星に願う
ある朝。登校すると、高等部のエントランスホールに妙な物体が出現していた。
竹だ。
(……)
竹。それも、結構立派な。
(……何これ)
「――あっ、エルちゃん! おはよ〜っ」
「えっ」
声が降ってきた。
見れば、竹のそばに脚立がある。その上から、リューくんがこちらへ向かって手を振っていた。彼は、もう片方の手には何やら紙のお札のようなものを持っている。
竹の枝には、すでにそれと同じようなお札がいくつか吊るされていた。
「今日も会えて嬉しいよっ。エルちゃんの不思議そうな顔、可愛い〜」
「リューくん……おはよう。今日の作品はスケールが大きいね」
「えええっ!? 違うよ!」
仰天した様子で、彼は脚立をひょいひょいと降りてきた。手にはお札を持ったままだ。
「コレは、理事長センセーから学園のみんなへのプレゼントだよ〜。いくら俺でも、こんなトコに無断でここまでデカイ作品は置かないって」
「……」
無断じゃなかったら置くのか? ここまでデカイ作品も。
――ん?
「え。理事長先生って……」
「もうすぐ七夕だからね〜。コレ、短冊も飾りつけも自由にしていいんだよっ」
「……」
理事長先生って……由和さんが?
私は竹を見上げた。
「ず、ずいぶん大きいね。七夕って普通、もっと小さい笹竹を使わない?」
「そうだね〜。けど、これくらいのが派手でいいじゃん? 冷泉院の七夕の竹は毎年恒例なんだよっ。楽しいよね〜」
「毎年恒例……」
ということは由和さんじゃなくて、最近まで理事長だった、あの目つきの悪いオジサマのほうのプレゼントか。
「ほら、エルちゃんも願い事書きなよ。俺が高いところに吊るしてあげる〜」
にこにこと人懐こく笑いながら、リューくんはお札を差し出してきた。
……あ、コレ、短冊か。
「ん? 『テストのヤマを当てさせて下さい!』……」
「ああっ、間違えた! はいっ、こっちね! こっちは白紙だから!」
その短冊はすでに記入済みだった。リューくんは大慌てでそれを引っ込め、改めて新しい短冊を渡してくれた。
「さあエルちゃん、願い事をどうぞっ」
「ええっ? 急に言われても……」
「そっかー。なら、ゆっくり考えればいいよ〜。俺も、いっぱい考えていっぱい書いたしねっ」
「そうなの?」
いっぱい書いた? 普通は一つに絞らないか、こういうの?
「そりゃ〜、もう! 何せ、中等部の竹だけじゃ物足りなくて、ついこっちまで来ちゃったぐらいだからねっ」
「……」
中等部にも似たような竹がプレゼントされたらしい。それでも足りなくなって高等部まで来たとは。リューくんは欲張りさんだ。
「うーん……願い事か……」
短冊を見つめ、私は考えた。
……特に何も思いつかない。
「なんかないの? 単位が欲しいとか小テスト潰してほしいとか……あっ、エルちゃんには必要ないか〜。頭イイもんね、ははっ」
「……」
リューくんの願い事はその類のことらしい。
しかし彼の言う通り、『この子』には必要のないことだ。さて、どうするか。
ドドドドド!!
「ん?」
ふいに、どこか遠くから地響きのような音がした。
「ありゃ、ミリ姉だ」
リューくんは、下駄箱のあるほうへ顔を向けた。まだ彼女の姿は見えないが、音は近づいてくる。
「……今日も何か仕掛けたんだ?」
「うん、もちろん! 短冊吊るすついでにね〜」
リューくんは明るく笑った。
どっちが『ついで』やら。
「じゃ、エルちゃん。ソレ書けたら吊るしてあげるから、俺に言ってね。今は逃げなきゃヤバイし、またあとでね〜っ」
リューくんはパッと駆け出した。
ドドドドド!!
「リュウゥゥゥッ!!」
直後、下駄箱方向からミリちゃんが現れた。言うまでもなく般若モードだ。
「ミリちゃん、おは……」
「くぉらぁぁ〜〜っ! 待たんかぁぁ〜〜っ!!」
ドドドドド!!
……私の存在には気づかなかったようだ。彼女はあっという間に走り去った。
「……」
後には私と竹と、まだ何も書いていない短冊が残された。
(……願い事か)
せっかくだが、今の私に望みはない。願ったことは、クマが全部叶えてくれた。
だから、もし何かを望むとすれば、それは奴が『叶えてくれないこと』に限られるが――。
(うーん……)
少し考えてから、私はボールペンを取り出した。リューくんのくれた短冊に、『篠沢恵瑠夢』の綺麗な文字をさらさらと書き付ける。
やっぱり何も思いつかないので、願い事はこれにした。
『みんなが、ずっと元気でいてくれますように』
私の分まで。
私がいなくなった後も、ずっと。




