【魔王】
――――咆哮と共に罅が走った。
「な……なんで」
パキン……
はじけ飛ぶ破片。
罅割れが表面に走った次の瞬間、無数の欠片を散らしながら、聳える黒き柱は根っこから砕け散った。
内側から破裂するように飛び散る無数の【災禍】。
それはまるで黒い雪のように、惚ける幌の下へと舞い落ちる。
天に輝く光を吸い込み、小さな闇が世界に散らばる―――――
「ばかな……こんな事、百八回あった中で一度も」
「……そうだよな」
「!?」
聞こえてくる低い声に幌はハッとなって振り返った。
晴れる砂埃。
凝らした視線の先に立つのは一人の影。
揺れる長い尻尾。
ピンと尖った長い耳。
全身を覆うのは白き砂よりも尚純白の銀色のような体毛。
風を斬る大柄な体躯。
僅かに開く、突き出た口腔。
鋭い牙を覗かせ、鼻息も荒くグッと顔を上げれば、そこには大きな狼の頭をした大男が立っていた。
「誰だ……お前は誰だ!」
「俺は、いやでもこの道を進む」
風に翻す長い尻尾。
虚空を薙いで、伸ばすは大きな手のひら、鋭き爪
舞い散る黒い破片を払い、爪を立て砂に一歩を踏みしめ、白き狼男は眩き天の輝きに目を細めた。
「……だから、お前の刀を折った。お前を倒して、ここまで来た」
光を吸い込む金色の瞳。
吸い込まれそうなほど透き通った金色の瞳は、憂いを滲ませ、静かに自らの手の平を覗き込む。
そこには黒き痣が浮かび上がった、毛深い手があった。
「なぁ……マナ」
鎖状に指先を這う呪印。
それは手首を超えて右腕全体に絡みつき、赤黒く明滅していた。
二度と取れることがないと思えるほどに―――――
「……だから今更、後戻りはしない」
「誰だ……お前だぁ!」
「――――我は【災禍の魔王】」
「災禍……まさか!【獣】だと!?」
「我は【災禍の獣】――――旧き神を永久の眠りに誘うために、その存在をささげた六柱の一体なり……」
「バカな……蘇った。本来この世界の礎になるはずの男が……」
「―――――災禍の白狼が教えた」
「そんな姿、百八回世界が変わっても一度たりと、なんで……なんでだぁあああああ!」
「お前を倒せとな」
「その姿は違う、あってはならない。お前はここで鍵に変わるのだぁ!」
「【焔】……」
囁き、手の平を虚空に伸ばした次の瞬間、手の平を手首まで覆う程に黒い炎が走り、靄に変わって吹きとんだ。
そして黒き焔より這い出すのは一振りの刀。
黒塗りの鞘。
尖端に鈴のついた柄。
揺れる二つの鈴。
銀色の鍔の間からは、白き刃を覗かせ、狼男はグッと鞘を握りしめると、柄に手を這わせた。
その白刃を見て、幌は苦々しい面持ちで後ずさる。
「宝天蓮華……!」
「マナは俺にこれをくれた。……自らの道を切り開けとな」
「マナ……なぜだ!」
「俺を信じてくれた。……俺はその気持ちに応える」
僅かに逆立つ全身の体毛。
円を描いて、刀を構えるままに大きく翻す長き尻尾。
鋭く細める銀の双眸。
腰を溜めて身体を落とし、砂埃を上げてすり足で一歩を踏み込むままに、腰に留めた刀の柄にその毛深い手を添える。
「マナ……お前の気持ち、俺が受け継ぐ。お前が信じた俺を、俺は信じる」
「折れた刀で何ができる!」
「だから、今度は俺の魂でお前の気持ちを継ぎたそう」
「はぁ!?」
「さぁ、行こうか、マナ……」
引き抜くは、黒き刃。
「これぞ焔刃」
「!」
「見よ、崩天蓮華村正……!」
虚空に走る一閃。
滑らかな刃の太刀筋を追いかけ、雄々しく立ち上る砂埃。
白い津波が刹那、幌の眼前を覆ったと思った次の瞬間、その白き波に覆いかぶさり黒き焔が迫り来た。
黒き焔は怯える幌の半身を飲み込み、真っ直ぐに白き砂の地平を駆け抜け、大地を漆黒に染めていく。
燃え上がる身体。
黒く焼けつく半身を白き砂で落とす様にその場に転がりながら、幌は悲鳴を上げて焦げた顔の半分を抑えた。
「ああああああああああ! 汚れた汚れたぁああああああ!」
「――――マナはこれくらい、呪いが身体を浸食していた」
「貴様、貴様ぁ! 神に会う身を汚しおってぇ!」
「抜刀・焔刃……」
刃を引き抜いた痕、眼前には弧を描いて、滑らかな斬痕が砂の地平に残り、大地に真一文字に黒き焔の足跡が広がっていた。
その刃は、黒壇の如く黒く、半分が折れていた。
その断面から先、刃全体を覆うように、黒き焔が刀の形をかたどり灯っていた。
それはまるで焔を身に灯す黒き刀。
焔刃・崩天蓮華村正。
焔を宿した黒き刀を手に、白き狼男は静かに一歩を踏み出し、砂の上によろめく男へと詰め寄る。
その金色の瞳が見開いたまま、怯える幌の顔を捉える。
「今更、恨みもしない」
「ひっ!」
「嘆きもしない。復讐なんてばかばかしいものさ」
「なら……その目は、なんだ! その満ちた目は、争いと戦いの意志に満ちた目は!」
「過去は変わらん。……それでも、俺は今を生きて、今を変えることはできる」
「だから世界を救う、この腐りきった世界を、マナの居ない世界を変えて見せる! この世界を!」
「――――俺はユキを助ける」
「私に従え! 私はお前のユキをも救って見せる、皆、皆神よりもうまく救って見せる!」
「言ったろう」
「ひっ……」
「俺が、ユキを助ける」
「――――この、獣がぁああああああああ!」
飛び退くままに、全身に黒い靄が幌の身体へと集まっていく。
爛れる皮膚。
膨張していく肉腫。
丸めたその身体は肥大し、やがて覆う程に見るもむごたらしい三つ首の化け物に変わっていく。
そして、白き狼はその焔刃を鞘に収めた。
「怨みおくぞ、奏夜ユウぅううううううううう!」
「災禍の白狼が教えた。世界に立つのはたった一人。俺だけだ。他人に依るものも、利用するものもない。
ただ俺一人、俺一人で世界に立ち向かわなきゃいけない」
「この姿を災禍におとしめた、神になり変わるはずの身体をここまで穢した罪、何千回と転生させても、むごたらしい死を与えてくれるぅうううううううう!」
ズゥウウンッ
突き上げるような衝撃と足音。
剥きだす牙の間から溢れる黒い霧。
体躯をよじり、爛れた皮膚から瘴気を噴き上げながら三つ首の巨獣が、咆哮と共に歩いてくる。
その爪を振り上げる。
白き地平に立ちつくす狼男を捉えて吼える―――――
「己の罪と共に滅びよぉ! 奏夜ユウぅううううう!」
「孤独の世界にあって、そこにあるのは強い魂。冷たく空虚な世界の様をむざむざと受け入れる曇りなき【慧眼】。
ならばこそ、だれもが持つはずの強い目をお前は世界でたった一人手に入れた。
祝福しよう、強き主よ!
――――そして、その先にこそ、【真実】が見える」
「殺してくれるぅうううううう!」
「選んだ道は、決して引き返さない。俺は、血反吐を吐いてでも、膝を折ってでも大切なお前を助ける。
そのためなら、この【宇宙】すら滅してくれよう!」
―――――その瞳に黒き模様が浮かぶ。
足元から黒き痣が浮かび、その白き砂の地平にビッシリと文様が円形に波紋を浮かべるように広がる。
そしてその白き地平が暗闇に染まる。
「何人も遮れぬ力」
――――世界を滅亡させる力。
「時間の流れを止め、世界に歪を浮かべ、魂を喰らい尽くす」
――――そして、神を殺す力。
「我は【災禍の魔王】……」
――――見よ、これぞ【獣】なり! これぞ原初より【神】と戦う為に生まれた兵器!
「祖は、【原初の災禍】なり……!」
世界がたった一人の男に支配されていく――――
「故に見よ、これぞ旧き神殺しになりし、原初の災禍の根源。時を殺し、世界を崩壊させる真なる闇!
深き闇に世界を沈めよ、【神威・破天】!」
―――――世界が止まる。
時が凍り、崩れ、世界に罅が走る。存在すら消滅させる旧き闇が唸りを上げて白き地平を一瞬で染めていく。
そして眼の前の黒き化け物が止まった
全てが停止した―――――
―――――漆黒の静寂に響く鈴の音。
翻す長い尻尾。
白き残光を深き闇に浮かべ、腰を低く、すり足で一歩を踏み出し、構えた刀の柄に爪を這わせる。
スゥと息を吸い込み俯く。
白き狼はその深き深淵の中、刃を引き抜く―――――
「尽きることのない刃よ―――――無尽」
闇に走る刃の白き閃。
辺り一帯を一瞬で切り裂き、地面を抉り、空を穿って世界を一瞬で斬痕で満たした後、黒き闇を引き裂いた。
飛び散る無数の黒い破片。
それは雪の如く舞い散り、三つ首の化け物を一瞬で引き裂いた。
崩れ落ちて肉塊に変わっていく黒き化け物。そして中から這い出す幌を見下ろしながら、白き狼男は白き地平を歩く。
そして地面に這いつくばり、裸になって丸まる半分黒焦げた男を見下ろし、囁いた。
「……」
「ひ、ひぃいいいい! 世界が、世界を壊してまで……俺を殺すのか? 俺を」
「然り」
「なぜだ……なぜだ、なぜお前のような男にマナはソレを渡した、どうしてどうしてだよぉおおお!」
「……」
「マナ、俺のマナ、俺の俺だけの妹、お前なんかにどうして! おれが死ぬ最期の瞬間まで世話して、死んだ後も火葬して、それからずっとお前のことだけ考えていたのに。俺はお前のことだけを考えていたのに。
なんでだよ、なんでだよぉおおおおおおおおおおおおおお!」
「……」
「お前の為に、世界を創るのに……お前の為にぃいい!」
「――――客観的根拠が欲しいか?」
ふと足元から噴き上がる黒き靄。
そこには災禍の白狼がいて、白き狼男は眼を見開きつつ、首をかしげてみせた。
「どうしたよハク」
「――――【過去】を教えてやろうと思ってな」
「……」
「そうだ。刀鷹幌。……お前には、刀鷹真奈に愛されない理由が一つだけある」
男はびくりと身体を震わせ、頭を丸め背中をむき出しにして地面に蹲る。その様子を見つめて黒き狼は、その場に座り込んで笑みを深める。
「―――――忘れたか? 」
そして、囁く。




