7 マミー喫茶店
楽しんで頂けたら幸いです。
マミーちゃんというのは、妖怪の名前だ。正確にはマミーちゃんではなく、マミー=マミー=パウロという。マミーちゃんというのは、いわゆる愛称みたいなもので、俺以外の妖怪たちも同じように呼んでいる。
そのマミーちゃんがいるのは、この街であってこの街ではない場所。この言い方だと、よく分からないかもしれない。分かりやすく簡単に言うと『異界』だ。
『異界』というのは書いた字のごとく、異なる空間を指す。もっと噛み砕いて分かりやすく言うと、シャボン玉の中にこの世界があり、シャボン玉の中にさらにシャボン玉を浮かばせたものが『異界』である。
そんな空間は、一般人が知らないのが普通だ。しかし、俺を含め何人かはこの街の『異界』の存在を感知している。その理由は俺が半妖になったさいに、一部の知識が共有され『異界』と言うものを完全に感知できるようになっているからだ。
今まで何度か事件解決の為、ここにマツリたちを連れてくる内に知られるようになったのだ。
マミーちゃんが住まう『異界』は、商店街に入ってから三件目の裏路地を進んでいくとたどり着くことが出来る。他の『異界』に比べれば、分かりやすく誰でも訪れやすい。それは、ここが特殊な物を持つ『異界』であるからだ。
俺とマツリは商店街に歩き着くと、途中、仲の良い行きつけの店の店主にコロッケなどを貰ったりもしながら、裏路地へと向かった。
裏路地に足を踏み入れると、不気味な寒気が背中に這いずってくる。間違いなく『異界』が存在するという証拠だ。
そのまま道なりに進み、少しずつだが空間が歪んでいく。俺たちはいつ間にか昼間であるはずなのに真っ暗で夜中のような場所に立っていた。
目の前には、壁面が板張りの建物が存在し、蒼い炎が入口を不気味に照らしていた。入口には看板が抱えられており、マミー喫茶店と書いてあった。
実は特殊と言うのが、普通の『異界』が妖怪たちの住処であるのに対して、ここはいろんな妖怪たちのコミュニティーになっている。それゆえに、ここには妖怪たちの口からいろいろな情報も舞い込んでくる。
マミーちゃんが情報屋と呼ばれているのはそのためだ。
俺たちは戸をゆっくりと押し中へと足を踏み入れた。
扉をおしたでの備え付けられている鈴が鳴って、お客が来たことを知らせる。
「いらっしゃいませ」
カウンターの方から店主の声が飛んできた。
俺たちはカウンター席に向って歩いていき、深々と座り込んだ。俺とマツリの目の前にはすぐにお冷が置かれた。
俺は顔を上げ店主であるマミー=マミー=パウロ――マミーちゃんに礼を言う。
「マミーちゃん、ありがとう」
「マミーちゃん、ありがとうございます」
「一応、喫茶店だからな……」
包帯で体をぐるぐる巻いているマミーちゃんは、渋い声でそう言った。マミー=マミー=パウロと呼ばれるのは、この包帯を巻いていて見た目がミイラに見えるからだ。ちなみにだが、包帯の下はミイラではなく人骨だ。元々は理科室の模型で、それが妖怪になったのがマミーちゃんだ。
包帯を巻いている理由は、骸骨のままだとみんなに怖がられるから、とのこと。
「オーダーは何かあるか?」
「ここに俺らが食べられるものがあるのか?」
カウンターに頬杖をついて聞き返した。
ここにある物と言えば、黒色の水とか黒焦げの何かだ。正直、食べれないこともないが、食べたら確実に腹痛が催される。昔試したので確実だ。
例外として、小麦先生が昔食べた時は何も起こらなかった。多分、あの人は胃がダイヤモンドか何かでできているに違いない。
「確かにお前さんらが、食べられるようなものはないな。飲食できると言ったら、そのお冷ぐらいだな。そもそも、ここは人間の為に開いた店じゃないしな」
「……分かってら、そんなこと」
疲れたように呟いてから俺は、お冷を一気に飲み干した。氷をがみがみと噛み砕く俺に、呆れながらマミーちゃんは言う。
「代わりに氷を食うのか……まあいいか。で、用件はなんだ?」
「そ、そうだった。あのマミーちゃんに聞きたいことがあるんです!」
マツリの言葉で、俺は本来の目的を思い出した。
俺はカウンターの向こうのマミーちゃんに向けて尋ねる。
「あのさ――」
「言わんでもわかる。どうせ『よつやかいだん』についてだろう?」
出鼻を挫かれた俺は、眉間に皺を寄せ睨みつけた。
――おま、お前な‼
俺の心を見透かしたように、楽しそうに笑うマミーちゃん(いや実際は顔がないので、笑っているのかどうか判別できないのだが)。
「お前な、分かってんだったら。始めっから話せよ! つうか、笑ったんだろうけどわかりづらい!」
「違う可能性もあるはずだが?」
後ろの質問は無視し、最初の質問にだけ答える。マミーちゃんの指摘に俺は、言葉を詰まらせる。
目的がわかっていても、尋ねるのは礼儀。根っこから商売人気質の妖怪マミーちゃんだった。
俺はお冷を注ぎ足し一口飲むと、俺はマミーちゃんに視線を送る。
――いいから、話してくれ。
俺の思考を読み取ったマミーちゃんは、口を開き話し始めた。
「俺もこの噂を知ったのは最近なんだ」
「情報屋なのに?」
「……っ」
痛いところを突かれたマミーちゃんは、珍しく落ち込んだ。まあまあと慰めて、話の続きを促す。
「今俺が知っているのは、人数と相手の姿ぐらいだ」
それ以外はお前らは知っているだろ? と尋ねてきたので、マツリは首肯した。
マミーちゃんの質問を聞いて、俺たちの情報はちゃんと集まってるんだな、と感じた。さすがは情報屋だ、と感心しながら話の続きを促す。
「人数は『怪団』っていうぐらいだから、最低でも二桁はいると思ってたんだが、そうじゃない。人数は三人だ」
「本当ですか⁉ もっといるもんだと思ってました!」
マツリの少しばかりオーバーなリアクションをうるさいと思いながらも、同じように感じていた。
俺も実はもっと多いもんだと思っていたのだ。
「なあ、それって本当なのか? 実は表に出てきてないだけで、別の場所で動いてる奴がいるとか?」
マミーちゃんは奇怪な音を立てながら首を横に振った。
「いや、それはない。お前も知っての通り、妖怪っていうのは個々で好き勝手に動くもんだ。普通は手を組んだりはしない。組んだとしても、今回のような少数だ」
それはもっともな意見だが、念のためにもと俺は尋ねる。
「俺もマツリの前でそうは言ったけど、実際、何匹も手を組んで組織として起動してる奴らを俺は知ってるぞ」
昔実家での修行中、そういう話を聞いたことがある。
確かに俺とマミーちゃんが言ったことは周知のことだ。が、世の中すべて常識で動いてはいない。なら、もっと多くいると考えても不自然じゃない。
「まあ、そうだ。だけどな、『船頭多し』とも言うだろ? だったら、手を組んで動くのに最も効率がいいのは三人ほどだろう」
そう言われればそうだ。
ゲームでも近接と遠距離にサポート役がいれば、パーティーの戦力としては十分だから、そこまで人多くなくてもいい。
言われたことから考えると、三人と言う人数は妥当なのかもしれない。
「っていうか『船頭多し』とか良く知ってるな」
「まあな。何年人体模型をやってたと思うんだ」
いや、人体模型をやっていてもそんな知識は得られないだろう、と内心でツッコミを入れながら俺は話を続ける。
「それで、次にっていうか最後に相手の姿だが――言っておくが、戦闘系の妖怪だ。一匹は大鎌を持った奴。二人目が鴉みたいな羽をもった奴で、三人目が爆弾魔だ」
最後の言葉に俺は過敏に反応する。
爆弾魔……? 俺は眼を大きく見開いて驚いた。
まさか、妖怪の方にもそんな奴がいるとは思わなかったからだ。
「どれもこれも、手に負えないくらい強いらしく妖怪の中でも襲われてる奴がいる」
「ええっ……⁉ 人だけじゃないんですか?」
驚くマツリにマミーちゃんは話を続けた。
「ああ、そうだ。この店の常連客も何人か襲われている。そのせいでだれも『異界』から出ようとしなくってな、この通りみせはがらんがらんだ」
だから、今日は客がいなかったわけだ。
店内中を見渡しても俺たちしかいない。
俺は視線をマミーちゃんに戻し、
「なあ、襲われた妖怪たちはなんか言ってなかったか?」
「言っていたな。『私はもうすぐ蘇る』って、襲ってきた妖怪が語りかけてきたらしい」
「あれ、私たちのとは少し違うなー」
そうだ。俺達人間に向っては『お前らは蘇った時の餌だ』と言っている。なのに、妖怪側にはそのようなことを言われていない。
そう、不自然な部分が一つあるのだ。
「なあ、マツリ可笑しくないか?」
「うん。私もそう思う。だって妖怪も襲っておきながら、蘇った時に襲うのは人間の方だけなんて矛盾してる」
「だよな」
ここには謎を解く手がかりを得るために来たのだが、逆に疑問が増えるばかりだ。不自然な行動をとることには、それなりの理由があるに違いない。
それが一体何なのか、今のところ全く予想がつかない。しかし、このままだと噂だけが広まり、奇怪な事件が増えていくだけだろう。
「おい、さっきからお前らは何を言ってるんだ? 一体何が矛盾してるんだ?」
一人蚊帳の外にしてしまっていたマミーちゃんに、俺たちが知っている情報を話す。
「ふむ、そういうことか。確かにそれは可笑しいな」
「だろう? どうして俺たち限定なんだかわかんなくてな」
お手上げと言わんばかりに俺は、両手で素振りした。
「よし。そこらへんは俺が調べといてやろう」
「……珍しいな。お前が自分の方から協力してくれるなんて」
胡散臭い眼差しを向ける。心外とばかりに、マミーちゃん言葉を返す。
「俺だってな。この噂のせいで客足が減って困ってるんだ」
「そんなこったろうと思った……」
「だよね。マミーちゃんが協力しようなんて言うのは、大抵そうだよね」
「……ぬぅ」
さすがの包帯巻き巻き骸骨妖怪マミーちゃんも、マツリにそう言われるのはショックだったようだ。俺は口元を抑えながら、肩を震わせ密かに笑う。
カウンターの向こうからグラスが飛んできたりしたが、尻尾で軽やかでキャッチして店主へと受け渡す。っち、という舌打ちが聞こえたのは気のせいだろう。
「それにしても、器用なもんだな。すっかりその姿に慣れてる」
「良いことじゃないけどな」
「だが、悪いことでもない」
「……、」
俺は口を噤んだ。同じようにマツリも、黙り込み何も言おうとはしない。ただ、いつもとは違う表情をしている。
マミーちゃんが何を言おうとしているか、俺には容易に想像がついた。俺は疲れたようにため息をこぼしながら、反論――ではなく落ち着かせるために言う。
「昨日マツリの言ったんだがな……心配することはねぇよ。三年もこの姿でいて大丈夫なんだ、この先も心配ねえさ」
安心させるつもりで言ったのだが、逆に不安を煽ってしまう。
「けどな、いつ異常が現れるのかも分からんのだぞ? 自身に憑依をさせることで妖怪を救うやり方は、お前が初めての事なんだ」
あいつが俺の中で眠っているから、俺はこの姿になっている。べつにそのことに不満などはない。俺があいつを救いたくてやったことなんだからな。
後悔をする必要はない――悲観されることはない――泣く必要はない。だから、こいつらには笑っていてほしいんだ。
いつか、あいつが俺たちの前に現れ、笑ってくれるように。
そう。
いつか来る、その日まで。
マミーちゃんの喫茶店を出て、商店街に戻る。
こっちに出てくるなり、黙り込んでいたマツリが見話し掛けてきた。
「ねえ、活字……」
「どうしたんだよ、マツリ?」
真剣な声音に俺は、眉を顰めた。
「活字はさ、あんまり気にしてないように言うけど、私には悲観的に聞こえるんだよ……」
「はははっ! 何言ってんだよ!」
軽く笑い飛ばす俺に、マツリは叫ぶように言った。
「嘘ついてるよ!」
嘘をついてるよ? 意味が分からなかった。
一体どういうことだろうか。
「おいおい、どういうことだよ? 俺は別に嘘なんてついてないぞ」
「それも嘘だよ! だって、」
胸に言葉突き刺さる。
心の壁を抉り、叩き、入口を作って、本音を聞き出そうとする。
「本当に公開してないなら、そんな顔しないよ」
マツリが俺の顔を、優しい表情で見る。
「……、」
なんて言ったらいいのか分からなかった。
違う。
黙り込む以外選択肢がなかった。
そのまま黙り込んでしまっていた時である。
マツリの携帯の着信音が鳴った。
携帯を取り出し覗き見ると、電話をかけてきている相手は小麦先生だった。何か分かったのか、と思ったがまだあれから一時間しかたっていない。今は多分、演劇練習の最中だろう。
だとすると、一体何だろうか。
通話ボタンを押すと同時に、小麦先生の大声が飛び込んでくる。
「ま、マツリちゃん大変だよ! 活字くんを連れて早く戻ってきて!」
「え、えっと……どうしたの小麦ちゃん?」
「後で話すから、早く戻ってきて!」
そこで通話が切れ、俺とマツリは顔を見合わせた。困惑した表情でマツリは俺の顔を見たまま尋ねる。
「ね、ねえ、どうしたのかな?」
「お前が頭の中で考えている通りのことが起こってんだよ! 行くぞ!」
俺とマツリはお互いに同じことを考えながら走り出した。
読んで頂きありがとうございました。