ダミー
昼休み。いつものようにお弁当を食べ終えた私は、学園敷地内の雑木林をふらふらと歩いていた。
(……ん?)
どこへ向かうともなく適当に足を動かしていると、木立の間に知り合いを見つけた。
来海くんだ。
何やら深刻そうな面持ちで、緑の木陰に佇んでいる。
(……うーん)
私は小首を傾げ、彼に近づいた。
「来海くん、ちょっとやり過ぎじゃない? 眉間のシワは一〜二本減らしたら?」
「……」
儚げな表情を浮かべたまま、来海くんはこちらを見た。
「一応聞くけど……僕、今何をしているように見える?」
「『憂いを帯びた美少年』中でしょ?」
「違ぁぁぁうっ!」
――どしっ!
今日もチョップを喰らった。
「えっ、じゃあ何!? 何か悩みでもあるの!? 大丈夫、来海くんは世界一美しいよ!」
「当たり前だ、俺は美しい! けど何だその棒読みは! 適当に言ってるだろお前!」
「えっ、バレた!?」
「図星かぁぁっ!」
――どしっ!
再びチョップを喰らった。
(うぅ……すっかりパターン化してる……)
わざと失言を吐いているわけでもないのだが。
「……で、いったいどうしたの。来海くんがそんな顔するなんて――あ」
私はハッと思い当たった。
「ひょっとして、人気投票……」
「――まだ最新号は出てないからね? 出たとしても僕は一位だからね?」
「そ、そうだよね! 一位は来海くんの指定席だもんね!」
笑顔で圧迫感を与えられた。
「えーと、じゃあ……アッ」
再び、私はハッと思い当たった。
来海くんをじっと見つめる。
「……。何?」
来海くんは不審そうな顔をした。
「どこか不調なんでしょ?」
「は?」
「え〜、でもどこが? 髪はふわふわだし肌はつやつやだし爪はぴかぴかだし、いつも通りの美少年っぷりだよ?」
「……。褒めてくれるのは嬉しいけど、ひょっとして君、僕の悩みといえば美容関係だけだと思ってる?」
「違うの? なら――あぁっ!」
三たび、私はハッと思い当たった。
「ひょっとして来海くん、遂に遠藤さんに愛想尽かされちゃった!?」
「んなわけあるかぁぁっ!」
――どしっ!
心なしか、いつもより力が強い。
「俺があいつに愛想尽かすことはあっても、あいつが俺に愛想尽かすことなんざねえ! あいつの過保護は筋金入りだぁぁっ!」
「えええっ!?」
何やら、声の響きが切実だった。触れてはいけない領域だったかもしれない。
「ったく……お前の発想は呑気な上に無礼だよな」
「……じゃ、深刻で礼儀正しい発想ってどんなの?」
「知るか!」
と言った後、来海くんはため息をついた。
(――おぉ)
「何それ、『哀愁のため息』? ちょっと色っぽいね」
「だから、今は『憂いを帯びた美少年』やってるわけじゃねえって」
『今は』?
ということは、普段はやってるんだ……『憂いを帯びた美少年』……。
「あのな――週末、うちでお茶会があるんだ」
「お茶会?」
フェアリーのティーパーティーか。メルヘンチックだ。
「昨日知ったんだが……それがどうも、仕組まれたものだったらしい」
「……は?」
仕組まれた?
「主催は祖母なんだ。で――あろうことか、俺に内緒でお見合いをセッティングしてるらしい」
「……。え――っ!?」
お見合い!?
意外な単語に、私の脳は軽い混乱を起こした。
「メ、メルヘンチックだね!?」
「どこがだよ!」
結果、的外れな感想がこぼれた。
「来海くん、結婚するの!? その年でもう人生の墓場に足突っ込んじゃうの!?」
「この年じゃ結婚できねえよ! するとしたら婚約だ! ていうか、それが嫌だから悩んでんだ俺はぁぁっ!」
――なるほど。
「ちっ……いつもならもっと早く情報つかんで回避できるのに……姉貴めぇぇっ!」
「ヒッ!?」
噴出する殺気。黒いオーラ。
私は思わず後ずさった。
「お、お姉さんが情報抑えてたの?」
「ああ。自分がお見合いしたくないからってあの女ぁぁっ!」
「そうだったの!?」
姉弟間で攻防が繰り広げられていたらしい。
「で、でも、そんなに嫌なら断るなりすっぽかすなりすれば?」
「――今回はすっぽかせない」
来海くんは難しい顔をした。
「一度出席の返事をしておきながら、今になって妥当な理由もなく欠席なんて、祖母が許すはずがない。仮病も駄目だ。祖母には通用しない」
「……」
来海くんのおばあさんは厳しい人なのだろうか。
あるいは、これも社交の一環か。たとえお見合いがなかったとしても、ただお茶を飲んでお喋りするだけの場ではないのかもしれない。
「会うだけ会って、断るのは?」
「それしかねえが……相手はいい家のご令嬢でな。角が立たないように、かつ俺のフェアリー・イメージが崩れないように、気をつけてうまく立ち回らねえと……」
「フェアリー・イメージ!?」
それはどうでもいいが、上流社会で『角が立たないように』というのは重要だろうと、察しがつく。これをきっかけに良家同士で妙な揉め事にでも発展したら面倒だ。
断るなら美しく断る。それが来海くんの信条である。
「……ん? ていうか来海くん、普段からよく女の子フッてるよね? あれはどうやってるの?」
「……」
すると――来海くんの表情が一変した。
とても困ったような、悲しそうな瞳。長い睫毛が、寂しげに震える。
「ごめん……君の気持ちには、応えられない……」
(――おぉ)
雪のように儚げで、繊細。今にも幻みたいに消えてしまいそうだ。
「へ――っ、凄い! コレなら、よっぽどずうずうしい人じゃない限りゴリ押ししてこないね! お見合いもソレでいいんじゃない?」
「……よっぽどずうずうしい人なんだよ、俺の祖母は」
来海くんの目がどんよりした。
「えっ!? そ、そっか。さすが来海くんのおばあさんだね」
「どういう意味だぁぁっ!」
――どしっ!
またもやチョップが炸裂した。
「今、ドサクサに紛れて俺のことをずうずうしいって言いやがったなお前!」
「直接的には言ってないよ!?」
「間接的には言っただろうがぁっ!」
――バレたか。
「まあ……それはともかく」
「何がともかくだ」
「角が立たないようにっていうなら、定番の言い訳を使うのが無難じゃない? 『他に好きな人がいます』とか。学校じゃないんだし、それくらいなら影響ないでしょ、フェアリー・イメージに」
「――甘い」
来海くんは眉をひそめた。
「今回ばかりは参った。ダミーにことごとく手を回されてる」
「……は? ダミー?」
聞き慣れない単語が飛び出した。
「当たり障りのない家柄の連中で、ダミー協定を結んでる奴が何人かいるんだ。こういう時、今お前が言ったような理由の相手として、名前を使ったりする」
「……ああ。気の進まない縁談が来たら、『わたくしには十碧様という心密かにお慕いする方が!』とか言って断るわけ? その代わり来海くんも、『僕は最近、美理さんと一番気が合っていて』って……」
「気色悪っ! 岬美理で例えるな! だいたいそんな感じだけど!」
気色悪いって、ミリちゃんに失礼な。
しかし、わざわざそんな協定を結んでいるとは……上流社会は大変だ。
「で、手を回されたっていうのは?」
「祖母と姉貴にやられた。今回、いつものダミーの名前は使えない。無理に使えば、後で家同士の厄介事になる」
「うわあ」
何やら複雑な駆け引きがあるらしい。
「ということは、『他に好きな人がいます』は効かないわけ? じゃあ来海くん、正直に言っちゃうの? 『僕と同じくらい美しい人でなければお断りです』って」
「思いっきり角が立つだろうがぁぁっ!」
――どしっ!
今日はチョップが多い。
「ていうか、俺の好みを勝手に決めつけるなぁっ!」
「決めつけてません! ちょっと言ってみただけです!」
間違っているとは思わないが。実際、来海くんも否定はしないし。
「ったく……他人事だと思って能天気なことばっか言いやがって。どうせならもっとマシな案を出せよな」
来海くんはぼやいた。
(――ん?)
その言葉に、私は引っ掛かりを覚えた。
(『もっとマシな案を出せ』?)
もしや今、私は相談されている?
「えーと、ごめん。ほんとに困ってるんだね」
ちょっと反省して、私は真面目に考えた。
「うーん、ダミーかぁ……私の名前なら使っていいけど、そういう問題じゃないよね?」
わざわざ協定とやらを結んでいるからには、気の進まない縁談を断るにしても、口実として適当な名前を出すわけにはいかないのだろう。
ミリちゃん曰く、人脈・金脈・情報網は命綱。架空の名前はすぐバレてしまいそうだ。
とはいえ、知り合い程度の同級生を交際やら片想いやらの相手に仕立てるのも無理がある。
かといって、来海くんのファンクラブの誰かの名前を使うわけにもいくまい。その子は舞い上がってしまうだろうし、他のファンから攻撃も受けるだろう。
「……」
ん?
ふと気がつくと、来海くんがじっと私を見ていた。
「……何?」
「――言ったな?」
「え」
「言ったからには責任取れよ?」
「責任!?」
彼は何やら、白い物体を差し出してきた。――封筒だ。
「……これは?」
「お茶会の招待状だ」
「えっ」
一瞬きょとんとしたが、すぐに私はその意味を悟った。
「ええっ、ほんとに私の名前使う気!? しかも実際に参加するの!?」
「仕方ねえだろ。お前、校外の知名度低いからな。話に名前出すだけじゃ弱い」
と言って、来海くんは儚げな微笑みを浮かべた。
「大丈夫。次に似たようなことがあったら、君も僕の名前を使っていいからね」
「ええ――っ!?」
いつの間にやら、ダミー仲間に引き込まれてしまったらしい……。




