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災禍ノ獣  作者: ef-horizon
【災禍】ノ呼ビ声
9/20

欠けた【景色】 崩れる【日常】



 そこは夕焼け空の教室


「いい夢は見れたかな?」


「寝起きで最悪だくそったれ……」


 ―――――ではなかった。


 魂の風景。


 辺り一帯に広がる荒野。


 既に街の様子は崩れ落ち、分厚い空の下、砂塵が渦を巻いて暗闇をうねる荒れ地が四方に広がっていた。


 残ったのは、椅子と机と教壇が一つずつ。


 荒れ果てた灰色の荒野の下、ユウは机の上に腰掛けながら、苦い表情で辺りを見渡した。


「……まったく」


「浸食は進んだ。直のこの場所も消失するだろう」


「いいさ」


「想い出は見つかったかな?」


「ああ……」


 そう言って向かい合った教壇の上に座る黒い狼を見上げると、ユウは気まずそうな表情と共に視線を落とした。


 そうして落した視線の先には、黒く刻み込まれた手の平の呪印。


 赤黒く明滅する紋章。


 既に肌色が見えない程に拳は黒く染まり、ユウは僅かな痛みを覚えつつ拳を強く握る。


「……ユキは、笑っていた」


「そうか」


「想い出の中で優しく……いつも傍にいてくれていた」


「過去はお前の魂を優しく癒す」


「ああ……」


「だがソレと同時に、お前の魂を強く縛り付ける。過去へと縛り付け永遠に時を止めようとするだろう。


 心を強く持て。敵はすぐそこに来ている」


「敵……。幌って奴か?」


「然り」


「――――この呪いっていうのは、あの【幌】っていう奴のものか?」


「否」


 そう言って教壇からスッと飛び降りる黒い狼。


 そうしてユウの下へと歩み寄ると、その大きな鼻先を頭ごとユウの腿に擦りつけると、黒き狼は囁いた。


「これは、お前の力だ」


「俺の?」


「我らは【災禍の獣】なり。原初、世界が生まれた時に生まれた澱みが【深淵】にて形成された。


 我らは【原初の罪】なり。そして【原初の災禍】なり」


「……世界ができた時に生まれた呪い」


「――――かつて一人の子が、その罪を背負いて天に昇ったはずだ」


 そう言って、擦りつけていた頭を離すと、黒き狼はソッと床に腰を落とすと、長い尻尾で床を撫でた。


 そして遠く、黒き荒野を見つめて紅い瞳を細める。


「だがな、【原初の災禍】は根深く、天に昇りし子の罪すら飲み込んで、災禍は深く世界の底に広がった。


 そして、それは今もなお全ての人を等しく蝕み続ける」


「―――――【死】」


「災禍とは即ち【滅び】――――全てを飲み込み、全ては収束へと向かう」


「……世界の救済とは、その真逆か」


「愚かな男よ。


 包括的に世界を救済し、滅びを失くし、永遠に等しい全てを与えることで世界は続くだろう。


 だが、その先にあるのは、虚無だ。得ようとするものは何もないだろう」


「……だが、多くの人が死んだ」


 そう言って、顔を覗き込む黒き大狼に、ユウは苦笑いと共にそっと頭を撫でると、小さく首を振った。


「俺は、間違っているのかもな……」


「お前の眼には何が映る?」


 そう言って顔を覗き込む大狼に、ユウは眼を見開いた。


「何……って」


「尋ねよう。その紅き瞳に、お前は何を映した?」


「……」


「この世界には、一体何が見えた?」


「……」


「自らの魂に問いかけよ。」


「俺は……」


「時間はない。やがて世界は崩壊を始める。そして原初の災禍は虚飾に満ちた世界を砕くだろう。


 その時、再誕の鐘が鳴り、天使が舞い降りる」


「天使?」


 コクリと頷くままに、再び鼻先を強くユウの腹に擦りつけると、耳をピンと尖らせ黒き狼はユウの顔を覗き込んだ。


「我が力を与えよう。我が魂の欠片、我が神髄。神を殺しし力の破片」


「ワンコ……」


「我が名は災禍の白狼【神威】――――ハクと呼べ。我が主よ」


「ハク?」


「備えよ。敵はすぐ傍に来ている」


 そう言った瞬間、意識がぼやけ始めた。


「うう……ハク」


「この世界に真実はない、故にその目は映る全てを真実に変える。その目に映る全てが、【世界】だ。


 主よ。お前にはそれだけの力がある。


 問いかけよ。


 世界に投げかけよ。


 自らの軌跡を大地に刻め。


 生きよ―――――我が愛しき【災禍の魔王】よ……」


















 目をさませば、そこは授業風景が広がっていた。


「――――授業を始めます」


 前十時。


 いつ登校したのか覚えていない。


 記憶が飛んでいた。


 いつの間にか、ここにいた。


 なぜ?


 冷や汗だけがどっとあふれていた。


 ただ、俺は周りを見渡した。


「出欠をとります。手を上げてください」


 ―――――机が五つ。


 椅子が五つ。


 そして、人影が五つ。


 四十人は入るはずの教室に、あったのはそれだけ。


 いない。


 皆、居なくなっていた。


「では教科書を開いてください」


 異様な風景だった。


 実に三十あった教室の机は、いつの間にか、五つに減っていた。


 俺と刀鷹と、紫苑院。後知らない二人。


 それだけ。


 知らない二人?


 わからない。


 ただその二人の顔は、まるで霞みがかったように見えなくなっていた。


 誰だ。


 わからない。


 担任の虎矢は海外赴任になったと言われて、別の教師が現れた。


 多分、二度と現れることはないだろう。


 広々とした教室に、五つの机が横並びに並んでいた。




 ―――――他の連中は?




 そう聞いたが、名前の知らない二人は不思議そうに首を傾げた。


「だって、最初からこの五人だったよ?」


「忘れたの?」


 ああ。


 忘れたさ。


 他の教室でも同じ光景が見えた。


 中には、机が一つもない教室で、独り教師が、広い教室の後方に向かって授業をしているのが見えた。


 一体誰がいたのだろう。


 教師は熱弁をふるっていた。


 夏の日差しがまだ残る校舎にセミの鳴き声が聞こえた。


 九月二十日の昼だった。





 ―――――この世界に、真実はない。




 ハク。


 これが答えなのか?


 ユキ。


 お前はここにいるのか?


 本当に―――――


「……探そう」


 あの男の話だと、俺とユキは幌という男によって、こうなったのだという。


 男は世界を救うと言っていた。


 この世界が奇妙なことになっているのも、俺の記憶がおかしいのも、恐らく奴が原因だろう。


 幌を探さなければ―――――




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