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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
41/341

助言

「雑木林で踏んづけたぁ!?」

 事情を話すと、十碧くんは驚きと呆れの入り混じった声を上げた。

「そ、そうか。それで踏みどころ(?)が悪くてあんな状態に……」

「踏んだのは頭じゃなくて手だよ、手!」

 今、我々は来海家の車の中である。なりゆきで、私は家まで送ってもらうことになったのだ。

「にしてもお前、凄いな。あの紫関零を踏んづけるとは……」

「そんなことに感心しないでくれる!?」

 初めて十碧くんに尊敬の眼差しを向けられた。

「で、その踏みっぷりに惚れ込まれたわけか? 意外だな。あの男にそっちの趣味が……」

「ないよ、多分!」

 あったら怖い。

「だって、踏んだ直後はすっごい目で睨まれたよ!?」

「そうなのか? けどお前、それが初対面だったんだろ? 他のどこに惚れるポイントがあったんだ、今のエピソードで」

「い、いや……確かに会ったのは初めてだったけど、向こうは私のことを知ってたみたいだよ。校内新聞で」

「校内新聞? ――人気投票か!」

 さすが十碧くん、コレには敏感だ。ハッと思い当たった様子で、すかさず正解に辿り着いた。

「何っ? ということは、お前の写真を見ただけでああなったのか! おかしいぞあいつ! 実物を確認する前から人格崩壊かよ!」

「人格崩壊……」

 元の性格はよく知らないが、私の知っているアレではないのだろう、さすがに。

「はあ……あの男がなぁ……。自分はサインとか握手とかねだってくるミーハーなファンは大嫌いなくせに……」

 十碧くんは意外そうに感心している。

「そうなの? ……ねだってきたね、本人は……」

「今までのは同族嫌悪だったのか?」

「さ、さあ」

 私には分からないよ、そんなこと聞かれても。

「……ちなみに十碧くんは、『サインください!』とか『握手して!』とか言われたらどう思う?」

「え? うーん……」

 彼はいきなり、コロッと儚げモードに切り替えた。

「ちょっと恥ずかしいかな……気持ちは嬉しいけど。あまり騒がれ過ぎるのも困ってしまうし……」

「……」

 それはどうかな?

「――本当は、騒がれれば騒がれるほど快感なんじゃない?」

「さすが篠沢様。よくお分かりで」

「何だ、お前らぁぁっ!」

 ――どしどしっ!

 十碧くんの連続チョップが炸裂した。

 まず私が、すかさず遠藤さんが叩かれた。

「……遠藤さん、巻き込んじゃってすみません……」

「いえ。私もつい余計なことを」

 運転席に向かって謝ると、遠藤さんは笑って許してくれた。

「なに打ち解けてやがる! おかしなとこで意気投合するなぁっ!」

「すみません!」

「失礼しました」

 私は十碧くんの迫力に怯んだが、遠藤さんは平然としていた。

(……慣れてる……)

 さすが『保護者』。

「ちっ……それよりエル、気をつけろよ」

「えっ、何に? チョップ?」

「違うっ!」

 十碧くんは真面目な顔をした。

「紫関零のことだ。対応を間違えたらしつこく付きまとわれるかもしれないぞ」

「え? ……あ、ああ。そうだね……」

 言われてみれば。

「でも、大丈夫だよ。クマがいるし」

 契約中、奴は私をあらゆる危害から守らなければならない。仮に紫関先輩が問題行動に突っ走ったとしても、クマが何らかの対処をするだろう。

「あー、そうか。けどな、お前の大好きな兄貴だって校内までは助けに来れないだろ?」

 十碧くんは呆れた表情を浮かべた。彼は、私をブラコンだと思っている。

(……)

 助けに来れるんだよ、それが。

「いいか? 距離感が大事だからな。お前にその気がないなら甘い顔はするなよ? かといって、あんまり手ひどく突っぱね過ぎても逆効果だ、場合によっては。付かず離れず、な」

「う、うん」

 これも社交術――いや、処世術か?

「でなきゃ、引き込め」

「……は?」

 引き込む?

「――俺のファンクラブの会長も、元はストーカーだ」

「へっ!?」

 私はぎょっとした。

「人は、義務や責任がなければ暴走する。だからあえて、俺にとって重要に見えるようなポジションを提供した」

「え――っ!?」

 もしやこの人、『フェアリー・プリンス』の称号だけでなく、ファンクラブまで自分で作ったのか!?

「おかげで今は落ち着いてるし、他のストーカー予備軍もよく抑えてくれる」

「そうなの!?」

 効果はあったらしい……。

 まあ、たとえ義務や責任があったとしても暴走しそうな人が私の目の前にいるが。

「い、いやでも、私の場合それはちょっと」

「ふん。確かにリーダーシップはなさそうだな、あの男。カリスマ性はあるのに。会長なんて無理か」

「そうじゃなくて! そもそもファンクラブの発想自体が不自然でしょ!」

「不自然? ――言われてみれば、芸能人が素人の熱狂的ファンってのは珍しいな」

「素人にファンクラブがあるのも珍しくない!? バンドも劇団も何もやってないのに!」

「まあ、ケースバイケースだ。とりあえず参考として覚えとけ」

「ケースバイケース!?」

 というか、君のはレアケースじゃないか!?

(存在自体がレアだからなあ……この人は)

 少なくとも、十碧くんはどこにでもいるようなタイプではない。参考になるんだかならないんだか。

 そうこうしているうちに、車はマンションへ到着した。

「――あ、そうだ」

 降りる直前、私はふいに思い出して自称フェアリーを振り返った。

「十碧くん。さっきはありがとう」

「ん?」

「私が紫関先輩にサインねだられてた時、さりげなく助けてくれたでしょ? あと、今日は送ってくれてありがとう」

「……」

「遠藤さんも、ありがとうございます」

「いえ。お気になさらず」

 遠藤さんは微笑んだ。

「……お前……。人いいな」

「――はっ?」

 ふと気づくと、なぜか十碧くんは呆れ返った顔をしていた。

「俺の弱みを握ってるくせに脅迫もしないわ、得にもならないのにお見合いには協力するわ、変な男に絡まれても怒らないわ……」

「ええっ!?」

 まさかこの人、いずれ私に脅迫されるとでも思ってたのか!?

「そんな調子じゃ、世の中渡っていけないぞ。利用できるものは利用したほうがいい。警戒心も持て」

「……。十碧くん、私に脅迫してほしいの?」

「んなわけあるかぁぁっ!」

 ――どしっ!

 本日最後(多分)のチョップを喰らった。

「そういうことを言ってるんじゃねえ! お前が利用されやすそうな人間だってことを教えてやってんだ俺はぁっ!」

「ご忠告痛み入ります!」

 もしや、この人なりに親切を発揮してくれたのか?

(――世の中渡っていけない、か……)

 確かに――私はうまく出来なかった。

 だから今、ここにいる。

「……ありがとう。心配してくれて」

「……」

 ――どしっ!

 本日最後(多分、今度こそ)のチョップを喰らった。

「えええっ!? 今のは何で叩かれたの!?」

「心配なんざしてねえよ! ていうかお前、これだけ叩かれても無抵抗なのか!? 怒ったり反撃したりしないのか!」

「えっ、やり返していいの!?」

「――やれるもんならやってみな?」

「ぐ」

 十碧くんは『フェアリー・プリンス』らしく、儚げに微笑んだ。

 が、声と口調は本性のままだった。

「や、やめておきます……」

 後が怖い。叩き返せるわけがない。

「――賢明なご判断です、篠沢様」

 と、遠藤さんが言った。

(えっ!?)

「遠藤さん、反撃したことあるんですか!?」

「……今でも後悔しております……」

 彼はふっと遠い目をした。

(……)

 何があったんだ、遠藤さん……。

(やっぱり、参考として覚えておくだけにしよう……)

 私は小実代さんの稲妻チョップ返しを思い浮かべ、その勇姿をしっかりと脳裏に焼き付けた。



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