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災禍ノ獣  作者: ef-horizon
【災禍】ノ呼ビ声
17/20

【世界】―――その目に映る全て

 ――――鏡を覗きこめば、そこには自分の顔があった。


「……」


 自室、変な声が部屋に響いた。


 首に浮かぶ黒い痣。


 それはまるで首輪のようにユウの首元を覆い、夏服を着こんだら黒い模様が襟元から覗いた。


 苦々しく歪む鏡の向こうの顔。


 黄金色に滲んだ瞳を細め、ユウは嫌々に首元にネクタイを撒くと、ため息交じりに顔を上げた。


「ったく……アレからか」


 右手手の甲には黒い太陽を形どった蔦模様の呪印。


 胸には竜を模した大きな痣。


 髪は銀色に染まり、口の端からは牙が覗いた。


 それは【獣】に変わった証


 全て、あの日の戦いの証――――


 


 ――――世界は破壊され、再生した。




「ああ。そうだな」




 ――――ここはお前が望んだ世界。お前が関わる全ての希望が眠る世界。




「ああ……」




――――眠った魂は別の形で蘇り、お前はこの世界の主となった。




「……」




 ――――我らが主【災禍の魔王】――――我らが【災禍の獣】よ。




「俺は人間だよ……」


 零れる苦笑い。


 ユウは懐かしい面持ちと共に、手の甲の痣を隠す様にに包帯を巻きつつ、部屋の隅の時計を覗き込んだ。


 九月二日。


 七時五十分。


 まだ時間に余裕はあり、ユウは鞄を手に取り、制服を着込んだ姿を姿見で軽く覗いた。


 大丈夫。


 人に見られる程度には整った姿をしていて、ユウは急ぎ足に部屋を出た。


「あぶねぇ。時間も無いっと」


「お兄ちゃん!」


 階段を降り聞こえてくるのは、甲高い声。


 ハッとなってユウは胸を抑えると、喉を鳴らしながら、恐る恐る階段を降り一回の廊下を覗き込んだ。


「もう、早く朝ごはん片付けてよぉ」


 見えてくるのは幼い顔立ち。


 腰に手を当て、眉を潜める仕草は変わらず、小動物のように飛び跳ねながら、ユウの下へと駆けてきた。


「もぉ、早くッ」


「――――おうよ」


「まだ寝ぼけてるの?」


「かもな……」


 そう言って頭をそっと撫でると、キョトンとして頭を抱える妹を横目にリビングへと足を運ぶ。


「変なお兄ちゃん……」


「いつも通りだよ」


「?」


「美香」


「何?」


「おはよう」


「――――おはよう、お兄ちゃんッ」


 照れくさそうに上目遣いに覗きこむ妹に、ユウはそっと髪を撫でるとリビングのドアを開いた。


 そこには二人の影があった。


 懐かしい。


 長い間見ていなかった気がする。


 大きな背中。


 ほっそりとした後ろ姿。


 父と母がそこにいた。


 日常がそこにあった。


 ユウは滲んだ目尻をグッと拭うと、照れくさそうに髪を書きながらリビングに一歩を踏みしめた。


「おはよう、父さん。母さん」


 声が部屋に木霊した。












 ――――世界は一人の男の意志によって創世された。


 神の意志ではなく、一人の人間の魂の輝きにより。


 彼の者は望んだ。


 日々続く日常を。


 彼の者は望んだ。


 愛する家族の姿。


 彼の者を望んだ―――――








「ほら、学校行くぞ」


「あぅううッ、待ってよぉお兄ちゃんッ」


「お前飯食う前に準備しろよぉ」


 バタバタする美香を横目に、ユウはため息交じりに土間で靴を履いて、玄関の扉を開いた。


「先に外出てるぞ」


「ああッ、待ってってばぁ!」


「ったく……」


 そう言って肩をすぼめるユウを見つめる視線。


「あ、あの……奏夜先輩ッ」


 ――――懐かしい声。


 金色の瞳を丸くして門扉の向こうを見下ろせば、そこには家の前で待つ小さな影が一つあった。


 幼さの残る顔立ち。


 肩まである長い髪は変わらず。


 じっと見つめる紅い瞳。


 唇は小さくギュッと胸に手を当てながら、そこには小さな少女が、門扉を開くユウを見つめていた。


 肩には大きな剣道用の防具の入った袋。


 重たそうにしながら近付いてくる仕草に、ユウは微笑みを浮かべる。


「お、おはようございますッ、先輩ッ」


「――――おはよう、マナ」


「へ?」


「ん?」


 キョトンとしてさらに真っ赤になる童顔。


 今にも顔から火を噴きそうな少女、マナは顔を伏せると鞄を放り投げて両手で顔を隠した。


「せ、先輩が私の事呼び捨てにしてくれるなんて……」


「今までそうじゃなかったのか?」


「だって……なんか」


「――――おはよう、刀鷹」


 そう言って髪を軽く撫でると、更に刀鷹は顔を真っ赤にして頭から湯気を噴き上げた。


「キャアアアッ、せ、先輩が髪を髪をぉ」


「……。俺変質者みたいだな」


 周りから突き刺さる視線に苦い表情を浮かべながら、ユウはマナの髪から手を離すと手持無沙汰に自分の髪を掻いた。


「あぁ……その。お兄さんが元気か?」


「?」


「いや、なんでもねぇ」


 ――――安心しろ。今後一切この男の魂は太陽を見ることはない。


「そうかい……」


 頭の中に響く声。


 ユウは苦い表情と共に、キョトンとするマナを横目に玄関を飛び出してくる妹の美香を見上げた。


「ごめぇえん! お兄ちゃん待ったぁ!?」


「おれの大切な後輩が待ってたぞ」


「あ! マナちゃんッ」


「えへへぇ、おはよぉ。美香ちゃん」


「……」


 照れくさそうに小さく手を振るマナに、美香は少しむっとしながら門扉を潜ると、彼女に飛びかかった。


「ふにゃぁ……」


「マナちゃん……お兄ちゃんに何されたの?」


「べ、別に」


「……」


「あ、頭撫でられただけだよぉ」


「……」


「本当だよぉ」


 じとりと睨む視線に、観念した様子で応えるマナに、美香は更に口を尖らせると踵を返した。


「お兄ちゃんッ」


「あい」


「私マナちゃんと先に行くねッ」


「なんでよ?」


「いいからッ」


 顔を真っ赤にして、困惑するマナを引っ張っていく美香に、ユウは首をかしげながら手を振って見送った。


「じゃあ後でな」


「うんッ」


「ああ、私先輩と一緒にいきたいッ」


「お兄ちゃんに頭撫でられるのは私だけなのにぃ……」


 ぶつぶつと言って遠のいていく二人を横目に、ユウは手持無沙汰踵を返すと隣の家へと足を運んだ。


『紫苑院』


 書かれた文字はちいさく、インターフォンは表札の下にあった。


 鳴らせば、程なく聞こえてくる足音。


 玄関の扉が開き、ユウは眼を細めると、出てきた壮年の女性に深々と挨拶をした。


「おはようございます、おばさん」


「あらぁ、奏夜くんじゃないのッ。ユキはもう出ちゃったわよ?」


「早いですね」


「なんでも用意したい事があるって」


「そうですか……」


「心配しなくても、お弁当は二人分作っていたわよあの子」


 クスクスと笑う女性に、ユウは照れくさそうに頭を掻くと、そそくさと踵を返した。


「じゃあ……いってきます」


「はい、行ってらっしゃい」


 手を振る紫苑院の母に見送られ、ユウは通学路である長い坂道を降りていく。


 横を振りむけば、どこまでも広がる草間市の朝の景色。


 朝日を背に受け眩く輝く街並みを見つめ、ユウは首筋に浮かぶ黒い痣を指で摩った。


 痛みが僅かに残っていた。


「……【焔】」


 囁けば、黒い炎が手の平に小さく浮かぶ。


 夢じゃない。


 確かにあの場所で戦った全てが現実だった。


 それでも【慧眼】は告げる―――――今、こうして平穏のうち歩いていられる事も、現実であることを。


 そしてこれらは、まぎれもなく真実であること。


「自らの眼で捉えた景色が、自らの世界……」



 ――――そしてそれこそが、まぎれもない【真実】



「なんだよ、否定したわけではないんだな」



 ――――問おう、お前の見ているこの景色の全ては、【真実】であるか?



「ああ」



 ――――それを確信しうるだけの魂を持つ、それこそが人の証。



「行くよ」



 ――――ああ、行ってこい【魔王】よ。



「あいよ」


 頭の中に響く声に、悪態をつきつつ、朝日に目を細めながら、ユウは長い坂道を降りて行った。


 程なく、校舎のチャイムが響く。


 後五分で授業が始まる――――











 ――――そして人は【災禍の魔王】となった。


 世界は、救世を否定した。


 世界は常に変化を続けている。


 生まれ。


 生き。


 そして滅ぶ。


 存在の連鎖。


 波紋は常に世界に広がり続け、静寂が起こることは決してない。


 そしてその中にこそ、得難い価値観が眠っている。


 他人が与えたものに意味はない。


 偏在するものなどありはしない。


 どれだけ借り物であろうと、奪い勝ち取ったものにこそ意味がある。自らが伸ばしたその手にこそ、意味がある。


 その黒く煤けた黄金の手にこそ、意味がある。



 旧き、死した神よ。


 神よ。


 お前が生み出した人は、お前の手を離れた。


 さて、その先に見る存在の連鎖がいかなる時代を起こすかみようではないか。


 未来がどうなるかなど意味はない。


 過去がどうなったかなど価値はない。


 今目の前に広がる景色こそ、【世界】である。


 そして、それこそが【真実】である。








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