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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
104/341

ポップマシュマロ

 朝。高等部の昇降口へ到着すると、下駄箱の向こうにひょこひょこ動く黒茶色の髪を発見した。

「何をやっとるか、この悪童ぉっ!」

「ぎゃあぁあああっ!?」

 ――が、その髪はふっと見えなくなった。

(あれ?)

 今、ミリちゃんの声がしたような。

 そちらへ近づき、下駄箱の向こうを覗くと、黒髪の美少女が黒茶色の髪の少年をシメていた。――ミリちゃんとリューくんだ。

「ええ〜っ、何で!? ミリ姉、まだ来ないはずなのに〜っ」

 リューくんはイタズラが見つかった子供みたいな顔をしていた(ソレそのものだが)。

「ふっ。甘いわ、リュー」

 ミリちゃんは、張り込みが成功した女刑事みたいな顔をしていた(実際に張り込んでいたのか?)。

「今日はたまたま早く目が覚めた上、たまたま気が向いたからさっさと登校してみただけよ!」

「偶然じゃん!? 何でそんな勝ち誇ってんの!?」

 ミリちゃんは物凄く得意げだった。

(……)

 彼らの足元には、紙やらテープやら輪ゴムやら、謎の物体が多数転がっている。どうやら珍しく、本日の犯行は未然に防がれたらしい。

「さあどうしてくれようか、悪童めぇぇっ!」

「ひょえぇえええっ!?」

(……)

 お取り込み中のようだ。

 私は踵を返し、ひとまず自分の下駄箱へ向かうことにした。

「えええっ!? ちょっとエルちゃん、無視しないで! 助けて〜っ」

 ――あれ?

(……)

「ふっ。よくぞ私の気配を察知した」

「何それ、ミリ姉の真似!? 乗らなくていいから!」

「あっ、エルちゃん! おはよ〜っ」

 リューくんをぐいぐいシメたまま、ミリちゃんは華やかな笑みを浮かべた。

「ぐおぉおおおっ!?」

「おはよう、ミリちゃん。今日も可愛いね」

「えっ!? な、何言ってるのー。エルちゃんのほうが可愛いよ!」

 リューくんをやっぱりシメたまま、ミリちゃんは頬を赤く染めた。

(……照れた)

 十碧くんに褒められた時はさらっと褒め返してたのに。あれは社交モードだったからか?

「きゅうぅうううっ!? エルちゃん、普通に挨拶しないで! まずは可哀想な俺を助けてあげて!」

「おはよう、リューくん。今日もかっこいいね」

「だから、なに普通に挨拶してんの!? あと、おだてろとは言ってないよ!? しかも何その適当なお世辞! どうせならもっとちゃんと褒めて!」

「美少女にシメられてる美少年だね。絵になってるよ」

「えっ、それ褒めたの!?」

 今日のリューくんは照れなかった。それどころではなさそうだ。

「ふっ。今日はこれぐらいにしといてやるわ」

 ふいに、ミリちゃんはパッとリューくんを解放した。リューくんは床に落ち、「ぎゃふん!」と言った。

(……)

「実際に『ぎゃふん!』て言う人、初めて見た……」

「えええっ!? そんなことより、可哀想な俺を少しは心配してあげて!」

「大丈夫?」

「わあ、適当〜。ま、いいや」

 騒いでいたわりには大したダメージもない様子で、リューくんは元気に身を起こした。

「あーあ。失敗〜」

 にこっと無邪気に笑い、彼は床に転がる謎の物体をひょいひょいと回収していく。慣れた手つきだ。

 そしてあっという間に片づけ終わると、リューくんは立ち上がり、気取った仕草で黒茶色の髪をかき上げた。

「ふっ。見つかったからには仕方ない」

「……」

「何かっこつけてるの、あんた」

「じゃあ、普通に渡すね〜」

 ミリちゃんの冷めた視線をものともせず、リューくんは自分の鞄から何かを取り出した。

「はい、どうぞっ。ホワイトデーのプレゼントだよ〜」

 それは、綺麗にラッピングされた小箱だった。私とミリちゃんに一つずつ渡してくる。

(……)

「ホワイトデー? あっ、そっか。今日だっけ」

 ミリちゃんはためらう様子もなく、小箱の包装紙に手をかけた。

(!?)

「ミリちゃん、警戒しないの!? 罠だったらどうするの!」

「ハッ!? そうか!」

 ミリちゃんはピタッと手を止めた。

「やだな〜、エルちゃん。罠なんかないよ〜」

 リューくんは私の手からひょいとプレゼントを取り上げ、包装を解いた。

 そこに現れたのは空色の小箱だった。ふわふわの雲の切り絵が貼ってある。

「ほら、安心安全〜」

 と、私に向けて箱のフタを開けてみせた。

(おぉ)

 中には、切り絵にそっくりなふわふわのお菓子が詰まっていた。

「わー、可愛い! マシュマロだ〜」

「中にジャムが入ってるんだよ〜。全部で七種類!」

「へえ〜」

 色も七種類あるようだ。パステルカラーが愛らしい。

「どれが何の味?」

「えーと、ピンクがストロベリーで緑がキウイ、水色がブルーベリー……」

「ふーん、マシュマロか〜」

 ミリちゃんも包装を取り、自分の小箱を開けた。

 バババババッ!

 途端、箱の中から大量のプチカードが飛び出した。

(え――っ!?)

「ぎゃあぁあああっ!?」

 ミリちゃんは物凄い叫び声を上げた。

 プチカードは噴水のごとく、天井付近まで舞い上がる。

(おぉ――っ!?)

 直後、ミリちゃんめがけて降り注いだ。

 バラバラバラッ!

「ひょえぇえええっ!?」

 プチカードの雨を凝視したまま小箱を握りしめ、ミリちゃんはぎょっと目をむいた。

(……)

 一瞬にして、プチカードは彼女の足元に落ちきった。それはパステルカラーで、一つ一つがマシュマロの形をしており、目と口の切り絵を貼られていた。イタズラっ子のように笑っている。

「……」

 ミリちゃんは呆然と、マシュマロ形プチカードの群れを見下ろした。

「……リュー……」

「嘘はついてないよ? 罠なんかなかったじゃん? ――エルちゃんのには」

「……。ふっ」

 一瞬だけ妙にかっこよく笑い――突如、ミリちゃんはクワッと豹変した。

「リュウゥゥゥッ!!」

「あっははははは!」

 リューくんはパッと駆け出した。すかさず、ミリちゃんが後を追う。

「くぉらぁぁ〜〜っ! 待たんかぁぁ〜〜っ!」

「エルちゃん、またね〜」

 ドドドドド!!

 二人は嵐のように去っていった。

「……」

 後には私とマシュマロと、散らかったマシュマロ形プチカードだけが残された。

(……ん? もしかして……)

 私はふと思いつき、ミリちゃんの下駄箱を開けてみた。すると。

(あ、やっぱり)

 そこにも小箱が置いてあった。マシュマロ形のプチカードが一枚、前面に立てかけてある。そのカードには笑顔ではなく、小さな切り絵の文字が貼ってあり、『こ』『れ』『は』『本』『物』『♪』のメッセージを作っていた。

 予想通り。さっきのアレとは別に、ちゃんと普通のプレゼントも用意していたのだ。しかし。

(普通に渡せないのかな……)

 こだわりがあるのか、リューくん?

(……まあ、あれがあの二人のコミュニケーションなんだろうな)

 微笑ましい(?)幼なじみの絆を見守りつつ、私はそっと下駄箱を閉めた。



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