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災禍ノ獣  作者: ef-horizon
【災禍】ノ呼ビ声
7/20

慧眼――――紅ク尾ヲ引ク災禍ノ瞳



 夕焼けの校舎。


「……」


 ユウは一人、学校にい残って、身体を引きずるように校舎内を歩き回っていた。


 紫苑院を探しているわけではなかった。


 ――――紫苑院さん? 今日は風紀委員よ。


 ――――なんでも、少し風邪をひいたそうで、忙しいのにがんばるよね。


(……いい御身分だぜ)


 腕に浮かぶ黒い蔦模様は夕焼けの茜色に充てられ、赤黒くくっきりと肌の表面にらせん状に走っていた。


 人に見えるほどに――――


 ――――奏夜くん、その痣何?


 ――――なんだよ、新しいファッション? 中二くせぇな。


 おかげで包帯で隠さなくてはならなくなり、それはそれで余計に囃したてられる羽目になった。


 一部の人間には目元の痣も見えていた。


 恐らく、その内全ての人間がこの痣を見ることになるだろう。


 それがどうなることかはわからない。


 わかるのは、自身の身体の【呪】が確実に進行しているという事。


 その先に見えるのは、滅び。


(……早くしないとな)


 ユウは夏服で晒した右腕を極力隠しつつ廊下を歩く。


(ったく……早く冬服にならねぇかな)


 この学校で冬を過ごした経験はなかった。


 記憶はなかった。


 夏の終わりから秋にかけてまでの記憶しかなかった。


 正確にいえば―――――


(……。九月一日からの一か月)


 記憶が飛んでいるわけではないのだろう。


 ユウは夕焼け色の街を見渡しながら、移ろいゆく景色を横目に見つめては、気だるげに顔をしかめた。


 そして頭の中に、昨日の男の言葉を思い出させる。


 ―――――もう一度、僕たちの下に来い。


(あったことのない男の言葉じゃない)


 腕時計をふいに覗きこむ。


 九月十五日。


 午後五時四十分。


(……おそらく、後十五日)


 そろそろ下校時間が近づいていた。


 ユウは夕暮れの街を横目に、右腕を僅かに引きずるように抑えつつ、右目を閉じたまま廊下を歩く。


 目的の場所はいくつかあった。


 最初は、ユウ自身が襲われた場所。


(……なぜ、俺が襲われたのか。彼女が何者なのか)


 真実を知るために、ユウはもう一度その場所に来る必要があった。


 何かがわかるかもしれない。


 自分が襲われたわけ。


 あの三人。


 紫苑院夕紀。


 この世界―――――


「……ユキ……」


 教室の扉を開け、最初に眼に入ったのが、死体が置かれていたであろう場所。


 辺り一帯を張り巡らせていた黄色いテープは既になく、床に黒い煤のような跡が人の形になって刻まれるのみ。


 その煤は、床にこびり付いて離れない。


 まるで影が縫いつけられたかのように―――――


「……」


 ――――見開く【慧眼】。


 紅き瞳を夕焼け色に滲ませつつ、ユウは辺り一帯を見渡し、映し出される真実を探し求めようとした。


「!?」


 ――――見えた。


 だが、眼の前に映るのは教室ではなかった。


 夕焼けに滲んだ景色。


 部屋の隅にある薬品棚。


 埃の被った人体模型。


 実験用の流し台。


 そこは、夕暮れの理科室が、ユウの瞳に映し出されていた。


「……五時?」


 時計を見れば、針は五時を指していた。


 五時に何かが起こるのか。


 五時に何かが起きたのか。


 何が――――


「つぅ……」


 刹那、右目に走る鋭い激痛。


 ユウは慌てて右目を閉じると、表情も険しく、視線を落としつつ、再び死体の置かれた場所を見つめた。


(……この生徒、確か理科学研究部に所属していたな)


 痛みはまだ晴れない。


 手に浮かんだ汗を滲ませつつ、ユウは右目を抑えたまま教室を出て廊下を走った。


「あ、こら奏夜! 廊下を走るな!」


 虎矢の怒声もそこそこに、ユウは息を切らし、校舎二階の理科室へと飛び込んだ。


 同じ景色。


 後ろから見る教室の風景は、【慧眼】に映し出された映像と全く同じだった。


 時間は四時五十分。


 ユウは表情も険しく自分の腕を摩りつつ、痛みで閉じたままの右目の瞼を軽く指でなぞった。


(頼むぜ……)


 ―――――そして、【慧眼】が世界を映す。


 黒板の前に立っているのは五人の生徒。


 一人は黒板を前に、化学の公式を書いていた。もう一人は機材の用意をしていて、もう一人は新入部員に話しをしていた。


 その新入部員の顔はよく知っていた。


 一人は紫苑院夕紀。


 嬉しそうな表情で、隣に立つ青年を見上げていた。


 もう一人は、よく知る顔だった。


「……俺?」


 ――――惚けた顔は、鏡に映る自分とよく似ていた。


 夕焼けに紅く滲んだ瞳。


 少し短めに斬った髪、夏服で襟元をはだけさせながら、そこには奏夜ユウ本人が新入部員として立っていた。


(……俺、ここの部員だった)


 記憶がない。


 いつの景色なのか。


 一体、いつ自分がこの場所に立っていたのか。


 それとも、これは未来か――――


「……」


 愕然としつつも、ユウは眼を再び動かしつつ、景色に浮かぶ映像から入ってくる情報を取り込もうとした。


 時間は五時。


 壁に立てかけられた日めくりカレンダーから、九月九日。


 何も変わらない。


 ただ、おかしいのは、殺されたであろう生徒がいない事。


(……なんでだ)


 背丈や格好はある程度把握していた。


 だがそのイメージに当てはまるような男が一人もいなかった。


 一人は背丈がすらりと伸びていた。


 一人はずんぐりとしていて、それでもユウより背が高い。


 死亡した生徒はユウよりも背丈が小さい。


 まるで女生徒のような――――


(……まさか)


 ユウはハッとなって【慧眼】を閉じた。


 書き消えていく映像。


 再び誰もいない理科室が一帯に広がり、ユウは後ずさりながら、恐る恐ると【目】を開いた。


 そして【慧眼】が世界を見つめる。


 そして、真実が広がる―――――


「……なんだよ、これ」



 ―――――見つめよ、主。



 そこには夕焼け色の理科室が広がっていた。


 黒づくめの三人が黒板の前に立っていた。


 その前に、一人の少女がいた。


 ブラリと垂れさがる長い縄。


 手足はダラリと垂れて、床から離れ、項垂れていた。


 胸には、長いナイフがめり込んでいた。


 血が溢れだして、滴る紅い滴が床を濡らした。


 ポタリ


 音が聞こえた。


 小さな少女が、天井から吊り下げられていた。


 それは、紫苑院夕紀。


 いつも連れ添っていた、大切な、幼馴染だった。


「……」



 ―――――【真実】が見えたか?



「違う……」


 ユウは頭を抱えてその場に蹲る。


「あれは……俺の幼馴染じゃない」



 ―――――それはいつの時間だ。何回目の九月九日だ?



「違う……違う……!」



 ―――――彼女は本物か? それとも今立っている紫苑院夕紀は偽物か?



「違う、違う、ユキは、アイツは!」



 ―――――なら、なぜ心が記憶で締めつけられる?



 掻き毟るほどに、胸が痛い。


 ユウは涙を眼に浮かべながら、蹲ったまま肌蹴た胸元に爪を立て、乾いた唇を強くかみしめた。


 それでも胸の奥から何かが溢れだす。


 悲しみ。


 喜び。


 懐かしさ。


 そして、愛情―――――


「ユキ……ユキ……!」


「あ、まだ残っていたんだッ」


 聞こえてくる甲高い声。


 ハッとなって立ち上がると、ユウは紅く腫れた眼を擦りながら慌てて声のする方へと振り返った。


 そこには一人の生徒が、眼を丸くしながら理科室の入り口から入ってきていた。


「どうしたの? 部員ってわけじゃないよね」


「……理化学研究部の?」


「ああ。ぼくは部員だよ」


「……」


 ユウはこちらへと歩いてくる生徒に表情を強張らせた。


「なにかあったの? こんな所で。忘れ物?」


 違和感。


「いや……調べ物だ」


「へぇ……何を調べてたの?」


 近付いてきた時の、馴れ馴れしさ。


 距離感がなかった。


 喋り方がまるで友達のような感覚だった。


 そう言う性格だというのなら、そこまでかもしれない、そんな些細なものだった。


 だが――――背筋が寒い。


「……以前、生徒が一人、殺されたろう?」


「ああ。まだ犯人に見つかってないんだってね。もしかしてそれで?」


「……」



 ―――――それは不安だ。



「何? 何かわかったの?」


「……。ここで一人、生徒が殺された」



 ―――――もしかしたら、自分の言っている事が間違っているのかもしれないという。



「あれ。生徒って別の教室でしんだんじゃなかったっけ?」


「……」


「思い違いだよ。あそこで警察もビッチリ調べたんだしさ」



 ―――――恐れるな、荒れ野を踏みしめる勇気を世界に知らしめよ。



「違う……」


「は?」


「ここで確かに、人が死んだ。……九月九日午後五時」


 ――――瞼に走るビジョン。


 一人の少女が首を吊って、胸にナイフを突き立てられた景色。


 立ちすくむ三人の影。


 そして――――それ、青ざめた表情で見つめる一人の青年の背中。


 夕焼けに滲んだ理科室。


 溢れだす感情。


 ユウは胸をかきむしり、唇をかみしめるとポカンとする生徒を睨みつけては、強く一歩を踏み出した。


 そして、声を張り上げる。


「死んだのは、紫苑院夕紀……」


「――――彼女は確か風紀委員に出てたよ?」


「ああ……」


「だったら生きてるじゃないか。何を言ってるの君は?」


「だが……」


「君思い込み激しいね。どうしたの?」


「……」


 そう言って後ろを振り返る生徒に、ユウはその両目を閉じては、きつく胸元をかきむしった。


 深い暗闇が眼の前に広がる。


 その闇の底で、一匹の狼がこちらを見つめる。


 ニヤリと牙を剥いて笑う―――――



 ―――眼を開け。お前はなにも間違っていない。お前が見た景色はお前の全てだ。



(ああ……)



 ―――なればこそ、突き進め。自らの答えを世界にぶつけよ。



 ゆっくりと見開く両目。


 目元に走る黒い蔦模様。


 その両の瞳が紅く染まり、黒い模様が走れば、ユウはその紅く染まった視界に生徒の背中を捉えた。


「ねぇ……少し疲れてるんじゃないかな? 先生に診てもらった方がいいよ」


「いや……いい」


「どうしてさ。いきなり生きてる人間を死んだことにするなんておかしいよ」



 ――――備えよ、【原初の災禍】が世界をむき出しにする。



「それとも、今の彼女は偽物とでも言うのかい?」


「本物さ」


「じゃあなんだい? 君おかしいよ」



 ――――備えよ、旧き呪いがこの世界の虚飾を剥がしつくす。



「彼女は死んだ。この場所であの日、奴らに囲まれ」


「奴ら?」



―――――【慧眼】が真実を告げる。



「お前だよ」


 ヒクリと生徒の背中が震える。


 包帯の奥に包まれた腕に印字された呪印が、赤黒く光を放ち、黒き靄が包帯の隙間から溢れだす。


 ユウは眼を見開く。


 大きく息を吸い込み、そして告げる――――


「お前が、ユキを殺した」


 声が理科室に響き渡る。


 無音の静寂。


 息をのみ、眼を見開く。


 ユウは微動だにせず、じっと眼の前の生徒を見つめる。


 無限に等しい、長い時間が過ぎ去っていく。


 夕日が落ちる―――――


「……ああ」



 ―――――備えよ。この男は。



「そう言う事を言うのか」


 青年はそう言ってにゆっくりと、こちらを振り返る。


 ニィと笑う―――――





 ―――――お前の【敵】だ。


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