課外授業
「わ〜、戦艦だ〜」
「リアル〜。細かい〜」
「三笠、かっこいい〜」
本日、一年生は課外授業である。行き先は市内の博物館。今は世界のボトルシップ展を開催中だ。
「おぉ〜っ、タイタニックじゃん」
「でかっ! 何これ」
「ボトルもでかっ! 特注品か、コレ?」
こういう授業は退屈なことも多いが、今日は当たりだ。なかなか興味深い展示である。
「良かった……来月だったらキュービックダダイズム展だったよ」
「ああ……レポート、書きにくそうだな」
課外授業といっても、列になったり班を組んだりするわけではなく、ほとんど自由行動だ。私は、偶然遭遇した涼和くんと一緒に古代のガレー船を眺めていた。
「ボトルシップっていろいろあるんだね。こんなのまで」
「ああ……初めて見た」
と言いつつ、涼和くんはさほど関心がなさそうだった。ボトルシップよりも、通常展示の武具に視線を送っている。
「……向こう、行ってみる?」
「ん?」
私は壁際の通常展示を指差した。
「男子は好きなんじゃない? 戦国武将とか日本刀とか」
「……手裏剣とか、な」
涼和くんはかすかに笑った。
――忍者だったか、この人の関心事は。
我々は通常展示へ移動した。
(……ん?)
そこで、私はミリちゃんを発見した。彼女は何やら、喰い入るように般若面を見つめている。
「ミリちゃん……どうかしたの?」
「あ、エルちゃん。今給黎くんも」
声を掛けると、ミリちゃんはいつもの華やかな笑みを向けてくれた。が、またすぐに般若面へ顔を戻してしまう。
「いや、どうもしないんだけどね。なんかこう、嫌ぁな親近感が……」
「……」
心底不思議そうな顔をしている。本人は、その親近感の正体が分からないらしい。爆走中の自分の顔を見たことがないのか?
(――ハッ!?)
その時、視界の隅で何かが光った。なぜかギクッとして、私はバッと振り返った。
……来海くんだった。
儚げな風情で、豪華客船のボトルシップを眺めている。
(……)
下見の成果か、彼はごく自然に、時折キラッと輝いていた。それを、ファンの皆さんが熱く見つめている。
「ん? ……来海か」
私の視線を辿り、涼和くんが呟いた。
すると、ミリちゃんもフロアの自称フェアリーへ目をやった。
「へえ、ヴィクトリアを眺めるフェアリー・プリンスか。絵になるねー」
「……」
彼女は知らない。あの構図が計算ずくだということを。
「あいつ……時々光るよな。何でだ?」
涼和くんが素朴な疑問を口にした。
「……フェアリーだからだよ……」
私はぼそっと呟いた。
「ん?」
「何でもない。――ほら、手裏剣見よう?」
「おっ、エルちゃんもそういうの興味ある? 実は私も、棒手裏剣習いたいんだよね〜」
「棒手裏剣!?」
まさかソレでリューくんを仕留めるつもりじゃないでしょうね、ミリちゃん?
(……ん?)
今度はふいに、視線を感じた。
そちらへ顔を向けると、少し離れた位置にナノちゃんがいた。友達グループと一緒らしいが、ちょっと羨ましそうに我々を見ている。
混ざりたいのだろうか。
私は片手を上げた。
「あの……」
「ねえねえ、あっちに浅間があるよ!」
「ほんと!? 私のひいおじいちゃんが乗ってたやつだ!」
「ナノちゃん、行こっ!」
――が、声を掛けようとした瞬間、彼女は友達に引っ張られて行ってしまった。
「……」
「ん? 篠沢さんか」
代わりに、たまたまナノちゃんグループのそばにいた人が、私の片手に反応した。
蜂蜜色の髪、眼鏡の奥に光る鋭い瞳。ギリシャ彫刻のように整った、知的な美貌。
――門叶くんだ。
呼んでいないのに、こちらへやってくる。今日も何やら、分厚い本を手にしていた。
「これか? 展示品目録の見本だ。向こうのテーブルに置いてあった」
「……。そう……」
聞いていないのに教えてくれた。
私は片手を下ろした。
「君も読むか?」
「い、いや、実物を見たら? 課外授業の趣旨はフィールドワークでしょ?」
「一理あるな。しかし、ここでしか出会えない本に触れるのも醍醐味だ」
「だからって、ソレで今日のレポート書く気!?」
「何か問題でも? 僕の知る限り、施設のパンフレットを丸写ししたような文章は定番らしいが」
「それとはまた毛色が違うよ!」
否定はしないが。
「……門叶……」
我々のやり取りを見て、涼和くんが呟いた。
「お前、人とまともに口きけたのか……」
ちょっと意外そうな声だった。
「何っ? どういう意味だ」
「いや、お前、いつも見えない相手と喋ってるから……」
(えっ!?)
聞き捨てならない発言が飛び出した。もしや、以前ミリちゃんが言っていた『交信』というやつか?
ところが、門叶くんは大真面目に反論した。
「あれは単なる独り言だ! 架空の話し相手を想定しているわけじゃない! まして、幻覚や幽霊や宇宙人が見えているわけでもないぞ!」
(えええ……)
否定になっていないぞ、門叶くん。つまり君は、『見えない相手と喋っているかのような盛大な独り言』が日常茶飯事なわけか? 傍から見れば大差ないぞ?
「というか今給黎くん、君にだけはコミュニケーション能力についてとやかく言われたくない!」
(……)
それは一理ある。
(涼和くんも、女子とはまともに口きかないからなあ……)
「――何、この組み合わせ」
ミリちゃんが呆れた声を漏らした。
「まあいいや。さあエルちゃん、棒手裏剣見に行こっ!」
しかしすぐ気を取り直し、彼女は一転、妙に楽しそうに私を誘う。
「め、目がキラキラしてるよ? 何で棒手裏剣なの? 普通の手裏剣じゃ駄目なの?」
「普通のってそんなに突き刺さらないじゃない? その点、棒手裏剣なら投げるのは難しいけど、そこさえクリアすれば気持ちよくグサッと……」
「誰を狙ってるの、ミリちゃん!」
恐ろしいお嬢様だ。




