記憶ノ欠片が告げる【世界】
―――――呪いは身体を蝕む。
「ぐぅううううう……!」
三日後。
退院してから、朝一番に訪れるのは、妹の声でも朝の陽ざしでもなく、腕の鋭い痛みだった。
腹の底を抉られるような痛み。
鋭い吐き気。
歩くたびに胃腸が鷲掴みにされているかのような感覚を覚える。
加えて頭の中は、いつも意識が明滅していた。
ぱちぱちと眼の前が光で弾けた。
その度に意識の底で、記憶の断片が浮き上がって、瞼の奥を横切って言った。
その度に、胸が締めつけられた。
ユキ。
俺の大切な幼馴染――――
「お、お兄ちゃん……」
「……」
「やっぱり病院戻る?」
「――――家は留守にできない」
病院には戻れなかった。
問いただす必要があった。
彼女――――紫苑院夕紀に。
彼女はなぜ俺を殺そうとしたのか。
なぜ、俺の前で泣いたのか。
なぜ、俺に助けを求めたのか。
そして、君は―――――
「……父さんたちはいつごろ帰ってくるんだ?」
「うーん……わかんない。今日も帰ってこないと思う」
「……」
――――違和感。
「昨日、帰ってきたか?」
「ううん。電話があって、今日は会社に泊るって」
「その前は?」
「その前も」
「その前は?」
「その前も」
「ずっと前から?」
「うん」
――――お前は、父の顔を知らない。
「母さんは?」
「同じ会社に勤めてるよ?」
「ずっと?」
「うん」
――――お前は、母の顔を知らない。
なら彼らは、誰だ。
ここは、どこだ。
本当に、【俺】の家なのか?
それとも―――――
「……行くよ」
――――それとも、まだこの世界が真実に満ちていると、考えているのか?
右目は何も見せない。
ただぼやけた視界を映すだけ。
「あ、お兄ちゃん、お弁当忘れてる!」
「――――お前が作ったのか?」
「ううん、お母さんが作ったんだと思う。朝起きたらもうお弁当リビング置いてあったから」
「朝ごはんも?」
「うん」
「そうかよ……」
記憶の断片が戻り始めている。
それと時を同じくして、記憶と現実とがずれていくかのように、世界にひずみが走り始める。
この世界は本物か?
俺の記憶は本物か?
ここはどこだ?
俺は―――――
――――ユウ君……一緒に帰ろうッ。
「ユキ……」
確からしいものはなかった。
それでも信じたいものはあった。
その真実を手に入れるために、俺は学校にもう一度足を運ぶ。
彼女に会うために―――――
真実はこの世界にはない。
旧き【神】がこの宇宙を滅ぼそうとした瞬間、それは消えさった。
そして旧き【神】は深淵と共に潰えた。
残ったものは森羅。
そして、人。
この世界には、なにもない。
なればこそ、人は足掻く。
さぁ、我が主よ。
やがて【原初の災禍】は、世界を暴き始める。
お前の魂と共に、世界をむき出しにする。
お前は宇宙と向き合えるか?
魂は強く拍動を始めている。
そして、その【慧眼】が世界の終わりを告げるだろう。
さぁ、構えよ。
お前の【敵】は、近い。