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災禍ノ獣  作者: ef-horizon
【災禍】ノ呼ビ声
16/20

其ハ【創世】―――夜明け地平の向こうに

「――――【過去】を教えてやろうと思ってな」


「……」


「そうだ。刀鷹幌。……お前には、刀鷹真奈に愛されない理由が一つだけある」


 男はびくりと身体を震わせ、頭を丸め背中をむき出しにして地面に蹲る。その様子を見つめて黒き狼は、その場に座り込んで笑みを深める。


 そして、囁く。




「―――――忘れたか? 想い出を置いてきたか?」




「ヒッ……」


「いや。忘れていないはずだ。記憶を消しただけだ」


「や……やめて」


「悦楽の極みにあったものな」


「違う……覚えてない……俺じゃない……!」


「――――刀鷹真奈は、特段病気ではなかった。だがあることをきっかけに、小学五年生、精神科に入院するはめになった。


 一人の男が、幼い少女の柔肌に傷をつけたのだ」


「いや……いやぁあ……!」


「性的対象として見ていた一人の男が、ある夜少女の部屋を襲った。抗う幼い身体を組み伏せ、喰らい、その身体を重ねて穢した。その回数はとても二桁では収まらん」


 カタカタと男は震え始める。


「ちがうちがうちがちがうちがちちがちがちが」


「そして少女はついに壊れた。


 たび重なる自殺未遂。果てに少女は精神病院に入院させされた。そこを見届けた一人の男は何をとち狂ったか、不憫に感じてしまった。


 だから、寝ている所を、縄で吊って、殺した」


「ああああああああああ! あああああああああああああああああああああああああああああ!」


「翌日、少女は自殺だと判定された」


「ぎゃががががががががが!」


「【真実】にはほど遠いものだが、ほんの少し、理由が知りたいそうだったのでな」


 首をすぼめるそぶりを見せ、黒き狼は頭を抱えて蹲る幌に、優しく囁いた。


「お前自身、なぜ我の力に似た災禍が使えるか? それは【原初の災禍】ではない、お前自身が作りあげた、澱みの【罪】だ。


 深き罪だ。まさか我らの【滅び】に似た罪を背負う程とはな」


 驚いたそぶりを見せ、黒き狼は、蹲りがたがたと震える男に、言い寄り耳元で囁き駆けるように、小さな声で告げる。


「お前は罪人よ」


「ギッ!?」


「この男のように、世界をその身に背負う器でもなければ、我が力を受け継いだ男でもない。


 実のところ、自分のやったことに悶えるだけの、ただの罪科の奴隷よ。


 ゴルゴタの丘を登るかのような想像をしていたか?


 否。


 お前はただ電気椅子に座ることを待つだけの老人に過ぎない。


 然り。


 お前は自分自身の意志で汚れたにすぎない。


 世界を救う? 愛する妹?


 戯言も大概にせよ。そのどれもがかつてお前が自らの意志で投げ捨てたものばかりだ。お前は自分の意志で自分の価値を殺したのだ。自らの価値を殺せば、人の魂に価値も意味もない。生きるだけのただの案山子よ」


「ギギギガガガガッ……俺、俺ぇええええええ!」


「我が断じよう。お前はカニバリズムにも等しい感情で実の妹を喰らい、犯し、血に濡らし、心を完全に破壊し、そして最期に殺した。


 その身体も心も穢しきって、お前は人の魂を、見事完全に堕落させたのだ」


「神よぉおおおおおおおおおおおお!」


 男は突如空を仰いで、叫ぶ。


「私を救ってください! 愚かな私を! このような男ぉおおおおおお!」


「虫けらにも満たぬ、塵よ、灰よ。人に在らぬお前に救いはあらぬ」


「あああああああああああああああああああああ!」


 ―――――刹那、降り注ぐ一迅の光。


「ほぉ……」


 その光は槍の如く、男の身体を貫き、一瞬でその四肢がバラバラに砕かれ、頭が刹那、黒い炭に変わった。


 その飛び散る黒い四肢も血も肉片も、全て自らの罪に染まっていく。


 そして黒い砂に変わって白き地平に沈んでいく―――――


「やはり連中は【救い】すら与えぬか」


「こいつは……」


「これより那由他の時、刀鷹幌は深き闇に閉じ込められる。無間の苦しみを続け、その魂を永遠に堕落させ続ける。かつての神の手すら届かぬ、永久の深みへとな。生まれ変わりも浄化も存在しない、動く事も見ることも聞く事も嗅ぐことも触ることも眠ることも許さぬ、沈黙の深き牢獄へ繋ごう」


「……ユキ」


「ほれ、お前の彼女がやってきたぞ」


 はじけ飛ぶ、天の輝き。


 広がる二枚の白き翼。


 揺れる黒き長い艶やかな髪。


 見上げれば、頭上の光の中から、翼を生やした少女が舞い降りていた。


 その背中には光のリングを背負い、その光の輪の内側から、翼が更に四枚、広がり六枚の翼を掲げ少女が降り立つ。


「天使が目覚めた。男の歪んだ欲望により生まれた世界の均衡を破壊する為に、新たな天使が生まれた」


「ユキはなぜあんな姿に?」


「あの男は言ったであろう。彼女には抗体ができた。


 抗体と即ち【災禍の罪】に対抗しうるもの。故にそれは現世にてかつての【神】の力を執行しうるもの」


「天使……」


「名をば【災禍の呼び声】――――我らと連なりし、六柱なり」


 降り注ぐ眩さの中、舞い落ちる羽根を握りしめると、白き狼は物憂げに空を舞う光の天使を見つめた。


 その胸に刻まれるは黒い呪印。


 自らの腕にも刻まれた【災禍】の刻印を見つめ、白き狼は囁く。


「アレに俺自身を引きつけさせて、最終的に融合させようとした」


「そして、災禍と秩序、獣と天使の交わりに神の扉が開く。それぞれに魂にはそれぞれ、神の扉を開くキ―ユニットが魂に組み込まれているのだ」


「……」


「原初の災禍を埋め込まれ、執行者は暴走の前段階まで来ている」


「助けるさ……」


 そう言って、白き狼男は空いっぱいに手を広げて、六枚の翼を広げて白き空に佇む天使を迎え入れた。


「ユキ……」


「――――リソース展開」


 刹那金色のリングから光が溢れだし、少女の身体を包み込む。


 それは分厚い鎧になって少女を覆う。その姿はまるで騎士のようにいかつくその身を変え、金色の輪を輝かせる。


「リストに記載された災禍の獣の一体と確認。これより駆除に入る」


「ようやく思い出したんだ。お前の名前、思い出、記憶―――――ずっとお前の傍にいれて、俺は幸せだった。」


「Bクラスの武装を要求――――承認。これより近接行為にてせん滅に入る」


「そんな姿になる必要はない。お前は人間だ」


「洗浄システム展開」


「喧嘩だってした。お前その場に他の男子がいて、胸が何度も焼けて、堪え切れずお前に何度も茶々を入れた。お前は可愛いからな。いつもお前の背中ばかり追っかけていた」


 その少女の手に真っ白な焔が剣となって手に握りしめられる。


 ユウはそれでも少女に語りかける。


「俺は、いつもお前の背中を眼で追い掛けていた。ずっと傍にいたいから、俺はお前の後ろを追いかけた。


 何度言おうと思ったか。何度、心から吐き出そうと思ったか。


 あの日、言い損ねた言葉。あの場で言い損ねた言葉があるのに!


 傷つくことを恐れた。お前が離れていく事を恐れた。だから今、こんな場所までお前を手放してしまった」


「―――――攻撃開始」


「言うさッ。二度とこんな場所に来ないように。お前をもう一度世界に連れ帰る」


 飛び込んでくる白き鎧の少女。


 白き狼はその右手を掲げて飛び込んでくる天使を捉えて、金色の瞳を細めて一歩を力強く踏み出した。


 そして、両手を伸ばす。


 災禍の獣は白き天使を迎える―――――


「だから……お前は俺が助ける」


 ―――――焔が身体を抉る。




「ユキ……大好きだ」




「――――」


 グッと鎧にくみつく鋭い爪。


 右手を炎に貫かれ、飛び込んでくる少女の鎧を抱きとめるようにその左腕を背中にまわして、白き狼は天使を受け止めた。


 立ち上る砂埃。


 強く離さないように、きつくもつれ合いながら、白き狼男はその身体を白い砂の地平に埋める。


 強く抱き寄せる―――――


「好きだ……ずっと、前から」


「―――――」


「だから、帰ろう……俺のいる場所へ。お前のいる場所へ……」


 ――――埋め込まれた災禍が反応する。


 立ち上る焔。


 二人は融け合うように白と黒の焔に包まれ始め、それは高く火柱を立てて天高く燃え上がり始めた。


 融けていく鎧と兜。


 黒と白の焔に破れ、その幼い表情が露わになっていく。


 涙が焔の中に零れおちる――――



「――――ユウ……くん」



 涙を浮かべる黒い瞳。


 立ち上る焔の中、少女は震える手でぐったりとした狼男を抱き寄せて、その狼になった顔を覗き込んだ。


 頬を伝い零れ落ちていく雫。


 涙で顔をくしゃくしゃにして顔をうずめる少女に狼は仄かに微笑みかけた。


 そっと濡れた頬を撫でる毛深い指。


 泣きじゃくる少女の頬を優しく撫でて、狼は金色の瞳を細める。


 その額を、擦り合わせて優しく抱き寄せる―――――


「暖かい……」


「ユウ君……なの? 本当に?」


「百八回目……か」


「ユウ君……!」


「――――やっと、助けにこれた……」


「ユウ君……ユウ君ッ!」


「長かったろう……辛かったろう」


「夢みたい……本当に」


「ごめんな……遅れた」


「ううん……ユウくんがきてくれただけで、私……!」


 ほっそりとした指が毛深い指に絡み合う。


 穴のあいた右手で少女のか細い背中を抱き寄せ、砂に埋もれながら白き狼は泣きむせぶ少女の背中を撫でた。


 混じり合う【焔】の中で、聞こえるのは微かな心音。


 少女は生きている。


 それだけで、涙があふれた。


「ああ……」


「ユウ君……ユウ君……ユウ君ユウ君ユウ君ッ」


「帰ろう……一緒に、手を繋いで」


「うんッ……一緒に還ろう。ずっと一緒だよッ」


「ああ……」


 二人は手を繋ぐ。


 焔は白と黒、絡み合うように空を焼き、そしてそれは巨大な樹木のように放射状に空に広がっていく。


 舞い散る火の粉はまるで落葉のよう。


 燃え上がり、天を焼く災禍と浄化の輝きの広がりを見つめ、【災禍の白狼】は静かに目を細めた。


「世界は再び転生する。……歪みも穢れも清らかさも飲み込み、世界は新しい形に変わる。これが天の門を開いた二人が望んだ世界の形」


 黒き狼はほくそ笑んだ。


「歪んだ世界は崩れ、新たな世界が生まれる。天使と獣。相容れぬ二つを重ね、世界は姿を変える。そして我らはその産声に夜明けを見る」



 輝きは白き地平を覆い尽くす―――――



「神よ、見よ。お前がついぞ為し得なかった世界の内なる創生、胎動。二人は成し遂げたぞ」



















 ――――男は一つの世界を創造した。


 歪んだ世界の平衡を否定し、【災禍の魔王】は天使との均衡を選んだ。


 変わらぬ街並み。


 変わらぬ日差し。


 夏の暑さは未だ止まず、時は九月二日。


 だが、変わったものもあった。


 お前の身体には未だに、【災禍の獣】としての印が残り続けるだろう。永遠にお前は我ら【終焉の獣】として生き続けるのだ。


 闇は深く、長くお前を見つめ続けるだろう。


 





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