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災禍ノ獣  作者: ef-horizon
【災禍】ノ呼ビ声
3/20

君を呼ぶ声

 毎日、同じ場所にいる小さな女の子。


 公園。


 片隅。


 少し哀しげで、いつもブランコに乗って、遠くの街を見つめ続けていた。


「……お父さん、いなくなっちゃった」


 女の子はそう言って俺に笑い掛けた。


 俺は何も言わなかった。


 だけど、友達になりたいと思った。


 それから毎日、俺はあの公園でブランコに乗って少女の帰りを待った。


 毎日四時。


 女の子はその公演に現れた。


 いつも一緒にいてくれた。話をずっとして、夕焼けが落ちるまで一緒にいた。


 帰る時も一緒だった。


 ずっと一緒に俺は、お前といた。


 その横顔は、暗闇に隠れながら、少し照れくさそうに俯き加減に微笑んでいた。


 手は小さかった。


 だけど熱かった。


「ユウ君……これからも一緒にいてくれる?」


 ―――――ああ、覚えてる。


「嬉しい……本当に、嬉しい」


 顔も忘れた。


 名前も、姿形も記憶の片隅にはない。


 それでも、あの夕焼けに映る君の姿は、今も忘れてはいない。


 名前。


 名前は―――――


「ユウ君……大好きだよ」


 ―――――ユキ。


















 夕方。


「……」


 ユウは一人、教室の入り口に立っていた。


 眼の前には入り口を遮る黄色いテープ。その奥には机が奥に追いやられた夕焼け色の教室が広がっていた。


 茜色に焼けつく黒板。


 剥き出しの床。


 その床に一つ、広がる大きな黒い痕があった。


 卍状に左右に広がる手足。


 首から下は上下に千切れちているようで、黒い痕の辺り一帯が立ち入り禁止のテープが張り巡らされていた。


 まるで焦げたかのような、人の影が床に映り込んでいた。


 一人の少年の死体現場だった。


「……」


 ―――――生徒が死んだ。


 ユウが知らされたのは学校に来てからだった。


 直ぐに警察がやってきて、取り調べが行われた。当然ユウも、時間をかけ何度も同じ質問をされた。


 苛立ちに顔を歪める警察官。


 その顔の奥に見える【真実】を、ユウは取り調べを受けながら覗きこんだ。


 そしてわかったことがいくつかあった。


 死体は朝、用務員の叔父さんが見つけた事。


 既に真っ黒に染まっていたこと。


 それは焼死体ではない。まるで墨で肌が全て真っ黒に染め上げられたかのようになっていてたという。


 それはまるで全身を黒い痣で覆われたかのよう。


 斬られた跡もなかった。


 毒物の痕跡もなかった。


 ただ、心臓だけが停止していた。


 眼は見開いたままだった。


 その目は、真っ黒に染まり、黒い肌に赤い血が涙のように目元から溢れだしていた。


 その目には、恐怖が映ったという―――――


(黒い……痣)


 ――――見覚えがあった。


 自分の身体。自分自身の眼。


 時折感じる気だるさと、魂が抜けていくような感覚に、自分の寿命が能力を使うたび削られていくのは、仄かに感じていた。


 或いはその視界に、死が這い寄る様を、何度も見かけた。


(……これは、何だ?)


 ジンワリと浮かび上がる黒い文様。


 右の瞳が血よりも紅く染まり、黒い呪印が眼球に浮かんで、【慧眼】が発動し、その目に真実を映しだす。


 しかし、【慧眼】はなにも答えない。


 ただ夕焼け色に滲む景色を映すだけ。


「……」


 ただ何をすることもできず、ユウは一人床に映り込んだ影を見つめて、教室の扉の前に立ちつくす。


 やがて自分にも来るであろう恐怖に、僅かに拳を固める。


 そして胸を掻きむしり、顔をしかめる――――


「……」


「奏夜くん」


 ―――――冷たい声。


 振り返れば、そこには一人の影が廊下の窓際に立っていた。


 夕焼けに紅く滲む長い髪。


 ジトリと見つめる黒い瞳。


 きつく結んだ小さな唇。


 幼い顔は相変わらず仏頂面で強張り、短めのスカートからはスラリとした脚を覗かせそこには一人の少女が立っていた。


 いやでも見かける―――――


「紫苑院……」


「ここは立ち入り禁止だよ?」


 少女は少しとぼけた調子で呟く。


 ユウは少しむっとしたように顔をしかめると、じっと見上げる少女の視線から顔を背け、手持無沙汰に髪を掻いた。


「うるせぇ……」


「気になるの?」


 そう言って一歩を踏み出す紫苑院に、ユウは肩越しに双眸を細めた。


「―――――疑ってるのか?」


「ええ」


「……。ストレートだな」


 ――――【眼】に映るのは、眠たそうに双眸を細める幼い少女。


 その姿は何も変わらない。


 ただ、じっと少女はユウを見つめている。


 まるで訴えかけるように―――――


「……」


「――――なんだよ」


「別に」


「……」


 変わらず帰ってくるのはそっけない言葉・


 気まずさに耐えきれず、ユウは紅い右目を細めつつ、顔を再び背けるままに、教室の入り口から離れようとした。


「ユウ」


 ―――――聞こえるのは、懐かしい声。


「え……」


 コツリ……


 刹那、背中を押す感覚。


 ぐっと身体が前に押し出され、脚が教室の入り口を潜り、ふらつく身体が黄色いテープを破った。


 慌てて振り返れば、そこにはじっと廊下からこちらを見つめる紫苑院の姿。


「な、何を!」


「―――――ここなら、大丈夫」


「は?」


「覚えてる?」


 コツリと廊下に響かせる一歩。


 そして一緒に教室に入ってくる小さな少女に、ユウは戸惑いを表情に浮かべ、ジリジリと後ずさった。


「な、何をだよ……」


「――――ずっと、手を繋いで歩いた事」


「は?」


「長い坂道。遠くまで広がる夕暮れの街の風景。それに、貴方の横顔」


 ――――その目は冷たいままだった。


 コツリと聞こえる小さな足音。


 唇から零れる小さな息遣い。


 上目遣いの瞳を夕焼け色に染め、少女はたじろぐユウの下へと静かに歩いていく。


 そして、眼を細め少女は静かにユウにその手を伸ばして、胸元に手を添えて優しく口の端を吊りあげた。


「聞こえる」


「な、何がだよ」


「君の鼓動」


 ――――その笑顔は懐かしいものだった


「君は、やっぱり生きている」


「お前……」


「ユウ君……」


 どこかで見たことのある、優しい頬笑みだった―――――


「――――アッ……」


 刹那、少女の唇から零れる悲痛な声。


 短くも聞こえるその言葉は、痛みが伴っているのがわかって、ユウは後ずさり華奢な身体を丸める紫苑院に駆け寄った。


「お、おい……!」


「ぐ、ぐぅうう……」


「おい紫苑院ッ、どうしたんだよ。なんか変なものでも」


「――――逃げて」


 腹を抑えその場に俯きながら、そう呟いた紫苑院に、ユウは手を伸ばそうとした。


「ぐぅ!」


 ―――――刹那、疼く。


「がぁあああああああ!」


「ユウ……くん」


 浮かびあがる黒い文様。


 紅く光を放つ瞳に浮かぶ漆黒の呪印。


 ズキリと全身に痛みが走り、右目を抑えるままに、ユウは身体をくの字に曲げる紫苑院を横目に、後ずさった。


 意識が一気に闇へと投げ込まれる。


 そして、シジマの底に――――何かが見える。


 ――――心せよ。


 闇がにやりと笑う


 そして、その金色の瞳を見開く。


 ――――その者、主の【敵】なり。


「かはぁ!」


 痛みが刹那、途切れる。


 ユウは息つぎのような叫び声を上げて、蹲っていた身体を反らして夕焼け空に滲む天井を仰ぎみた。


 一瞬で引いていく痛み。


 それでも黒い文様が目元から頬にかけて浮かびあがり、激痛に血の気が引いた。


 、ユウは右目を抑える。


 そして、脂汗を滲ませながら、眼の前に立つ影を見上げて、床に手をつきヨロヨロと立ちあがろうとする。


 その眼を金色に見開く――――


「あ……」


 ――――瞳に映る【真実】


 宙に浮かぶ華奢な身体。


 ダラリとした四肢。


 虚ろな表情で、立ち上がるユウを見下ろし、そこには力なく項垂れる少女、紫苑院夕紀が立っていた。


「ユウ、くん……」


「……しおん、いん」


 ――――異様な姿だった。


 幼い顔立ちにビッシリと刻まれた黒い呪印。


 瞳は真っ赤に染まり、その白い肌からは黒い靄が溢れだして、左右にふらつく身体を覆い尽くしていた。


 そして、足もとの影からは何かが這い出していた。



 それは、数匹の【蛇】―――――


「……やめて、殺さないで」


 紫苑院は言葉に反して、ヨロヨロと片腕を起こして、その手の平に青ざめるユウの姿を捉えて開いた。


 ツゥと涙が黒く模様の浮かんだ頬を伝う。


 唇が動く。


「……ユウ君」


 ――――刹那、反転する視界。


「がぁ!」


 腹の底を突き上げられる感覚。


 耳に鈍く聞こえる、重い轟音。


 気がつけば、ユウは腹の下から這い出す巨大な蛇に突き上げられ、天井に勢いよく叩きつけられていた。


 コンクリートに罅が走るほど、めり込む身体。


 明滅する意識。


 四肢はピクリとも動かせず、ユウは天井に張り付きながら、痛みに眼を見開く。


 その下には、項垂れる紫苑院が見える。


 涙を流し、胸元かきむしっているのが見える――――


「し……しおんいん」


「……やめて、やめて……!」


 震える声で少女はその手を、虚空に向ける


 顔を上げ、震える声で、涙を浮かべる紅い瞳をこちらに向け、少女はか細い声で囁く。


「ユウ君は……ユウ君は殺すから」


 刹那足首に絡みつく二体の蛇。


「がぁああ!」


 めくれあがる床のタイル。


 そして飛び散る血飛沫、


 天井にめり込んでいた身体を引き剥がし、強く叩き付けられる感覚に、ユウは悲鳴と共に床に突っ伏した。


 シュルリ……


 更に絡みつく二体の蛇。


 四体の蛇は再び、朦朧となるユウを轟音と共に天井に押し込むと、床に何度も身体を叩きつけた。


「がぁああああああああ!」


「……ああ……ああああ」


 何度も、ユウは天井と床を往復した。


 悲鳴が教室全体に響いた。


 ただ、少女は胸を抑えて震えるだけだった。


 そして―――――


「……」


 グッタリとなる四肢。


 その身体は四体の蛇によって持ち上げられ、血を滴らせながら逆さになって宙に吊るし上げられていた。


 ボロボロになった制服。


 腕は折れてあらぬ方向に曲がり、鈍痛が朦朧とする意識をノックする。


 肺が潰れて息ができない。


 心音が小さくなっていく。


 意識が闇の底へと引きずりこまれていく―――――


「し……お」


「――――わかった。【呪い】を活性化させる」


「ゆ……き」


「だから……もうひどいことをしないで」


 ブツブツと俯き胸を抑えながら、少女は震えた声で囁き、そして泣き腫らした顔を上げて、諦めの表情を滲ませた。


 その眼には、ユウが映る。


 その紅い瞳に冷たい涙が浮かぶ。


「ごめんね……ユウ君」


「……」


 朦朧とするユウに、少女は近付き、震える言葉を囁き掛けながら、ゆっくりと足元の影に手を伸ばした。


「ごめんね……私、おかしくなったの……身体の中弄られて……頭の中に何か埋め込まれて」


 刹那、影の中からもう一体の蛇が這い出し、少女の手に絡みついた。


 その口には、黒い刃の短剣。


 小さな手に握りしめれば、少女はゆっくりとさらにユウに近づき、刃を恐る恐る振り上げる。


 その切っ先に、金色の瞳のユウを捉える―――――


「もう……私……ダメみたい」


「ゆき……」


「だからね……だから」






 ――――振り下ろす刃が身体にめり込んだ






「私を……助けて……ユウ君」



 黒い血飛沫が弧を描いて、宙に舞った。







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