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災禍ノ獣  作者: ef-horizon
【災禍】ノ呼ビ声
13/20

ソシテ天ヲ破壊スル者トナリテ

「ここか……」


 崩れ落ちた高校の校舎。


 理科室。


 夕焼けを背に受け、黒板に伸びる長い影を見下ろしながら、ユウは独り立ちつくしていた。


「おい、ハク」



 ―――――始まりの場所はそこだった。



 身体にはびっしりと浮かぶ黒い痣。


 右腕は指先まで黒く染まり、左腕に肌を露出させる部分はなかった。


 胸に浮かぶ竜模様。


 蔦模様の呪印は既に全身を覆い、首輪のように刻まれた痣から這い上がるように顔中に痣が浮かんでいた。


 身体は重い。


 霞む視界。


 息をするのもやめてしまう程で、それでもユウはたどたどしい手つきで眼の前の黒板を摩る。


 そして【慧眼】が真実を映す。


「……あった」


 ――――視えたのは、過去の景色。


 崩れていく周囲の景色。


 街の夕焼け風景が剥がれ落ちていき、剥き出しの地平が眼前に露わになり、白い光が差し込む。


 そこはまるで真っ白な砂浜。


 たった一言。


 瞳の中に映る男は、そう囁いて、世界を切り開き、白き地平へと入っていった。


「……行こう、ハク」



 ―――――御意、我が主よ。



「【神威】」


 それは世界を破壊する言葉。


 そして言葉通り、景色が崩れ落ちていく。


 夕日に罅が走り、倒壊したビルの街並みは剥がれ落ち、校舎の床は足元から白い砂浜へと変化し始めた。


 めくれていく夕焼けの空。


 周囲がガラスの破片のように、バラバラになって飛び散り、砂浜に突き刺さった。


 そして、夕日に滲んだ街の景色は消える。


「……」


 見えた来たのは、白い地平。


 真っ白な砂。


 どこまでも続く砂地。


 地平線が眼の前を真一文字に横切り、真っ白な空と真っ白な砂漠を上下に分けていた。


 雲のない、純白の空。


 空に浮かぶは白い光。


 太陽と見紛う程の輝きが頭上に漂い、立ちつくすユウを照らした。


「……」


「やぁ、よく来たねぇ」


 ――――聞こえてくる砂を踏む音。


「ずっと、君のことを見ていたよ。よく戦ったね」


 砂に引きずる黒いローブ。


 ニィと綻ぶ口元。


 白い地平に場違いなほどに浮き上がる真っ黒な人影に、ユウは紅き双眸を細め、向き合った。


「……」


「ここは事象の起点。世界が創世される場所さ」


 ピタリと止まる脚。


 立ちつくすユウを前に、男はフードを拭うと、その端正な顔立ちを頭上に輝く光の下に晒した。


 微笑む仕草は、マナに似ていた。


 その表情は、まるで獣のように目がぎらついていた。


 顔に浮かぶのは黒い痣。


 鋭く眼を細め、口の端を歪める優男を前に、ユウは重たく肩で呼吸しつつ、拳をかざして構える。


「……アンタが、この世界を狂わせた」


「正解だ」


「アンタがユキを連れ去った……!」


「そして君に呪いを掛けた」


「世界をこんな風に変えた」


「そう。ぼくは世界を変える男」


 男は微笑み頷いた。


「刀鷹幌。よろしく奏夜ユウくん」


「……行くぞ、ハク」


 そう言って砂を蹴りあげ飛び出すユウを前に、幌と呼ばれた男は流れるような動きで一歩を引いた。


「なぜ人は死ぬ?」


「やかましい!」


 立ち上る土埃。


 振り下ろした拳は砂を深々と吹き飛ばし、クレーター状に抉れた地面を前に、幌はニコリと微笑んだ。


 そして晴れていく土埃の向こう、拳を構えるユウを見下ろし手を伸ばす。


「人は【滅び】によってその運命を定められている。


 多くの者がそれによって死に絶え、或いは花や植物、星、宇宙と言う存在すら【滅び】によって死を定められている」


「……」


「だけど、人がなんの理由もなく死ぬ必要はない。誰かが死ぬのに、どうして何の宣告も理由もないんだい?


 奏夜ユウくん。ぼくはね、人が人らしくあることがとてもナチュラルだと感じるんだ」


「【焔】……!」


 グッと拳を固めれば、指の間から溢れだす黒い炎。


 脇に腕を固め、ユウは地面を蹴りあげると、紅き瞳の残光を虚空に浮かべて幌に向かって飛び掛かった。


「グぉおぁあああ!」


「人が存在している事が自然――――だからね、死ぬの事なんてないんだ」


 噴き上がる火柱。


 黒き焔の竜巻を横目に見つつ、男は涼しげな表情と共に飛び退き、焔の向こうに立つ男に囁きかける。


「だから、【滅び】は遠くに追いやらないといけない」


「その為に俺にこんなものを背負わせたか……!」


「必要なことだよ」


「偽善を垂れるかぁ!」


 内側から破裂するように霧散する火柱。


 紅き瞳を見開き、黒き焔を全身にまといながら牙を剥いて吼えるユウに、男はやれやれと言った表情で首を摩って見せた。


「強い力だ……その力、やはり獣として人柱になるにふさわしい」


「人柱……」


「そうだ。神を降臨させるため、世界を浄化するための柱になってもらう」


「――――ならユキはなんだ」


「彼女かい?」


「俺が人柱なら、彼女は必要ないだろう! なんで彼女がお前達の側にいる!」


「彼女は生贄だ」


 ニヤリと笑って男は、愕然とするユウに告げる。


「本来なら彼女が人柱役だったんだがな、【呪い】に対して抗体ができてしまったのだ。これでは柱にはなれない」


「な……」


「だから、君が適任だった。


 君の強じんな精神力は、彼女が飲み込んだ【滅び】を受け入れるにふさわしい器だった。その上、彼女が死ねばその力はさらに増す。


 そして、最期には君と共に世界の扉を開く鍵となるだろう」


「……その顔。その確信に満ちた眼!」


 ―――――見開く紅い瞳。


「そうだ。その目だ。怒りに満ちた目、【滅び】すら食い散らす破壊者の眼」


 【慧眼】が真実を映した。


 そこには理科室の隅で、首吊った少女にナイフを突き刺す男の背中が、見えた。


 ニヤリとその男はこちらを見て笑っていた。


「お前が……お前が……!」


「だからこそ、君を覚醒できた。そして世界は滅び、新たな世界が生まれた」


「お前がぁ!」


「ああ」


「お前がユキを殺したなぁああああああああああ!」




「正解だ」




 ―――――グォアアアアアアア!


 迸る咆哮。


 噴き上がる黒い霧。


 全身を覆い、黒く溢れだす黒き痣。


 背を打ち震わせ、ユウは黒く焦げ付いた手足を砂浜につくと、獣のごとく砂埃を上げて駆けだした。


 黒き靄が尾を引き、紅き瞳が残光を帯びて白き地平を駆ける。


 その勢いは弾丸の如く。


 周囲の砂を吹き飛ばし飛びかかる黒き獣を前に、幌はニヤリとほくそ笑んだまま、地面を蹴りあげた。


「そうだ! 【滅び】を喰らえ。吸い込め、自らの魂を食い散らかし、世界を救う柱となるのだ!


 そして世界は浄化され、私は天に召される」


「お前がぁ、お前がぁあああああああああああああ!」


「神となるのだ……!」


 爪で虚空を薙ぎ、避ける男を捕まえようとするユウを前に、風のように避けると男は後ずさった。


「君たちには感謝してもしきれない。神の愛が世界に降り注ぎ、世界は新たな様相を生む。


 滅びも無い。


 死すら存在しない。


 そんな永遠の世界で、君達は再び生まれ変わるのだ。


 愛し合い、身体を重ねる、そんな世界を再び作れる。


 その基礎として、君と言う器が必要なのだよ」


「御託並べてんじゃねぇぞ、ゴミ虫がぁ!」


 噴き上がる黒い靄。


 ソレと共にどこからともなく這い寄るように地面から無数の黒い痣がユウの足先から身体へと吸い込まれる。


 そして黒く、立ち上るそれは大きな火柱となってユウの身体を包む。


 幌は誇らしげに微笑む。


「ああ……それでいい。それで世界は新しく生まれ変わる」


「ユキを返せぇ!」


「彼女は転生の途中だ。天使となり、神の国へのキーコードを胎内で生成すれば、やがて柱の君と繋がることで神の世界への扉が開く」


「手前の勝手で俺の女に手出してんじゃねぇぞぉ!」


「女……か」


 牙を剥きだし吼える獣に、幌は悲しげに胸をかきむしると、力なく項垂れるままに、顔をしかめた。


 そして吼える黒き獣を睨み、初めて感情を覗かせた。


「君は、マナをどう思っていたんだい?」


「……。やかましい!」


「マナはね、君が大好きだった。いつも君の背中を見つめていて、君の傍にいたいと願っていた。


 僕はその願いをかなえたかった。


 僕はそれだけの為に―――――世界を作り変えようと願った」


「ぐぅうう……!」


「何回も、何回も……妹の為に」


 黒き尾を引き飛び出す獣。


 その牙を剥きだし、爪で地面を蹴りあげ、弾丸の如く幌の下へと迫ってくる。


「返せぇええ!」






「―――――彼女は小学校の時に死んだ」






 凍りつく時間。


 振りおろそうとした爪を止め、ユウは紅き瞳を見開いて、立ちつくす幌を見下ろした。


 ツゥと頬を流す涙。。


 目尻を拭い、幌は責め立てるような目で惚けるユウを睨みつけた。


「彼女は十歳の夏を経験せず、病気でなくなった」


「うそだ……」


「病院のベッドに縛り付けられ真っ白な天井を見つめ、無数の管に繋がれ、泣きながら死んだ」


「嘘だ! マナは高校一年生で!」


「それが……僕の作りあげた世界だ」


「な、何を……」


「父親に責め立てられ剣を握らされ、病弱の最中に命を落とした」


「……」


「誰にも愛されず、誰にも見向きされず、ただひっそりと消えていった。ベッドに縛り付けられ、息を引き取った」


「だから……だからなんだよぉおお!」


 幌は睨みつける。


「……同じクラスだったのにな」


「……!」


「忘れていただろう?」


「違う……!」


「彼女がいたことすら。彼女の存在すら。


 大層な女にかまけて、必死に生きていた少女の名前すら忘れて、お前はこの世界で生き続けた。


 妹が必死に生きたのに、お前が好きだったのに、お前は見なかった!」


 幌は震えるユウにソッと手をかざす。


 そして、微笑む―――――


「それがお前の罪だ」


「が、がぁああああああああああああああ!」


 溢れだす黒い靄。


 足元から這い上がる黒い痣は頭を抱え後ずさるユウの身体に吸い込まれていき、その身体が膨れ上がる。


 砂埃を上げてユウは身体をよじり悶える。


 胸元を掻き毟る手から溢れだす黒い炎。


 溢れだす黒い霧が全身を覆う。


 焔が全身を包み、焼き尽くし、そして天高く立ち上る――――


「ぐぁあああああああああああああ!」


 そして天を貫くほどに、立ち上る黒き焔。


 それはユウの身体を全て飲み込み、巨大な剣の如く、白き砂の地平に聳え立ち、白き空へと伸びた。


 ゴォオオオオオッ


 渦を描く黒き風。


 世界中に散らばる【滅び】が、黒き柱へと集められていく。


 そして【滅び】を吸い込み、黒き柱は空へと伸びる。


 そして天高く輝く、白空の光へと黒き剣が伸びていく―――――


「これでいい……これで世界が再び再生される」


 空に浮かぶ白い輝きを仰ぎ見ながら、幌は嬉しそうに目を細め、光へと伸びる黒き柱に両手を伸ばした。


「もう少し、もう少しで」



 ―――――ニィと三日月状に歪む口元。



「見事なものだ」


「!」


 ハッとなって視線を落とせば、そこには黒い影。


 長い尻尾。


 鋭く細める双眸。


 全身から溢れだす黒い靄は、黒き柱に吸い込まれながら、そこには幌の足元に大きな黒狼が座り込んでいた。


「【災禍】とは即ち、存在に対する過負荷。神が宇宙に行った【定義】の代償として、否、神その者、そして【世界】その者に対するエネルギー。


 ある、ということはそれだけ世界に対して負荷をかけ、そしてソレは澱みを生む。


 お前はその澱みの中に、旧き神の情報が反証的に存在すると理解した」


「お前は……【災禍の獣】……!」


「そして滅びを一つに集め、神の国への情報、データ、そして神の本体の情報を引きずり出し、抗体を鍵穴として、神を自らの身体に降臨させる。


 実に見事だ……お前なら、或いは旧き滅びた神の代行者として存在しえるかもしれん」


 ゴォオオオオ……


 黒き柱の周りで渦を描く黒き風。


 世界に散らばる【滅び】が、柱の中へと吸い込まれる中、黒き狼の身体もまた、ゆっくりと黒き柱に吸い込まれ始めた。


「だが、残念だ」


 それでも、狼は身体の半分を吸い込まれながら、ニヤリと笑った。


 その紅い瞳に、たじろぐ男を捉える。


 その両の眼を見つめて、牙を覗かせる。


「クククッ……実に残念だ」


「何が……何がおかしい!」


 そして、【災禍の白狼】は嗤う――――




「――――その目、この世界が真実に包まれていると確信している眼だ」




「!」


「この世界が、救われると、信じている顔だ」


「そうだ……この世界は救われる。俺が救う!」


「であるならば、覚悟せよ」


 黒き柱に吸い込まれる躯体。


 やがて霧霞の如く、渦を描きながら眼の前の黒き狼は、虚空に声を乗せてその場から掻き消えた。




 ―――――我が主は、強いぞ。




「……」


 顔をしかめる幌の視線の先、柱が黒く吹き荒れる風を吸い込み徐々に太く、切っ先を天へと伸ばしていく。


 天に輝く光へと吸い込まれていく―――――









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