく語らなくていいってば!」
そこへ戻るのか!? せめてメラニンへ戻ってくれないか、門叶くん!
(……何でこんな話をしてるんだろう……)
自分でもよく分からないが、気がついたら現状に至っていた。




