招待状
青い空。輝く波。揺れるクルーザー。
陸地は見えない。
「……まさか、本当に全部行くとは思わなかったよ……」
私は呆れて呟いた。
「火星とラスベガス、太平洋の沈没船……」
「新鮮な体験だろ。――おっ、これ、上物だぞ」
傍らにはクマがいる。奴は、海底で漁ってきた銀製品を楽しそうに仕分けしていた。
柔らかな髪、優しげな瞳。人間バージョンだが、通常の偽装モードではない。『この子』の兄、『篠沢朔真』の姿だ。
「……悪魔って、銀は苦手じゃなかったっけ?」
「ん? そんなことないぞ。何でそう思ったんだ」
「映画で観たことあるよ。銀の弾丸を撃ち込まれると……」
「あー、アレか。狼男」
「……」
なぜ知っているんだ。人間の映画を観ているのか、こいつは?
「ま、お前らの空想は的外れなことが多いってわけさ。――ほら、エルム。いいカトラリーだぞ」
奴は平然と銀食器に触れている。凝った模様のナイフが気に入ったようだ。
お前らの――『お前ら人間の』。
クマは自分と人間の区別はするが、人間を嫌っているわけではない。映画などではよく『人間ごときゴミどもが』みたいな態度の悪魔が出てくるが――それも、的外れな空想の一つなのだろうか。
「お前はこっちのほうがいいだろ。今、綺麗にしてやるからな」
と、クマは銀のティーセットを示した。それは、かなり汚れたり黒ずんだりしていたが、奴がサッと手を振ると一変した。カップもポットも、まるで新品のようにピカピカ光り出す。
「うわ。高そう」
「高いぞ、実際。大事にするなりあえて粗末に扱うなり、好きにしな」
「……」
いい性格をしている。
日本に戻ったのは八月下旬だった。
結構長く留守にしていたが、クマの力か『この子』の家事能力か、部屋には埃ひとつ積もってはいなかった。
(宿題はもう終わってるし、あとは九月を待つだけ……)
私は食料の買い出しに出掛けた。そして帰宅時、何気なく郵便受けをチェックした。
「……ん?」
何か入っている。白い封筒だ。
取り出してみると、表には切手も宛て先の記入もなかった。郵便局経由ではなく、直接投函されたもののようだ。
(……)
怪しい。
(な、何? 脅迫状? 不幸の手紙?)
びくびくしながら封筒を裏返すと、そこには『遠藤』と書いてあった。
「……」
怪文書に署名する人は珍しい。
(『遠藤』って……遠藤さん?)
私はとりあえず部屋に帰り、食料をしまうと、リビングで封筒を開けた。 中には別の封筒がもう一つ、そして便箋が一枚入っていた。
『篠沢恵瑠夢様。
来週日曜、十碧様のバースデーパーティーが催されます。ご都合がよろしければ、是非お越し下さいませ。
遠藤』
「……」
もう一つの封筒の中身は、正式な招待状だった。それに目を通し、私は驚愕した。
(トゥール・リュミエールでパーティー!? 正装!?)
トゥール・リュミエール。いつぞや由和さんが限定ランチバスケットを予約した、有名な一流ホテルだ。
そこの大広間でパーティー……来海くんっていったい……。
(ていうか、遠藤さん……多分これ、来海くんには無断だよね?)
あの自称フェアリーが、自分の誕生日にわざわざ私を招待するとは考えにくい。彼に友達が出来ないのを心配する遠藤さんが、黙って気を利かせたのだろう。
もっとも、来海くんの場合は友達が出来ないのではなく、作らないだけだとは思うが。ボロが出るから。
(……ん?)
ちょっと待て、遠藤さん。私は来海くんの『友達』か? 私と彼の間にはチョップと人気投票しかないぞ?
(いや、でも……ファンの皆さんとの間には、チョップすらないからなあ)
それを思えば、まだマシというか、遠慮のない関係ではある。
(うーん……)
私は迷った。
(トゥール・リュミエールか……由和さんのバスケット、美味しかったなあ……)
……。
私は参加してみようかという気になった。
遠藤さんの親心(?)を無駄にしてはいけない――決して、一流ホテルの絶品料理につられたわけではない。
となると。
(正装って……ドレス?)
学生の正装は制服だが、そんな格好でのこのこ出掛けたら確実に浮いてしまう。
「――クマ、クマ。ちょっと来て」
ドレスなんて持っていない。
私は、私の『保護者』に頼ることにした。




