身上調査
日曜日。約束の時間五分前にマンションを出ると、すでに黒い車が停まっていた。
「ご機嫌うるわしく存じます、篠沢様」
「こ、こんにちは……」
運転席から遠藤さんが降りてきて、わざわざ後部座席のドアを開けてくれる。私は来海家の車に乗り込んだ。
中には来海くんがいる。
「よう、篠沢」
「お迎えありがとう……来海くん」
「……」
自称フェアリーは、何やら考えるそぶりを見せた。
「他人行儀過ぎるのも不自然だな。お前……確か『エル』って呼ばれてたよな。今日はそれでいくぞ」
「えっ、せめて『ちゃん』付けにしてくれない?」
「お前は、俺のことは名前で呼べ。いいな、エル」
「……」
私の要望は却下された。
「えーと、名前……」
「十碧様です」
と、遠藤さんが教えてくれた。
「十碧様、ね。十碧様、十碧様……」
「余計に不自然だろ! 『様』はよせ!」
軽く練習していると、来海くんに文句をつけられた。
「じゃ、十碧さん?」
「それもちょっと他人行儀かな」
「十碧?」
「――へえ、呼び捨て? いい度胸だね?」
「と、十碧くん! 十碧くんって呼ぼうかなっ?」
「よし」
お許しが出た。
私はほっと息を吐いた。
「……で、今日は具体的にどうすればいいの? 上流社会のお喋りってよく分かんないんだけど。エジプト情勢の議論でもしようか?」
「誰も聞かねえよ、そんな話」
「じゃ、美肌術についてとか」
「……。いや、興味ねえ! 俺は興味ねえからな!」
そうか? なら、今の間は何だ。
「それに、雑談の前に自己紹介だろ。お前、さりげなく身上調査されるからな。覚悟しとけ」
「身上調査!?」
面接じゃあるまいし。
……いや、お見合いなんて面接みたいなものか。
「家族構成とか年収とか……お前、親は何やってる?」
「父親はドバイでホテル経営してるよ。母親もあっちでジュエリーサロンやってる。といっても、メインはトラベルジュエリーだけど」
これはクマが作ってくれた設定だ。
トラベルジュエリーとは、高価なジュエリーの代わりに旅先へ持っていく豪華なニセモノのこと。本物を持ち歩いてなくしたり盗まれたりするのを防ぐためだ。
「あと、兄貴がいたよな?」
来海くんは体育祭の時、『篠沢朔真』と顔を合わせている。
「うん。今、東大の一年生。工学部だよ」
これも、クマが適当に決めた設定だ。
「……へえ」
来海くんは感心したような声を漏らした。
「お前、わりといい物件だな」
「物件!?」
私は不動産か?
「これなら演出の必要はないな。聞かれたら素直に答えればいい」
「演出!?」
君はプロデューサーか?
「それと、お前自身のことも聞かれるぞ。趣味は?」
「えっ! り、料理かな?」
――元の私の趣味は料理を『作る』ことではなく、『食べる』ことだが。
「特技は?」
「……料理」
「食い気一辺倒かよ、お前は。他には何もないのか? 楽器とか手芸とか、お茶とかお華とか」
「んー、一応全部出来るけど……」
「はっ? 全部!?」
来海くんは目をむいた。
「……ちなみに、楽器は何が出来るんだ?」
「何でも出来るよ。知らない楽器でも、五分くらい練習すれば大丈夫」
「はあっ!? 凄いなお前! ほんとかよ!」
根拠はある。実は放課後、音楽室でクマと一緒に遊んだことがあるのだが、『この子』は全ての楽器をやすやすと演奏できていた。多分、二流プロぐらいの腕前はあると思う。本格的に練習すれば、一流プロ並みにだってなれそうだ。
「なら、もし話の流れでバイオリン渡されて『弾け』とか言われても問題ないか?」
「うん」
「ちなみにその場合、何を弾く?」
「そうだなあ……『ラ・カンパネラ』とか」
クラシックはよく知らないが、これは有名なので分かる。メロディーさえ知っていれば、超絶技巧曲だろうと『篠沢恵瑠夢』には演奏可能だ。
「何っ、そんなレベルなのか!? 俺なんか『アヴェ・マリア』と『愛のあいさつ』と『主よ、人の望みの喜びよ』を使い回しだぞ!」
「えっ、十碧くんもバイオリン弾けるんだ」
上流社会のたしなみか?
「……そういえば、十碧くんの趣味って何? 鏡を見ること?」
「それは趣味じゃねえ、生きがいだ!」
「え――っ!?」
堂々と言い切ったよ、この人。
「俺の趣味は妖精集め。表向きは観劇だ」
「妖精集め!?」
『グッズ』を省略するなよ、来海くん。
「さ、さすがフェアリー・プリンスだね。やっぱり妖精モノにはこだわりがあるの?」
「まあな。俺の原点だ」
「……」
来海十碧。妖精になりたかった子供。
そして、その夢を叶えてしまった少年。『フェアリー・プリンス』という思いがけない形で。
「――ほら、これもちゃんと使ってるぞ」
「え」
そう言って、来海くんはハンカチを取り出し、広げてみせた。
「あ、私があげたやつ?」
オペラ座と、そこから流れてくる色とりどりの音符。その音符と戯れながら歌ったり踊ったりする妖精たちの絵。
GWの時のお土産だ。
「今日は、『そこそこ仲がいいけど付き合ってはいない』設定だからな。ちょうどいい小道具だ」
「ふうん。『完全に付き合ってる』ことにしたら、それはそれで角が立つから?」
「いや。ただ、フェアリーはみんなのものだからな。特定の相手は作らない! 女はせいぜい親友まで!」
「え――っ!? ……あ、前にもそんなこと言ってたね、そういえば」
来海十碧。彼女いない歴十六年。己のフェアリー・イメージに全力を傾ける男。
「えーと、つまり、十碧くんのイメージを壊さない程度に距離があって、かつお見合い相手には入り込めないくらい親しい感じ?」
難しくないか? どんな感じだ。
と思ったが、意外とあっさり、私は身近な実例を思い出した。
「あ、分かった。ミリちゃんとリューくんだ」
あの二人はものすごく仲がいい。かといって色恋沙汰に発展する気配はない。それでいて、他の誰にも入り込めない強い絆を感じさせる。
「……。まあ、間違ってはいないな」
来海くんは微妙な顔をした。
「――祖母は幸い、俺がお見合いのセッティングに気づいたことは知らない。そこが狙い目だ。俺は知らん顔して女友達を同席させて、適当にいい雰囲気を作ってはぐらかす。そうすれば、祖母も相手の令嬢に恥をかかせないため、あえて話をお見合いへは持っていかない。表面上はただのお茶会で終わるはずだ」
「適当にはぐらかす……それ、上流社会の社交術?」
「というより処世術だな。お前も覚えといたほうがいいぞ。その美貌と才能と財力じゃ、この先何千人の男が付きまとってくることか」
何千人ってことはないでしょうよ。
「……大丈夫。クマがいるから」
「クマ? ――ああ、お前の兄貴、『サクマ』っていったな」
「……よく覚えてるね」
体育祭の時、奴は来海くんの前でフルネームを名乗っている(偽名だが)。その一度しか聞いたことがないはずなのに。
「何だお前、ブラコンか?」
「……。まあね」
そういうことにしておこう。
心配してもらわなくても、私に『この先』はない。
「気が知れねえな。俺の場合、自分が姉貴を慕ってる図なんて想像つかねえ」
「そう? でも、十碧くんのお姉さんなら凄い美人なんじゃない?」
「美人!?」
なぜか、来海くんはぎょっとしたようだった。
「美人……っていうのか? あれは……」
「え」
「……」
来海くんは黙り込んでしまった。
(……?)
来海くんのお姉さんって、いったい……。




