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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
27/341

期末試験

 七月中旬。地獄の三日間が始まった。期末試験である。

「あ〜、全然出来なかった〜」

「ねえ、問Ⅲの答えって①だよね?」

「ええっ!? 私、②にしちゃった〜」

 嘆く人、答え合わせする人、さまざまだ。

「篠沢さん、ここ教えて?」

「私はこっち!」

 ちなみに私は、クラスメイトに囲まれ、難解な箇所を解説していた。

「……で、こうなるから――」

「ああっ、そっかぁ!」

「ええ〜っ、今やっと意味が分かった!」

 『篠沢恵瑠夢』は頭がいい。かつ、元の私の経験上、『出来ない子が引っ掛かるポイント』もよく知っている。おかげで、『この子』の教え方は分かりやすいと好評だった。

(……『この子』、いい先生になれたかもしれないな)

 ふと、そう思う。

 我がクラスには他にも天才や秀才がいるが、彼らの解説は必ずしも分かりやすいものではない。どうも、自分が難なく理解できてしまう人は、理解できない人の感覚がつかみにくいようだ。

 その点、『篠沢恵瑠夢』は違う。

(私には、将来なんてないけど……)

 『この子』が実在していたら。教師になっていたら。元の私みたいな生徒に出会っていたら。

 ――まあ、考えても仕方のないことだ。

 『この子』は大人にならない。永遠に。


 冷泉院学園では、小テストも定期試験も、成績上位十名が貼り出される。『篠沢恵瑠夢』は当然、入学以来必ず名前が載っていた。

 うちの学年には毎回、満点で一位を取り続けている生徒が一人いる。だから、『この子』の定位置は二位ときどき三位、といったところだ。

 ――が、今回は。

(……一位……)

 いつもの満点の生徒とともに、『篠沢恵瑠夢』の名前が輝いている。

 そう、『この子』は今回、全教科満点を取ったのだ。

「君……本当に何でも出来るよね」

 感心しているとも呆れているともつかない声音で、来海くんが言った。

 私は今、彼と並んでテスト結果を眺めている。

 十位以内に、来海くんの名前はなかった。

「来海くんは……成績は普通なんだね」

 図書館の自習室で一緒に勉強したので、彼の学力は把握している。基本的に頭はいいのだが、極端というか、教科によって興味の差が激しいのだ。

「――君に比べれば、たいていの人は『普通』じゃないかな?」

「い、いや、深い意味はないよ!?」

 儚げな微笑み。優しい声。

 にも関わらず、この圧迫感。

「来海くんと篠沢さんだ!」

「ひゃ〜、眩し〜」

「美男美女〜」

「……」

 周囲は平和だ。何も気づいていない。

「あのね、篠沢さん。冷泉院で十位以内に貼り出されるなんて、かなり凄いことだからね? 十位に入れなくても優秀な人は優秀だからね?」

「深い意味はないってば! 来海くんが頭いいのは知ってるよ!」

 教科によっては、彼はむしろ秀才の部類に入る。

「英語関連なら強いよね? 速読とか」

 掲示板には、期末試験の他に、先週までの小テストの結果がまだ貼り出されていた。その中に一つだけ、来海くんの名前が載っているものがある。十位だ。

「……君は、英語以外も強いよね」

 来海くんも、他の小テストの結果へ目をやった。

「どの教科でも必ず名前が出てるなんて、君とトガノウくんだけじゃない? どうなってるんだろうね。苦手科目はないの?」

「……あ、トガノウって読むんだ、これ」

 例の、毎回満点の生徒の名前である。

 一年D組、門叶悠貴。

「来海くんのクラスの人だよね?」

「うん。――まあ、フェアリーってタイプじゃないね」

「……」

 まずそこを気にするのか?

(――ん?)

 突如、私は悟った。

「あっ、そうか! 頭でっかちな勉強の虫なんてフェアリーらしくないもんね! だから来海くん、成績は普通なんだね!」

「……単に、十位以内の常連になれるほどの実力がないだけなんだけど?」

 来海くんは微笑んだ。――あくまで上品に。儚げに。

「僕がわざと手を抜いて、成績を抑えていると思ったの? 買いかぶってくれて嬉しいよ。優等生の嫌味かな?」

「他意はありません! 失礼しました!」

 優等生の嫌味なんて言うはずがない。本当の私は劣等生だ。そして単に、素直に失言を吐いてしまうだけである。

 来海くんなら、本当はもっと出来るのに「フェアリーのイメージじゃねえぇっ!」とか言いつつ、完璧に成績を調整しそうだし。

「なに話してるのかなあ? 楽しそう」

「二人並ぶと絵になるよね〜」

「綺麗〜。あの周りだけ空気が違う〜」

「……」

 周囲は平和だ。何も聞き取れていない。

「……まあ、いいけど」

 と言ってから、来海くんはものすごい小声で囁いた。

「……数学、助かった。それに免じて、今の無礼な発言は聞かなかったことにしてやる。ありがたく思え」

「い、以後気をつけます……」

(――ん?)

 反省の言葉を返してから、私はふと気がついた。

 もしや今、お礼を言われた?

「――テストも終わったし、やっと夏休みだね」

 来海くんは話題を変えた。

「僕、スイスに行くんだ。お土産にエンガディナーヌッストルテを買ってきてあげるよ。たくさん食べてね」

「……」

 エンガディナーヌッストルテ。クルミのヌガーをビスケット生地で包んで焼いたもの。かなりどっしりしたお菓子だ。

「来海くん……私を太らせようとしてる?」

「え? まさか。だって君、いくら食べても太らない体質だったよね?」

「……」

 嫌味を言ってるのは君のほうじゃないか、来海くん。

「……まあ、いいや。ありがとう。じゃあ私も、火星の土でも持ってきてあげるね」

「は?」

 来海くんはきょとんとした。

「君、どこに行くの?」

「多分、ラスベガス。でも、火星の土も手に入ると思うよ。クマ――『お兄ちゃん』がね、そういうところに連れてってくれるらしいから」

「……。騙されてるぞ、お前」

 私にしか聞こえない小声で、来海くんは呟いた。



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