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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
36/341

紫関財閥

 お見合いがセッティングされているというから小規模なものを想像していたが、来海家のお茶会は立食形式で、かなりの大人数だった。先月のバースデーパーティーを思い出させる賑やかさだ。

 ただ、先月と違い、今回の招待客は十代後半から二十代ぐらいの若い人がほとんどのようだった。あとは付き添いらしき中高年が何割か。

 ……これって……。

「十碧くんのハーレム?」

「嫌だな、エル。男女比が目に入らないの?」

「そうだね、半々ぐらいだね!」

 儚げに微笑んだまま圧迫感を与えてくる。器用なフェアリーだ。

「てっきり、十碧くんだけがターゲットかと思ってたけど……違うみたいだね。これ、お茶会にかこつけた不特定多数のお見合いパーティーってこと?」

「身もフタもない言い方をするね……間違ってはいないけど」

 来海くんはちょっと困ったように笑った。

「祖母が好きなんだ……こういうの。今回がこのタイプのお茶会だっていうのは、僕には伏せられていたけどね」

 ということは、来海くんは直前まで、今回のはただの社交イベント的なお茶会だと思っていたわけだ。お見合いパーティーじゃなくて。

 おばあさんとお姉さんの陰謀で。

(……)

 我々は今、とあるテーブルのそばに並んで立っている。来海くんは今のところ、他の人とは挨拶程度にしか口をきいていない。

 私と目が合うたび、儚げにふっと微笑む。私のティーカップに紅茶が注がれるたび、「砂糖は?」「ミルクは?」と気遣ってくれる。

 ふわふわの淡茶色の髪が、澄んだ瞳が、自然なタイミングでキラッと光る。

(……)

 気色悪い。

 何も知らない他の人々は、彼を本物の『儚げな美少年』と信じて疑わないが。

「十碧さん、相変わらず綺麗ね〜」

「ええ。ますます素敵になられたみたい」

「何だかキラキラと輝いて見えるわ〜」

「……」

 計算ずくですよ、その『キラキラ』。

「独身の男女を集めて、我が家に都合のいいカップルを作ったり、逆に別れさせたり……」

 来海くんは続けた。

「――えっ!?」

 私は耳を疑った。

「人間関係や利害関係の操作というか……そういうの。あとは単純に、若い人たちと交流するのが楽しいみたいだね」

「こ、後半だけ聞けば、ただの人付き合いの好きなおばあさんだけど!?」

「……まあ、嘘ではないね。その一面も」

 来海くんはふと、私の小皿に目を留めた。

「ガトーショコラ、気に入った? 良かったら僕のも食べない?」

「……」

 私にカロリー押しつけようとしてるよ、この人。

 とはいえ、どうせ『篠沢恵瑠夢』は太らない。遠慮なく貰うことにした。

「うん。ありがとう」

 私は来海くんの小皿と、カラになった自分の小皿を交換した。来海くんのガトーショコラは手付かずだ。

 すると、周囲が小さくざわめいた。

「まあ……十碧さんとあのお嬢さん、とっても仲が良さそうね」

「綺麗なお嬢さんね〜。どこのご令嬢かしら? 確か、十碧さんのバースデーパーティーにもいらしてたわ」

「篠沢恵瑠夢さんっておっしゃるそうよ。学校のお友達ですって」

「……」

 声も笑顔も、雰囲気も和やかだ。悪い感じはない。

 けど、分かる――品定めされている。

 敵意というほどではないが、少なくとも好奇心を寄せられてはいるらしい。

 まあ、今日の私の使命は来海くんの防波堤というか虫よけというか、そんなようなものだから、今のところ高評価なこの状況はその意味で『順調』とも言えるが。

「……で、十碧くんのお見合い相手は?」

「向こう――祖母と同じテーブルのそばにいる。白い花柄のワンピース」

 私はそちらを見た。

 来海くんが目で示したテーブルには、品のいい老婦人とおっとりした中年女性、そして高校生ぐらいの少女がいる。ワンピースを着ているのは、その少女だ。

 ゆるく巻かれた亜麻色の髪、湖のような深い瞳。ほんのり色づいた唇、花柄の色に似た白い肌。

 ちょっと緊張した様子で、老婦人と喋っている。

「へえ。可愛い人だね」

「大丈夫。君のほうが可愛いから」

「……」

 来海くんはさらっと言ってのけた。

 しかし、それは自分では判断しにくいし、たとえ事実だったとしても、「そうだね、私のほうが可愛いよね!」などと本気で言える神経は、私にはない。

「……ありがとう。でも、十碧くんはもっと綺麗だよ」

 仕方ないので、私は自称フェアリーを褒め返しておいた。

「え……嫌だな。そんなことないよ」

 来海くんは照れた様子ではにかんだ。

「……」

 嘘をつけ。

 私には分かる。君が今、心の中で「当然!」とふんぞり返ったのが。

「それに、今日重要なのは僕じゃなくて、君のほうが彼女より上だっていう事実だから。その美貌でお見合いを吹っ飛ばしてね」

「……」

 表面は『フェアリー・プリンス』のままだが、発言内容はだいぶ崩れてきている。大丈夫か?

「と、十碧くんの美貌なら、単独でも吹っ飛ばせるんじゃない?」

「それはまずいな……彼女、紫関の人間だから」

「しぜき?」

「そう。紫関財閥」

「――っ!?」

 私は息を呑んだ。

 なんと、財界でも一、二位を争う大財閥ではないか!

「そ、それ……あの紫関財閥? 同じ名前とかじゃなくて?」

「うん。だから、僕がヘタに単独で吹っ飛ばすわけにもいかなくてね……。面倒なことになりそうだし」

「め、面倒どころか、単独じゃなくたってお家取り潰しにならない!?」

「いや、江戸時代じゃあるまいし、いくら何でも。うちもそこまで弱い家でもないし」

「そうなの!?」

 私でも知っているような大財閥に睨まれても平気なのか、この家は!?

 いや、そもそもそんな大財閥のお嬢様との縁談が持ち上がること自体が凄い。来海くんっていったい……。

「まあ、救いは正式な話じゃないってことだね。今日は単なる顔合わせの意味が強いから、この段階なら何とでもごまかして断れる」

「……ああ。顔合わせだからこんな大規模なお茶会なんだ。料亭の個室とかじゃなくて」

「そこまでいったら断れないよ」

 なるほど。段階というものがあるらしい。

「――十碧様」

 私が二つめのガトーショコラを食べ終えた頃、メイドさんが控えめに声を掛けてきた。

「大奥様がお呼びです」

 !

 私はギクッとした。

(きたっ)

「――分かった」

 短く答えて、来海くんは私に微笑みかけた。

「エル。行こうか」

「……うん」

 我々は女主人の元へ向かった。



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