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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
32/341

課外授業

「わ〜、戦艦だ〜」

「リアル〜。細かい〜」

「三笠、かっこいい〜」

 本日、一年生は課外授業である。行き先は市内の博物館。今は世界のボトルシップ展を開催中だ。

「おぉ〜っ、タイタニックじゃん」

「でかっ! 何これ」

「ボトルもでかっ! 特注品か、コレ?」

 こういう授業は退屈なことも多いが、今日は当たりだ。なかなか興味深い展示である。

「良かった……来月だったらキュービックダダイズム展だったよ」

「ああ……レポート、書きにくそうだな」

 課外授業といっても、列になったり班を組んだりするわけではなく、ほとんど自由行動だ。私は、偶然遭遇した涼和くんと一緒に古代のガレー船を眺めていた。

「ボトルシップっていろいろあるんだね。こんなのまで」

「ああ……初めて見た」

 と言いつつ、涼和くんはさほど関心がなさそうだった。ボトルシップよりも、通常展示の武具に視線を送っている。

「……向こう、行ってみる?」

「ん?」

 私は壁際の通常展示を指差した。

「男子は好きなんじゃない? 戦国武将とか日本刀とか」

「……手裏剣とか、な」

 涼和くんはかすかに笑った。

 ――忍者だったか、この人の関心事は。

 我々は通常展示へ移動した。

(……ん?)

 そこで、私はミリちゃんを発見した。彼女は何やら、喰い入るように般若面を見つめている。

「ミリちゃん……どうかしたの?」

「あ、エルちゃん。今給黎くんも」

 声を掛けると、ミリちゃんはいつもの華やかな笑みを向けてくれた。が、またすぐに般若面へ顔を戻してしまう。

「いや、どうもしないんだけどね。なんかこう、嫌ぁな親近感が……」

「……」

 心底不思議そうな顔をしている。本人は、その親近感の正体が分からないらしい。爆走中の自分の顔を見たことがないのか?

(――ハッ!?)

 その時、視界の隅で何かが光った。なぜかギクッとして、私はバッと振り返った。

 ……来海くんだった。

 儚げな風情で、豪華客船のボトルシップを眺めている。

(……)

 下見の成果か、彼はごく自然に、時折キラッと輝いていた。それを、ファンの皆さんが熱く見つめている。

「ん? ……来海か」

 私の視線を辿り、涼和くんが呟いた。

 すると、ミリちゃんもフロアの自称フェアリーへ目をやった。

「へえ、ヴィクトリアを眺めるフェアリー・プリンスか。絵になるねー」

「……」

 彼女は知らない。あの構図が計算ずくだということを。

「あいつ……時々光るよな。何でだ?」

 涼和くんが素朴な疑問を口にした。

「……フェアリーだからだよ……」

 私はぼそっと呟いた。

「ん?」

「何でもない。――ほら、手裏剣見よう?」

「おっ、エルちゃんもそういうの興味ある? 実は私も、棒手裏剣習いたいんだよね〜」

「棒手裏剣!?」

 まさかソレでリューくんを仕留めるつもりじゃないでしょうね、ミリちゃん?

(……ん?)

 今度はふいに、視線を感じた。

 そちらへ顔を向けると、少し離れた位置にナノちゃんがいた。友達グループと一緒らしいが、ちょっと羨ましそうに我々を見ている。

 混ざりたいのだろうか。

 私は片手を上げた。

「あの……」

「ねえねえ、あっちに浅間があるよ!」

「ほんと!? 私のひいおじいちゃんが乗ってたやつだ!」

「ナノちゃん、行こっ!」

 ――が、声を掛けようとした瞬間、彼女は友達に引っ張られて行ってしまった。

「……」

「ん? 篠沢さんか」

 代わりに、たまたまナノちゃんグループのそばにいた人が、私の片手に反応した。

 蜂蜜色の髪、眼鏡の奥に光る鋭い瞳。ギリシャ彫刻のように整った、知的な美貌。

 ――門叶くんだ。

 呼んでいないのに、こちらへやってくる。今日も何やら、分厚い本を手にしていた。

「これか? 展示品目録の見本だ。向こうのテーブルに置いてあった」

「……。そう……」

 聞いていないのに教えてくれた。

 私は片手を下ろした。

「君も読むか?」

「い、いや、実物を見たら? 課外授業の趣旨はフィールドワークでしょ?」

「一理あるな。しかし、ここでしか出会えない本に触れるのも醍醐味だ」

「だからって、ソレで今日のレポート書く気!?」

「何か問題でも? 僕の知る限り、施設のパンフレットを丸写ししたような文章は定番らしいが」

「それとはまた毛色が違うよ!」

 否定はしないが。

「……門叶……」

 我々のやり取りを見て、涼和くんが呟いた。

「お前、人とまともに口きけたのか……」

 ちょっと意外そうな声だった。

「何っ? どういう意味だ」

「いや、お前、いつも見えない相手と喋ってるから……」

(えっ!?)

 聞き捨てならない発言が飛び出した。もしや、以前ミリちゃんが言っていた『交信』というやつか?

 ところが、門叶くんは大真面目に反論した。

「あれは単なる独り言だ! 架空の話し相手を想定しているわけじゃない! まして、幻覚や幽霊や宇宙人が見えているわけでもないぞ!」

(えええ……)

 否定になっていないぞ、門叶くん。つまり君は、『見えない相手と喋っているかのような盛大な独り言』が日常茶飯事なわけか? 傍から見れば大差ないぞ?

「というか今給黎くん、君にだけはコミュニケーション能力についてとやかく言われたくない!」

(……)

 それは一理ある。

(涼和くんも、女子とはまともに口きかないからなあ……)

「――何、この組み合わせ」

 ミリちゃんが呆れた声を漏らした。

「まあいいや。さあエルちゃん、棒手裏剣見に行こっ!」

 しかしすぐ気を取り直し、彼女は一転、妙に楽しそうに私を誘う。

「め、目がキラキラしてるよ? 何で棒手裏剣なの? 普通の手裏剣じゃ駄目なの?」

「普通のってそんなに突き刺さらないじゃない? その点、棒手裏剣なら投げるのは難しいけど、そこさえクリアすれば気持ちよくグサッと……」

「誰を狙ってるの、ミリちゃん!」

 恐ろしいお嬢様だ。



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