ポップマシュマロ
朝。高等部の昇降口へ到着すると、下駄箱の向こうにひょこひょこ動く黒茶色の髪を発見した。
「何をやっとるか、この悪童ぉっ!」
「ぎゃあぁあああっ!?」
――が、その髪はふっと見えなくなった。
(あれ?)
今、ミリちゃんの声がしたような。
そちらへ近づき、下駄箱の向こうを覗くと、黒髪の美少女が黒茶色の髪の少年をシメていた。――ミリちゃんとリューくんだ。
「ええ〜っ、何で!? ミリ姉、まだ来ないはずなのに〜っ」
リューくんはイタズラが見つかった子供みたいな顔をしていた(ソレそのものだが)。
「ふっ。甘いわ、リュー」
ミリちゃんは、張り込みが成功した女刑事みたいな顔をしていた(実際に張り込んでいたのか?)。
「今日はたまたま早く目が覚めた上、たまたま気が向いたからさっさと登校してみただけよ!」
「偶然じゃん!? 何でそんな勝ち誇ってんの!?」
ミリちゃんは物凄く得意げだった。
(……)
彼らの足元には、紙やらテープやら輪ゴムやら、謎の物体が多数転がっている。どうやら珍しく、本日の犯行は未然に防がれたらしい。
「さあどうしてくれようか、悪童めぇぇっ!」
「ひょえぇえええっ!?」
(……)
お取り込み中のようだ。
私は踵を返し、ひとまず自分の下駄箱へ向かうことにした。
「えええっ!? ちょっとエルちゃん、無視しないで! 助けて〜っ」
――あれ?
(……)
「ふっ。よくぞ私の気配を察知した」
「何それ、ミリ姉の真似!? 乗らなくていいから!」
「あっ、エルちゃん! おはよ〜っ」
リューくんをぐいぐいシメたまま、ミリちゃんは華やかな笑みを浮かべた。
「ぐおぉおおおっ!?」
「おはよう、ミリちゃん。今日も可愛いね」
「えっ!? な、何言ってるのー。エルちゃんのほうが可愛いよ!」
リューくんをやっぱりシメたまま、ミリちゃんは頬を赤く染めた。
(……照れた)
十碧くんに褒められた時はさらっと褒め返してたのに。あれは社交モードだったからか?
「きゅうぅうううっ!? エルちゃん、普通に挨拶しないで! まずは可哀想な俺を助けてあげて!」
「おはよう、リューくん。今日もかっこいいね」
「だから、なに普通に挨拶してんの!? あと、おだてろとは言ってないよ!? しかも何その適当なお世辞! どうせならもっとちゃんと褒めて!」
「美少女にシメられてる美少年だね。絵になってるよ」
「えっ、それ褒めたの!?」
今日のリューくんは照れなかった。それどころではなさそうだ。
「ふっ。今日はこれぐらいにしといてやるわ」
ふいに、ミリちゃんはパッとリューくんを解放した。リューくんは床に落ち、「ぎゃふん!」と言った。
(……)
「実際に『ぎゃふん!』て言う人、初めて見た……」
「えええっ!? そんなことより、可哀想な俺を少しは心配してあげて!」
「大丈夫?」
「わあ、適当〜。ま、いいや」
騒いでいたわりには大したダメージもない様子で、リューくんは元気に身を起こした。
「あーあ。失敗〜」
にこっと無邪気に笑い、彼は床に転がる謎の物体をひょいひょいと回収していく。慣れた手つきだ。
そしてあっという間に片づけ終わると、リューくんは立ち上がり、気取った仕草で黒茶色の髪をかき上げた。
「ふっ。見つかったからには仕方ない」
「……」
「何かっこつけてるの、あんた」
「じゃあ、普通に渡すね〜」
ミリちゃんの冷めた視線をものともせず、リューくんは自分の鞄から何かを取り出した。
「はい、どうぞっ。ホワイトデーのプレゼントだよ〜」
それは、綺麗にラッピングされた小箱だった。私とミリちゃんに一つずつ渡してくる。
(……)
「ホワイトデー? あっ、そっか。今日だっけ」
ミリちゃんはためらう様子もなく、小箱の包装紙に手をかけた。
(!?)
「ミリちゃん、警戒しないの!? 罠だったらどうするの!」
「ハッ!? そうか!」
ミリちゃんはピタッと手を止めた。
「やだな〜、エルちゃん。罠なんかないよ〜」
リューくんは私の手からひょいとプレゼントを取り上げ、包装を解いた。
そこに現れたのは空色の小箱だった。ふわふわの雲の切り絵が貼ってある。
「ほら、安心安全〜」
と、私に向けて箱のフタを開けてみせた。
(おぉ)
中には、切り絵にそっくりなふわふわのお菓子が詰まっていた。
「わー、可愛い! マシュマロだ〜」
「中にジャムが入ってるんだよ〜。全部で七種類!」
「へえ〜」
色も七種類あるようだ。パステルカラーが愛らしい。
「どれが何の味?」
「えーと、ピンクがストロベリーで緑がキウイ、水色がブルーベリー……」
「ふーん、マシュマロか〜」
ミリちゃんも包装を取り、自分の小箱を開けた。
バババババッ!
途端、箱の中から大量のプチカードが飛び出した。
(え――っ!?)
「ぎゃあぁあああっ!?」
ミリちゃんは物凄い叫び声を上げた。
プチカードは噴水のごとく、天井付近まで舞い上がる。
(おぉ――っ!?)
直後、ミリちゃんめがけて降り注いだ。
バラバラバラッ!
「ひょえぇえええっ!?」
プチカードの雨を凝視したまま小箱を握りしめ、ミリちゃんはぎょっと目をむいた。
(……)
一瞬にして、プチカードは彼女の足元に落ちきった。それはパステルカラーで、一つ一つがマシュマロの形をしており、目と口の切り絵を貼られていた。イタズラっ子のように笑っている。
「……」
ミリちゃんは呆然と、マシュマロ形プチカードの群れを見下ろした。
「……リュー……」
「嘘はついてないよ? 罠なんかなかったじゃん? ――エルちゃんのには」
「……。ふっ」
一瞬だけ妙にかっこよく笑い――突如、ミリちゃんはクワッと豹変した。
「リュウゥゥゥッ!!」
「あっははははは!」
リューくんはパッと駆け出した。すかさず、ミリちゃんが後を追う。
「くぉらぁぁ〜〜っ! 待たんかぁぁ〜〜っ!」
「エルちゃん、またね〜」
ドドドドド!!
二人は嵐のように去っていった。
「……」
後には私とマシュマロと、散らかったマシュマロ形プチカードだけが残された。
(……ん? もしかして……)
私はふと思いつき、ミリちゃんの下駄箱を開けてみた。すると。
(あ、やっぱり)
そこにも小箱が置いてあった。マシュマロ形のプチカードが一枚、前面に立てかけてある。そのカードには笑顔ではなく、小さな切り絵の文字が貼ってあり、『こ』『れ』『は』『本』『物』『♪』のメッセージを作っていた。
予想通り。さっきのアレとは別に、ちゃんと普通のプレゼントも用意していたのだ。しかし。
(普通に渡せないのかな……)
こだわりがあるのか、リューくん?
(……まあ、あれがあの二人のコミュニケーションなんだろうな)
微笑ましい(?)幼なじみの絆を見守りつつ、私はそっと下駄箱を閉めた。




