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エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
一年生
102/341

図書館の魔女

 広々とした閲覧室、整然と佇む本棚の群れ。

(今日は何を読もうかな……)

 放課後。私は図書館にいた。

 試験も終わり、後は春休みを待つばかり。館内に人は少なく、書物の世界は時が止まったような静寂に満ちている。

(やっぱり、ここが一番落ち着くな……)

 人の性質はそう簡単に変わらないものらしい。私は未だに、『他人のいない場所』が好きだった。みんなの視線を一身に浴びて喜ぶ十碧くんとは真逆である。

(今日もファンサービスしてるのかな)

 よくやるよ、あの人は。

「……」

(ん!?)

 ふいに、形容しがたい妙な気配を感じた。

 ハッと振り返れば、本棚の間を歩く知り合いの姿がそこにある。

 蜂蜜色の髪、眼鏡の奥に光る鋭い瞳――門叶くんだ。

(……)

 珍しい。『交信』してない。

(……いや、これからか)

 手には何も持っていないが、目は本棚に注がれている。私と同じく、次に何を読むか物色しているのだろう。

(……。ん!?)

 しかし、妙な気配の出どころは彼ではなかった。その更に向こうに、人影がもう一つある。

(あれは……)

 異様に長い黒髪、青白い肌。

 図書館の魔女――じゃなかった、図書委員だ。

 その表情はいつも通り前髪に隠され、よく見えない。が、顔は門叶くんのほうへ向いている。

(……)

 見ている。門叶くんを。じーっと。

 ――何をしているんだ、あの人は?

(ま、まさか……門叶くんのファン!?)

「――ああ。篠沢さん」

 その時、門叶くんが私に気づいた。こちらへやってくる。

「……」

 少し遅れて、図書委員もついてくる。やや離れた位置で立ち止まったが、顔は門叶くんへ向けたままだ。

「君も本を借りにきたのか?」

「う、うん」

 図書館では静かにしなければならない。それを踏まえたのだろう、門叶くんは小声で話しかけてきた。私も小声で答える。

 それはいいが、あの図書委員が気になって仕方ない。

「――あれか」

 思わずちらちらと観察していると、門叶くんも私の視線を追い、彼女へ目をやった。

「見張りだ」

「へっ?」

 見張り?

「僕が館内で独り言を始めたら、すかさず彼女が妨害する仕組みになっている」

「はっ?」

 妨害!?

「に……二本指で突かれたり?」

「ん?」

「……何でもない」

 いつぞや、彼女は居眠りする涼和くんにソレをやっていた。凄い効果だった。

「よく分からないが、僕がここで読書をするのは迷惑だそうだ」

「……」

 まあ、歓迎はしないでしょうよ、君の読み方は。

「僕が図書館を訪れると、いつも彼女が後をついてくる。おかげで僕は、なぜかこの館内で本を読めなくなった。ここは本来、読書をするための施設のはずだが。理不尽だと思わないか?」

 思わないよ。

 ――などと、正直なことは言えない。

(そうか……あの人は要注意人物の監視をしてたのか……)

 別に門叶くんのファンではなかったようだ。むしろ逆かもしれない。

「こ、声を出したりふらふら歩き回ったりしないで、静かに座って黙読すればいいんじゃない?」

「みんな同じことを言うな」

「みんなに同じこと言われてるの!?」

 しかし、直そうとは思わないらしい。

「僕は別に、図書委員に喧嘩を売っているわけではないんだが」

「そ、それはそうだよね。門叶くんの独り言って、ほとんど無意識みたいだし」

「君は理解してくれるんだな。彼女は『迷惑なものは迷惑です』としか言わないが」

 門叶くんは図書委員へ顔を向けた。

(……)

 私は想像した。

 静けさに満ちた書物の世界。いつもの席に座り、ゆったりと小説を読む私。ささやかな憩いのひととき。

 そこへ割り込む、謎の呪文。ふらふらと徘徊する怪しげな人影――。

(……)

 すまない、門叶くん。私は図書委員の気持ちのほうがよく分かる。

「……」

 彼女は門叶くんを見ている(らしい)。じーっと。

「……」

 門叶くんも彼女を見返している。無表情に。

(……。ん!?)

 一見静かなので分かりにくかったが――ようやく、私は気づいた。

(に、睨み合ってる!?)

 本の虫と図書委員――普通なら気が合いそうなものだが、この二人は『普通』ではないらしい。

「え、えーと、私は『千一夜物語』でも借りようかなっ? 門叶くん、お薦めの訳ってあるっ?」

「……ああ。それなら――」

 門叶くんは図書委員から目を逸らし、別の本棚へ移動を始めた。

「……」

 しかし、図書委員のほうは目を逸らさない。門叶くんをじーっと見たまま、少し距離を空けてついてくる。

(怖っ!)

 妙な気配の正体がはっきりと分かった。

 彼女は怒っている。図書館の秩序を乱す輩に。そして、その兆候を見逃すまいと、ああして神経を尖らせている。

 これは……書物への『愛』と『執念』だ……。

(そういえば……門叶くんって、図書館ではあんまり見かけないな)

 いかにも彼の出没しそうな場所だというのに、実際にここでこの人に遭遇したことはほとんどない。門叶くんはたいてい、庭やら廊下やらをふらふらしている。

 もしや、その原因はコレだったのか?

 ちらりと振り返れば、彼女は我々に顔を向けている。あの前髪の奥にどんな表情を浮かべているのか、それは分からない。

 が――多分、好意的なものではないだろう……。

(私も、あの人のことは怒らせないようにしよう……)

 本日の教訓を胸に刻み、私は門叶くんとともに移動した。



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