表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
22/341

白紫陽花

 職員用出入口で大惨事の痕跡を隠滅した後、私は生徒用昇降口に移動した。革靴をしまわなければならない。職員用出入口からはスリッパを拝借していたが、それも上履きに替えて、スリッパは返しに行かなければ。

 昇降口に到着すると、下駄箱の向こうで黒茶色の髪がひょこひょこ動いていた。

(……)

 またか。

「リューくん……おはよう」

「あっ、エルちゃん! おはよ〜っ」

 声を掛けると、黒茶色の髪の少年はにこっと笑いかけてきた。雨の似合わないカラッとした笑顔だ。

「わ〜、今日最初にエルちゃんに会えて嬉しいよ! でも今、どこから来たの?」

「……ちょっとね」

 それについては多くを語りたくない。

「リューくんは、今日も何か仕掛けてるの?」

「うん! このジメジメした天気を吹っ飛ばす爽やかな作品だよ〜」

「……そう……頑張ってね」

 吹っ飛ぶのは君のほうでしょうよ、リューくん。

 般若顔のミリちゃんを思い浮かべつつ、私は自分の下駄箱に向かった。

(……ん?)

 フタを開けようとして、私はその手をピタッと止めた。何となく、違和感を覚えたのだ。

(……)

 長年の経験から、私は警戒心を募らせた。じっと下駄箱を見つめる。

(……いや、でも、『この子』は嫌がらせなんてされないはず……)

 たとえ嫌がらせされそうになっても、クマが防ぐはずだ。ということは。

(……クマ本人の、イタズラか)

 私は力を抜いた。

 奴は気まぐれだ。退屈なのか、たまに突拍子もないこともする。つい先日も、家に帰ったら床と天井が引っくり返っていたことがあった。

 まあ、下駄箱なら上下が逆さまになっても大したことはない。思いきって、私はフタを開けた。

 ――ポンッ!

「きゃっ!?」

 途端、何か白いものが飛び出した。

「……。えっ?」

 私はきょとんとした。

 それは、真っ白な紫陽花だった。

「……」

 一瞬本物かと思った。が、違う。紙製だ。『飛び出す絵本』の要領で、下駄箱のフタを開ければ花が咲くよう、内部に仕掛けられていた。

「……」

「――あっははははは!」

 明るい笑い声が響く。私はハッと我に返った。リューくんがこっちを見ている。

「エルちゃんのびっくりした顔、可愛い〜」

「リューくん……これ、リューくんの仕業?」

「仕業って、そんな〜。エルちゃんに朝の爽やかなひとときをお届けしようと思ったのに〜」

「……」

 私は改めて『紫陽花』を見た。花びらの質感といい、花としてのバランスといい、かなりリアルだ。

(……綺麗)

 眺めていると、自然に頬が緩んだ。

「……ふふ、ありがとう。なんか和んだよ」

「ほんと? へへっ、良かった〜」

 リューくんは嬉しそうに笑った。

「でもコレ、取っちゃうのもったいないね」

「気に入ってくれた? じゃ、こっちに移してあげるねっ」

 と、彼は自分の鞄から画用紙を取り出した。そして私の下駄箱の『紫陽花』を手際よく外し、何やらあちこち折りつつ、その画用紙に貼り直してゆく。

「はい、どうぞっ」

「えっ、もう?」

 ちょっと大きめの、『飛び出すカード』みたいなものが出来上がった。二つ折りになった画用紙を開けば、いつでもパッと『白紫陽花』が咲く。

「わー、凄い! ありがとう、リューくん!」

「どういたしまして〜。喜んでもらえて嬉しいよっ」

「ミリちゃんの下駄箱にも、同じのを仕掛けたの?」

 これなら今日、彼女は般若に変身しないのではないだろうか。

「え〜、まさか! ミリ姉の下駄箱のはうんと派手にしたよ!」

「……」

 駄目だ。今日も爆走決定だ。

「そ、そう……。こういうのなら、ミリちゃんも怒らないと思うけど」

「え〜、それじゃ面白くないじゃん」

「……」

 面白いのか? 般若の爆走が。

「やっぱ、作品にはインパクトがないとねっ。そのほうがミリ姉も喜んでくれるし」

「喜……? まあ、確かに『やめて』とは言わないよね、いつも」

 ちょっと不思議だが。

「あははっ、ミリ姉はそんなこと言わないよ〜。昔はあっちからさんざん仕掛けてきたんだもん」

「えっ、そうなの?」

「うん」

 リューくんはにこっと笑った。

 昔はミリちゃんのほうがイタズラっ子だったのだろうか。――と思ったら、意外な言葉が続いた。

「俺、子供の頃はずっと家に引きこもってたんだけどね。ミリ姉はそんな俺を笑わせようとして、そりゃあもう、毎日毎日いろいろやってくれたんだ〜」

「――え」

「結局一度も笑えなかったけどね。でもまあ、気持ちは伝わってきたよ」

「……」

 何か事情があったのだろうか。

 今の彼は陽気で、その笑顔には一点の曇りもない。しかし、詳しく聞いていいのか分からないので、とりあえず過去には触れないことにした。

「――じゃ、今はリューくんのほうが、ミリちゃんに気持ちを伝えてるんだ?」

 とだけ、言ってみる。

「えっ!? ま、まあ、そっかな?」

 リューくんは少し照れたようだ。

「……ミリ姉ね、昔はあんなじゃなかったんだよ。もっと普通の、お高く止まったお嬢様でさ」

「そうなの?」

 そういえば以前、来海くんもそんなことを言っていた。

 中等部時代、ミリちゃんはもっとお高く止まった感じだった、と。リューくんが入学するまでは。

「けど俺、今のミリ姉のほうが好きなんだ〜」

「……そっか」

 それは何となく分かる気がする。私も、ツンと澄ましたお嬢様よりは爆走するミリちゃんのほうが好きだ。

 ――リューくんは、自分がイタズラをやめたら、ミリちゃんが『お嬢様』に戻ってしまうと思っているのだろうか?

「おかげで俺、すっごく足が速くなったよ! リレーにも出れたしね〜」

「……ミリちゃんも、リューくんのおかげで足が速くなったんじゃないかな……」

「あっ、そろそろミリ姉が来るよ! ほらエルちゃん、こっちこっち!」

「ええっ? ち、ちょっと待って!」

 引っ張られそうになったが、私はその前に革靴を履き替えた。それからリューくんと一緒に、柱の陰へ隠れる。

 ――ん?

「ねえ、別に私が隠れる必要は……」

「来た来たっ」

「えっ」

 ――本当だ。生徒用駐車場方向から、ミリちゃんがやってくる。雨の中、薔薇模様の傘を差して歩く姿は美しかった。

 その傘を閉じ、軽く振って水滴を落とし、傘立てに入れる。そして彼女は移動し、無造作に下駄箱のフタを開けた。

 ――ポンッ!

「ぎゃあぁあああっ!?」

 途端、白いものが飛び出した。『紫陽花』だ。ミリちゃんは目をむいて後ずさった。

 ――ポンッ、ポンッ、ポンッ!

「ひょえぇえええっ!?」

 私の下駄箱のものとは違い、飛び出すのは一回で終わらなかった。あとからあとから、『紫陽花』はポップコーンのように増えていく。色も白だけでなく、赤やら青やら鮮やかだ。ミリちゃんは花が弾けるたびに後ずさり、とうとう、背後の別の下駄箱にドンッとぶつかった。

 ――ポンッ!

 最後に虹色の『紫陽花』が弾けて、ポップコーンは止まった。

「……」

 ミリちゃんはぽかんと口を開けた。 下駄箱は、飛び出した『紫陽花』と紙のかけら、輪ゴムなどが溢れて凄いことになっている。

「――あっははははは!」

 リューくんが爆笑した。

「……」

 ミリちゃんはこちらをちらっと見て、『紫陽花』をべりべりと引っぺがし、革靴を上履きに履き替えた。

 直後――彼女は般若と化した。

「リュウゥゥゥッ!!」

「エルちゃん、またね〜」

「う、うん」

 リューくんはパッと駆け出した。

「くぉらぁぁ〜〜っ! 待たんかぁぁ〜〜っ!!」

 ドドドドド!!

 いつも通り、二人は嵐のように去っていった。

「……」

 私はミリちゃんの下駄箱と、リューくんから貰った『白紫陽花』に目をやった。ミリちゃんの下駄箱は大惨事だが――。

(……和む……)

 クスッと笑ってしまう。

 今日は掃除づいているのかもしれない。朝の爽やかなひとときに免じて、片づけといてあげよう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ