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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
13/341

ナノちゃん

「何に、出るんだ……?」

「バスケとリレーだよ。涼和くんは?」

「ソフトと、リレー……」

 昼休み。私は体育館に来ていた。涼和くんもいるが、今日はバスケはしていない。

 いつもと違い、体育館は盛況だった。体育祭が近いため、複数のグループが練習に来ているのだ。

 冷泉院の体育祭は、リレー付き球技大会といった趣だ。当日はグラウンドや体育館でさまざまな球技の試合が行われ、その成績で各クラスの順位が決まる。そして最後を飾るのが、学年クラス対抗リレーだ。

 涼和くんはそれと、ソフトボールに出るらしい。

(バスケには出ないのか……。あ、バスケ部だから?)

 彼がバスケ部かどうか、実は未だに知らないのだが、多分そうだと思う。

 バスケ部員は、体育祭ではバスケに出られない。バレー部員はバレーに出られないし、野球部員はソフトボールに出られない。なるべく公平に、ということだろう。

「へえ、リレー? 足、速いんだね」

「……お前もな」

 対抗リレーは、四月に行われた体力テストの結果で選抜される。涼和くんは好タイムを叩き出したのだろう。

 もちろん、『篠沢恵瑠夢』も選抜された。『この子』は足も速い。

「バスケ、教えてやろうか……?」

「えっ、いいの?」

「……少しなら」

 相変わらず無愛想だが、冷たい性格というわけでもないらしい。

「じゃ、ボール取ってくるね」

「いや、俺が……」

「――イマキューレー!」

 その時、聞き覚えのある声がした。誰かが小走りにやってくる。

「ねえ、良かったらバスケ教えてくれな――あ」

 女子だった。私に気づくと、なぜか彼女は硬直した。

(あ)

 と、私も思った。

 栗色の髪、つぶらな瞳。素直そうな口元、素朴な肌。

 見覚えがあった。この子は、昼休みにいつも涼和くんを応援し、「イマキューレー!」と叫ぶ子だ。

 おお。そういえば、ちゃんと会うのは初めてかもしれない。

「……坂上」

 涼和くんがぼそっと呟いた。眉間にシワが寄っている。

(うわ)

 露骨に嫌そうな顔だ。

 しかし最近、私は気づいた。これは嫌がっているのではなく、困っている顔だ。

 涼和くんは別に、女嫌いというわけではない。ただ、女子への接し方が分からなくて苦手なのだ。

「ご、ごめん、邪魔しちゃって!」

 女子は気まずそうに目を逸らし、パッと踵を返した。

「えっ!? ちょっと――坂上さん!」

 私は慌てて引き止めた。

(坂上さん……でいいんだよね?)

 とりあえず涼和くんが呟いた名前を呼んでみたが、自信はない。何しろ彼は女子に無関心だ。彼女の名前も、正確に覚えているかどうか怪しい。

「はいっ?」

 だが、彼女はビクッと立ち止まって振り向いてくれた。

「す……い、いまきゅうれいくん、に用事なんだよね?」

 涼和くん、と言いかけ、私は訂正した。

 彼女は涼和くんに気がある様子だ。下の名前で呼んだりしたら、あらぬ誤解を招くかもしれない。

「い、いえいえっ、私は別にっ」

 坂上さんは慌てて否定した。

「でも今、バスケ教えてほしいって、いまきゅうれいくんに……」

 失礼ながら言いにくい苗字だ。舌がもつれないよう、注意する。

(普段、言ってないからなあ)

 今給黎、今給黎……漢字を思い浮かべれば少しはマシな気がした。

「いえ、どうしてもってわけじゃないしっ。ごめんなさい、篠沢さんがいたの気づかなくてっ」

 ――さては、涼和くんしか目に入ってなかったな。

 私はくすっと笑った。それをどう思ったか、坂上さんはサッと青ざめた。

「あっ、違うの! ただ、コイツの陰になってたから見えなかっただけで――睨まないで、イマキューレー!」

(え?)

 ふと横を見ると、涼和くんの眉間のシワがますます深くなっていた。

(……)

 坂上さん、これは睨んでるわけじゃないよ。何か気になることがある顔だよ。

「どうかした? 今給黎くん」

 聞くと、彼は訝しげな目を向けてきた。

「何で、そう呼ぶ?」

「え」

「下の名前でいいだろ……いつも通り」

(げ)

 せっかく気を遣ったというのに、この人は。

「……」

 坂上さんは目を見開いた。

(げげ)

 涼和くんは女子にそっけない。普段、彼を下の名前で呼ぶのは私ぐらいだ。これでは誤解されかねない。

 まずい、フォローしなくては。私は坂上さんの恋路を邪魔するつもりはない。

「あの……」

「――ナノちゃ〜ん」

 その時、声がした。見れば、少し離れたところに女子のグループがいる。その中の一人がこちらへ向かって手を振っていた。

「あっ。と、友達が呼んでるから、私はこれで……」

 ハッと我に返った様子で、坂上さんが言った。

「ナノちゃん、って呼ばれてるの?」

「うん。私、坂上菜乃香っていうの。だから……」

 ――良かった、涼和くんの記憶は正しかった。この子の名前は坂上さんだ。

「そっか。可愛い名前だね」

「え! そ、そうかな?」

「うん。――私は、篠沢恵瑠夢」

 坂上さんは『この子』のことは知っているみたいだが、礼儀として、私は名乗った。

「エルとかエルムとか呼ばれることが多いかな。よろしくね」

「えっ……あの、そう呼んでもいいの?」

「うん、もちろん。私も、ナノちゃんって呼んでもいい?」

「い、いいよっ」

 坂上さんは嬉しそうに笑った。

(おお)

 容姿はごく普通だが、笑うと三割増しで可愛かった。

 それはともかく、いい流れだ。このまま涼和くんの呼び方に話を持っていけば――。

「ナノちゃ〜ん」

「あっ、行かなきゃ。じゃあまたね、エ、エルちゃんっ」

「え」

 ――が、その前に再び友達に呼ばれ、坂上さんは行ってしまった。

(ああぁ)

 誤解を解けなかった……。

「……どうした?」

 涼和くんは訝しげなままだ。

 この人は理解していないだろうな、坂上さんの気持ち……。

「――何でもない」

 私は力なく微笑んだ。

 涼和くんは私の顔をじっと見たが、深くは追及してこなかった。

「……ボール、取ってくる」

 代わりに、彼は短く言った。



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