【神威】――-祖ハ旧神ヲ殺ス刃
「行くよ……奏夜くん」
「マナぁ!」
「抜刀……」
――――虚空に走る刃痕。
「全てを斬る……」
ピタリと止まる校舎の大時計。
校舎三階全体、廊下、教室の窓を横切るように長い軌跡が走り、静寂が夕闇の街に走った。
そして迸る衝撃波。
大量の土埃が屋上を吹き飛ばし、崩れる屋根を飲み込み、竜巻の如く噴き上がった。
飛び散る生徒の肉片。
舞い上がる机の木屑。
床のタイルがめくれ上がり、砂煙が波の如く押し寄せ校舎の骸を、物を有象無象に押し流していく。
そして視界が開けて平らになる。
残るものは刃の軌跡のみ。
カチン……
振り薙いだ切っ先を鞘に収め翻すスカート。
吐き出した息を再び吸い込み、少女は再び構えると、夕風に晴れていく土煙の向こうに眼を凝らした。
そして、優しく微笑む―――――
「すごいね、奏夜くん……」
「ぐぅうう……」
身体中に走る無数の切り傷。
まるで竜巻が過ぎ去ったかのように、その身体にはいくつも斬痕が浮かび、制服はボロボロに破れ落ちていた。
ドサリ……
タイルのめくれた床に膝を折り、崩れ落ちる体躯。
口から溢れだす吐血。
口に滲んだ血飛沫を拭うと、開けた夕焼け色の街を横目に、ユウはマナを見上げた。
「奏夜くん……」
「俺でなくても良かった……」
「――――覚えてないよね」
柄にかけていた手を下ろし、少女は夕焼けの茜色に目を細め、微笑む。
「私ね、小学校の頃奏夜くんと一緒だった。同じクラスでずっと奏夜くんの背中を見てた」
「な……」
「覚えてないよ、だって私が奪った記憶だもの」
「……」
「でも私は、奏夜くんが大好きだった。私の事気付いてくれなくても、私は貴方が大好きでたまらなかった。
覚えてる? 私も……奏夜くんの幼馴染なんだよ?」
「マナ……」
「だから許せない」
――――構えなく引き抜く刃。
崩れ落ちた蒼天井から噴き上がる粉塵。
重たい衝撃に床にめり込む両足。
振り抜いた刃は、それだけで虚空を抉り衝撃を起こし、ユウは重たい刃を両腕で掴みながら、身体を床に沈ませた。
「ぐぅううう!」
「あの人が許せない。貴方が許せない。私のことを気付かないまま、恋人ごっこを繰り返す二人が許せない。
私も貴方の傍にいたい。私はずっとずっと貴方の傍で愛を語りたい」
「マナぁ!」
「その為に、全てが消えても構わない」
スゥと細める紅い双眸。
返り血を受け、少女は優しく微笑み、押し付けた刃を引き抜き、スカートを翻し後ずさった。
スゥと鞘に収まる鋭い刃。
腰を深く構える様を見て、ユウは痺れる両腕を垂らしながら、後ずさる。
霞む視界に少女を捉える。
指が震える―――――
「マナ……」
「抜刀……!」
噴き上がる粉塵。
衝撃に身体が吹き飛び、ユウはフロアの端から端まで一気に吹き飛ばされ、床に転がり横たわった。
身体を抉る風の刃。
立ちあがろうとすれば、血がポタポタと滴り、痛みに頭がガンガンと響いた。
四肢が動くことを拒む。
息をすることすら辛い。
眠りがやってくる―――――
「くそ、こんなところで……」
「奏夜くん……立って」
ザッ……
聞こえてくる足音。
死を運ぶ足音。
茜色の風に揺れる短めのスカート。
顔に返り血を滲ませ、視線を上げれば、そこには刀を床に引きずり前のめりに歩く少女がいた。
微笑みながら、少女は刀を構える。
その切っ先が、ヨロヨロと立ちあがるユウを捉える――――
「行くよ……」
飛び散る涙。
翻すスカート。
再び刀を鞘に収めるままに、身体をよじり腰を深く落とし、少女は構えて立ちあがるユウに向き合う。
グッと少女は柄に力を込める。
その鋭き双眸を見つめ、ユウはスゥと息を吸い込む。
そして眼を閉じる―――――
(……俺は)
―――――ユウ君ッ。
(ユキ……)
―――――ずっと一緒にいようね……私、ユウ君のお嫁さんになるから。
(ああ……)
――――だから……その……帰ろう、一緒に。
(……まだ、負けられない)
ゆっくりと開く双眸。
ユウは立ちあがると、そのダラリと垂らした右腕を持ち上げては、少女の剣の前に掌をかざした。
その微笑む表情を握りつぶす様に、拳を作る。
牙を覗かせ、大きく息を吸い込む―――――
(……振り返るな)
――――自らの信じた道を歩め。
(他人の価値観を見ようとするな)
――――それは相手の拳に目を奪われる事。
(真実はただ一つ。相手にこの拳をぶつけるだけ。自分の価値を相手にわからせるだけ)
――――その為に、世界の全てを破壊してでも、自らの信念に殉ずるのなら。
拳の痣が広がっていく。
その痣が足元から世界へと円形状に放射していき、めくれ上がった床全体を埋め尽くしていく。
夕日が落ちる。
世界が黒く染まっていく。
そして、世界が停止を始める―――――
(……何も要らない)
――――他に何も必要ない。ただ前を向いて歩くのみ。
(そうだ……!)
――――望め、手に掴め。余計なものを意識の外に投げ出せ。
(俺は、ユキを助ける。誰がどうであろうと、何が変わろうと、誰が裏切ろうと!)
―――――拳を強く掲げよ。さらなる力を与えよう。
(だから、眼の前の【敵】を倒す!)
――――これぞ我が力の真髄。宇宙を破る破天の力。名を叫べ、我が力は。
ユウは静かに囁く。
暗闇の中に、眼を見開き、囁く。
「【神威】……!」
――――見よ、これぞ神を殺した【力】よ!
広がるのは深淵。
星も無い。
光も無い。
音もない。
深き闇の淵が広がり、世界が停止をした。
凍りつく時間。
崩れ落ちる空間。
【神威】
たった一言で宇宙の全てが従う。
そして全てが破壊されつくした世界の中、ユウは黒き焔をその手に宿し、床を蹴りあげて飛び出した。
そして拳を突き出す姿を見つめる紅い瞳。
――――なんとッ!?
音無く閃く刃。
虚空に浮かぶ真一文字の刃痕
凍りついた宇宙の中、少女は強く一歩を踏み込み、刀を引き抜くと神速の勢いで振り抜こうとする。
その刃が黒き焔を貫く――――
――――破裂する破片。
砕ける白き刃。
振り抜いた刀は抜き身の半分が折れて弾け、無数の破片と共に宙を舞った。
そして、すり抜けてくる拳。
その炎が少女の胸元を捉える―――――
――――まさか、【神威】の中で動けるとは。
「マナ……!」
「……奏夜くんは、やっぱり強い」
「……」
「だって、時間だって超えられる」
そう囁く少女は、暗闇の中微笑んでいた。
ゆっくりと伸びる小さな両手。
伸びる拳に指を這わせ、導くようにマナは自分の胸元へとユウの拳を引き寄せる。
そして目を閉じる―――――
「これで、兄さんを止められる」
「マナ!」
「これで……私を、殺してくれる」
―――――破裂する暗闇。
ガラスが破れたかのごとく、暗闇に罅が走り、景色の破片が無数に宙に飛び散り、街全体に舞い落ちた。
そして剥き出しになる世界。
巻き戻る時間。
落ちる夕日が世界を茜色に照らし、屋根の吹き飛んだ校舎の上、二人を照らし影を床に映す。
見開く青年の瞳を紅く滲ませる。
手の平を胸元に吸いつける少女の微笑みを優しく照らす――――
「マナ……」
手の平から溢れだす【呪い】
それは痣となり、胸元から少女の身体を這い、やがて崩れ落ちる華奢な身体を浸食し始めた。
「マナ……なんで」
「時を止める―――――ううん、時を破壊し喰らう力。神を殺した力【原初の災禍】を宿した獣……。
お兄ちゃんは、世界の時を止めようとしている」
「……」
「そして、世界の人々の魂を一つにまとめ、天に帰そうとしている。
最期に、自らの身体に神を降臨させる。
そして世界、人、そして魂を救済しようとしている」
「馬鹿げてる……」
「その為の御柱として、原初にありし災禍の獣、そして神の守護者たる天使の降誕を待っているの。
存在と言う状態に対する過負荷、原初の罪、災禍を集め、神の世界の扉を開く」
ゆっくりと顔に這いあがる黒い痣を見つめながら、マナは腰に溜めていた鞘を捨てると、自分の顔をなぞった。
「……だけど、その世界の救済もようやく終わる」
「どうして……」
「だって、私は奏夜くんが好きだから」
そう言ってほ微笑むと、少女は床に座り込んだまま、立ちつくすユウに手を伸ばした。
ユウは応える。
そのほっそりと、黒く染まった両手を包み込み、少女の紅く染まった瞳を自らの瞳に収める。
そして、【慧眼】は真実を告げた―――――
「マナ……」
――――繰り返される同じ光景。
マナがユウに殺される。
ユウがマナに殺される。
同じことが何回も、何百回も繰り返され、その記憶の全てが泣きむせぶ少女の魂に刻まれていた。
「……」
「いいの……だって、もうこれで終わるから」
マナは微笑み、そして優しく頷く。
「持っていって……お守りに」
そう言った刹那、その手の平から力なく零れおちて、折れた刀が一本、鞘と共に床に転がる。
少女は項垂れる。
そして膝を抱えて蹲る――――
「……もう、奏夜くんを殺す必要がない。私、もう奏夜くんの傍にいていいの」
「……」
「災禍の獣の覚醒は、必ずお兄ちゃんを止めてくれる」
溢れだす黒き痣。
微笑み、涙を浮かべマナは優しく頷くと、やがて眼を閉じ体中が黒く染まる中、その場に膝を抱えた。
そして声が小さくなっていく。
「今度は本当に……奏夜くんの幼馴染でいたなぁ……奏夜くんの傍でお弁当を食べて々お弁当を食べて。
それで同じ帰り道で、同じ景色を見て……頬っぺたにキスをして……」
「マナ……」
「ずっと一緒。どこまでも……結婚して、子どもを作って、貴方の笑顔だけを見続けて」
「……」
「ずっと……一緒にいたいなぁ……」
崩れていく華奢な身体。
「いたいなぁ……」
夕焼けに掻き消える声。
崩れ落ちる肉体。
広がる黒い染み。
眼の前には人の形を模した煤が床に広がり、立ちつくす影に重なった。
佇む静寂。
あるのは床に漂う制服。
そして折れた刀、長い鞘。
そして、涙を浮かべ項垂れる一人の男―――――




