表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルム、エルム  作者: 十枝内 清波
1/341

 鏡の中に、一人の少女が映っている。

 柔らかな髪、うるんだ瞳。桜色の唇、真珠の肌。──綺麗だった。それも、物凄く。

「これ……私?」

 思わず呟いて、私は自分の顔に手で触れた。すると当然、鏡の中の少女も全く同じ仕草をする。

「ああ。もちろん」

 と、奴が答える。

「我ながら傑作だ。今のお前は絶世の美少女だぜ」

 そう言って、奴は得意げに笑った。

「……凄い……」

 顔だけでなく、私は自分の体をあちこち触ってみた。

 形の良い大きな胸。きゅっと締まったウエスト。すらりと長い手足。──完璧だ。爪の先まで美しい。

「凄い……凄いよ、あんた!」

 驚きのあまり、私は繰り返した。

 ちょっと表情を作ったり、体の向きを変えたりしてみる。鏡の中の少女は、どんな角度から見ても美人だった。

(凄い……モデルみたい)

 いや、むしろそこらのモデルやアイドルより、よっぽど綺麗だ。

「信じられない……これが私だなんて」

「ふふん、そうだろそうだろ。何しろ元がアレだもんな」

 私の驚きっぷりを見て、奴は満足そうだった。

 鏡の中の少女は、ほっそりとした指で頬を撫でたり、横顔を向けて整った顎のラインを確かめたりしている。

 ──元の私は、こんな美少女ではなかった。

 パサパサの髪、つり上がった細目。黒ずんだ唇、シミだらけの肌。

 何より──体重、百五十キロ。

 身長ではない。体重だ。体重が、百五十。

(それが……凄い。さすがクマ)

 私は奴をクマと呼ぶ。本当の名前は知らない。

「……でも、外見だけ変わっても……」

 鏡の中の少女が、ふいに表情を曇らせた。

 うるんだ瞳が、憂いの色を帯びる。それだけで雰囲気が一変した。ちょっと艶っぽい。

「心配するな。必要なものはオレが全部揃えてやるよ。新しい家も、名前も」

「ほんと?」

「契約内容は『最高の高校生活を送ること』だからな。ちゃんと面倒見てやるさ」

(……契約)

 その通りだ。私はクマと契約した。死後の魂と引き換えに。

「ま、せいぜい楽しむことだな。今のうちに」

 そう──クマは、アクマの『クマ』。


 真新しい制服に身を包み、私は正門の前で立ち止まった。

 ──私立冷泉院学園。

(……信じられない)

 広大な敷地に白亜の校舎。県内有数の進学校。あの憧れの冷泉院。

 夢ではない。私はここの生徒になれるのだ。

「エルム、エルム」

 いつの間にか、クマがいた。気がつかないうちに近づいてきたわけではない。文字通り忽然と現れた。

 普通の顔、普通の男子。ご丁寧に、奴も冷泉院の制服を着ている。──今日は偽装モードだ。

「ほら、そこに立てよ。記念に一枚撮ってやる」

 何と、奴は携帯を持っていた。

「写真? どうせ残らないのに」

「残るだろ。三年間は」

 ふいに、クマは馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 そういう表情をすると、平凡な容貌の奥に一瞬、凄味の色香が仄見える。奴は、本当は脅威の美形だ。

「その間、いくらでも見られるさ」

「……まあね」

 クマの言葉には皮肉めいた響きも混じっていた。しかしこれでも、奴としては私の世話を焼いているつもりなのだろう。素直に従うことにした。

 正門のそばの、『入学式』の看板横に立つ。

 クマの構える携帯に向かい、にっこりと微笑んだ。


 廊下を歩けば、声がする。

「──ほら、あの子」

 視線が集まっているのを感じる。私はギクッとした。

「可愛い……」

「岬美理より可愛いじゃん!」

(……)

 思いきってちらりと振り返ると、ちょうどその辺りにいた男子が数名、ハッと目をみはった。

「おぉ〜っ、目が合った!」

「馬鹿、今のは俺を見たんだ!」

「可愛い〜。すっげぇ可愛い〜」

(……)

 どうやら、私は騒がれているらしい。あの岬美理以上の美少女だと。岬美理というのが何者なのかは分からないが。

(……凄い、『この子』。アイドルみたい)

 これが自分だという実感が湧かない。別人に乗り移って動いている幽霊になった気分だ。周囲の反応も、妙に客観的に見てしまう。

「──ねえねえ、あの子誰?」

「外進だよね? 中等部にいなかったし」

「篠沢恵瑠夢っていうんだって。可愛いよね〜」

 ──篠沢恵瑠夢。

 そう、それが今の、『私』の名前。


 クマがくれたのは美貌だけではなかった。

 入学早々に行われた学力テストで、私は学年二位だった。

 体力テストも、全種目で学年三位以内。

 美術や音楽など、芸術系の授業では真っ先に褒められた。

(凄い、『この子』。何でも出来るんだ)

 こんな完璧な美少女が自分だとは、やっぱり思えない。つい、一歩離れた視点で見てしまう。

 もう少し慣れたら、今の『私』を楽しむ余裕も出てくるだろうか……。

 ──しかしとりあえず、高校生活は順調にスタートした。

 そしてまもなく、私は思わぬ遭遇を果たすこととなる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ