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災禍ノ獣  作者: ef-horizon
【災禍】ノ呼ビ声
2/20

始まりのコエ

ワンコが書ければなんでもいい、pandiです。

 ――――幼馴染。


 名前も知らない。


 なぜ忘れたのかもわからない。


 声も、顔も、背丈も、まるで黒い靄に包まれたかのようだ。


 性別も、なぜ一緒だったのかも。


 だけど、それでいいと俺は思う。


 いつまでも死んだ奴の事を考えるのはよそう。


 死んだんだ。


 今はクラスメイトもいる。


 マナもいる。


 妹もいて、家族もいる。


 皆がいて、それで十分だ。


 他に何も要らない。


 他に―――――




 ―――――助けて……。




 なのに、忘れようとすればするほど、胸の奥に何かがザワツク。


 違和感。


 ずっと住んでいる場所なのに。


 ずっと同じ街に住んでいるのに。


 同じ夕焼け空なのに。


 なぜだろう。


 時折、ここが別世界のように感じる。




 ――――約束だよ……。




 夕焼けが別の世界を映し出している。


 ここじゃない。


 俺はここにいたくない。


 何かが足りない。


 何かが―――――




 ――――いつか……助けに来て……。




 ここはどこだ。


 俺は、誰だ。


 お前は―――――




 ――――ユウ君……。




 ユキ……!









「……ユキ……」


「どうしたのお兄ちゃん?」


 学校の帰り路。


 夕焼け空を見上げていたユウはハッとなって視線を落とした。


 そこには不思議そうに首を傾げる一人の少女。


 手には中学生用の手提げかばんを身につけ、服装は中高一貫のユウの学校の中等部の夏服だった。


 顔立ちは同じで幼く、クリっとした碧い瞳が夕焼け色に滲む。


 零れると息。


 不思議そうに唇を曲げ、少女は惚けるユウの手を取った。


「帰ろう、お兄ちゃんッ」


「――――美香」


「何?」


 ――――思い出した。


 少女の名前は奏夜美香。


 三歳下のユウの妹で、同じ学校に通う生徒だった。


 今は帰り道。


 茜色に滲む街を横切る長い坂道を歩きながら、ユウは惚けた表情で美香に手を連れられ歩いていく。


「……」


「今日は何食べよっか。お肉はもう買ってあるから、鶏肉とごぼうの煮物がいいなぁ」


「……美香」


「どしたの?」


「――――いや」


 意識がかすみ、ユウはたどたどしい口調で少し視線を反らし、不思議そうに振り返る妹の美香に横顔を向けた。


 そして隣を歩きながら、不意に遠くに広がる夕焼けの街を見下ろす。


 今は四時半。


 草間市の景色は、小高い住宅地から遠くまで見下ろせ、ゆっくりと黄昏に沈んでいった。


 東の空には星空が微かに見え、滲んだ境目が頭上を横切る。


 九月七日。


 ユウは夕焼けに滲む街中を、妹と共にゆっくりと家路についていた。


「……」


 いつもと変わらない坂道。


 この道の向こうには大きなスーパーや公園があり、小学校、中学とずっと変わらず登って、降りてを繰り返してきた。


 何も変わらない。


 この夕焼けも見飽きる程に、ずっと見ていた。


 この黄昏の空も。


 星空も。


 ずっと一緒に―――――


「……」


「どしたの?」


「――――いや」


 記憶が霞の向こうに消えていく。


 ユウは少し苛立ち紛れに髪を掻き、視線を落とすと、不思議そうに顔を覗き込む妹に苦笑いを掛けた。


 妹は不思議そうに眉を潜め「変なお兄ちゃん」と言って一緒に歩く。


 その横顔はうっすらと夕焼けに赤らんだ。


 その立ち姿は誰かに似ていた。


 誰か―――――


「……なぁ、美香」


「何?」



「俺……何か忘れてないか?」


「知らない」


「だよな……」


「もう、しっかりしてよぉ。早くご飯食べに帰ろうッ」


「――――おうよ」


 思いすごしだろう。


 ユウはそう思いながら、家路につく。


 長い坂を登り、やがて見えてくるのは小さな一軒家。


 碧い屋根の住宅地の中の一軒家の門扉を潜り、ユウは一息ついて鞄を放り投げ、土間に靴を脱ぎ捨てた。


「疲れたぁ……」


「脱ぎ捨てない。早く着替えて来て。私お風呂沸かすから」


「湯沸かしボタン押すだけだろ」


「風呂の蓋も締めるもんッ」


「あいよ」


 ムスッとする少女を尻目に、ユウは階段を上って自分の自室に入った。


 そこは夕焼けの滲むカーテンの閉め切った部屋。


 ベッドと本だなと机と小さなノートパソコンが置かれただけの、少し簡素な部屋でユウは服を脱ぎ捨てながら、パソコンを起動する。


(……明日は化学の実験か)


 明日の予定を考えつつ、カーテンを開けば、茜色が窓から溢れて床に広がり、ユウは不意に眼を細めた。


(……化学、か)


 ――――不意にマナの事が思い出せた。


 化学研究部。


 学校の中にある部活動の一つで理科室を中心に活動をしている部らしい。


 知る人ぞ知る部活動で、ユウもマナに教えられるまではほとんど知らなかったし、今もおぼろげなままである。


(しかし、なんでマナはあんな部活に入ったんだろうな)


 マナの家は剣道の道場である。


 彼女自身も剣道は相当なもので有段者は当然、大人すら軽々と倒す腕と眼を持っている少女だった。


 だけど、今は化学研究部。


 あそこに何があるのか―――――


(……人の詮索はよそう)


 そう思ってユウは苛立ち紛れに、パソコンの置かれた机に向かって、適当にメールボックスを立ちあげる。


 誰かからメールが来ていないか。


 そう思って、ユウは受信メール一覧を覗き込む――――


「……何だこれ」


 ―――――奇妙なメールが一通。


 題名はない。


 内容は一言だけ。


『この世界に真実はない。




 あるのはお前一人だけだ。




 見よ。




 災禍の獣が眼を覚ます』


「……なんだこれ」


 書かれているのはこれだけ。


 ただの悪質な文章、迷惑メールとすら思えるような内容に、ユウはメールを削除しようとマウスポインタを動かそうとした。


 だが、手は動かなかった。


 代わりに、頭痛にも似た、眼の奥の痛みを感じた。


 身体の奥で、何かが蠢いている。


 何かが呼んでいる。


 叫んでいる―――――


「ぐぅ……!」


 ――――剥き出しになる、黒い力。


 浮かびあがる黒い文様。


 自分の意思と関係なく、目元に蔦模様が走り、紅く滲んだ右目の眼球に黒い印が浮かび上がった。


 視界が真っ黒に染まる。


【慧眼】が開く。


 光無き暗闇が眼の前に広がり、そして『眼』の前にメールを受信したディスプレイがほの暗く光を放っていた。


 否。


 画面は真っ黒に染まっていた。


 世界は真っ黒に染まっていた。


 まるで暗幕が空いっぱいに広がったかのように、暗闇が周囲に広がった。


 その真っ黒な画面の中、白い文字がディスプレイ上に浮かびあがっていた。


 文字が書かれていた。


 これが【真実】だった―――――


『九月八日。明日、人が一人死ぬ。



 そして、世界が壊れ始める』


 

 短い文章が眼に映った次の瞬間、黒く染まっていた視界は、暗幕を引くかのように元の景色が映し出された。


 茜色に滲んだ部屋の景色。


 壁に寄り添う本だな。


 大きなベッド。


 私服の飾られたクローゼット。


 そして眼の前には勉強机。


 そして何も映らない、ノートパソコン――――


「……」


 パソコンの電源は落ちていた。


 まるで最初から時がさかのぼったかのように、ピクリともせず真っ黒なディスプレイが夕焼けに紅く滲んでいた。


 ポタリ……


 汗が滲んだ。


 手が震えた。


 ユウは恐る恐る、立ち上がるままにゆっくりと後ろを後ずさる。


 そして、部屋の隅に立てかけられた姿身を覗き込む。


 その目で自分の姿を覗き込もうとする―――――


「お兄ちゃん! 早くお風呂入って!」


 部屋に響く怒声。


 ビクリとユウは背中を震わせ、覗きこんでいた上体を跳ね起こすと、慌てふためいて踵を返して叫んだ。


「わ、悪い! 直ぐ行く!」


「はぁい!」


 ドアの向こうから響く声は快活で、今までの不気味さすらかき消すほどだった。


 ユウは冷や汗を浮かべながら、クシャリと髪をかきつつ、苦々しい面持ちで床を蹴り部屋の扉を開いた。


(疲れてるんだろう……)


 鉛のように重たい意識の中、急かされるようにユウは部屋を後にする。


 そして誰もいない部屋が広がった。


 ただ開いたパソコンが、物言う事なく暗闇をディスプレイに移した。


 そして部屋を映すパソコンが見えるだけ。


 なにもいない―――――


 ―――――この世に真実は【存在】しない。


 コツリ……


 鏡の向こうで黒い影が横切る。


 それは長い尻尾を靡かせ、四足で床を叩き、鏡の奥で部屋の隅を歩き、そしてベッドの上に座り込んだ。


 ―――――だから、その目にお前は【災禍】を映す。


 スゥと細める金色の瞳。


 長い口腔をニヤリと歪め、黒い靄が夕焼けに眼を細める。


 楽しげにほくそ笑む―――――


 ―――――さぁ……。世界が終わるぞ















 ―――――翌日、学校で死体が一つ、見つかった。






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