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いつも猫な日々  作者: 日野 空
夜兜矢怪談編
5/67

5 桜花祭

 楽しんで頂けたら幸いです。

 桜花祭。


 その名から想像できる通り春に行われ、町を挙げての大きなイベントだ。期間は三日で普段は別の仕事に努めている人たちも、屋台を出店して大にぎわいを見せる活気あふれる祭だ。俺も毎年参加しているが、いつもそのすさまじさに圧倒させられる。


 しかし、俺が桜花祭に参加させられるのは無理やりのこと。言わなくても分かるが、マツリと小麦先生の二人に精神的に追い詰められた挙句だ。


 別にに俺は祭りが嫌いなわけではない。むしろ、屋台の焼きそばなんかを食べながら友人たちと和気藹々と楽しむことはとても楽しい。


 が、幾ら楽しいからと言っても今の俺のこの姿では目立ち、周りの視線が気になって楽しむことなどできないので参加したくない。


「はーやーくー!」


 朝早くから俺を呼ぶマツリの声に耳を抑えながら、渋々居候をさせてもらっている祖母の家の窓からをひょっこりと顔をだす。


 顔を見せるとマツリは大声で叫ぶことを止めた。


 俺は眠気のある目をこすりながら、


「うるさいな~! ぐ~~……」


「って寝ないでよ!」


「わり……ぐ~~」


「だから、寝ないでよっ!」


 というシチュエーションがあと数回続き、完全に目が覚めたのは三十分後だ。何故か頬が赤くなっている。それに痛い。


 マツリの方を見ると、不機嫌そうに握り拳を作っている。状況――と言うか経緯――を簡単に察することが出来た。


 だが、ここでもし何かそのことに触れるようなことがあれば、どうなるかと想像するだけでも恐ろしいので、利口に黙っておく。


 俺は長い白い髪を紐で一つにまとめ、いつものようにパーカーに着替える。着替え終え居間に着くと、明るい笑みを見せながら柊沢稲穂――ばあちゃんが朝ご飯を持って台所から現れた。


「おはようございます、稲穂さん!」


「おはよう、マツリちゃん!」


 俺の隣に何故か座るマツリにも朝ご飯を置いた。


 もうこれは、いつものことだ。


「ばあちゃん、何故にマツリにも朝ご飯を置くの?」


 別に尋ねるようなことではない。毎朝尋ねていることだからだ。が、何も言わずこの状況を許容できるほど俺は人間が出来ていない。


 ばあちゃんも毎朝のことながら、俺の問いに答えてくれた。


「まあまあ、食事はみんなで取った方が美味しいじゃないか」


 間違ってはいない。


 けれど、答えにはなっていない。


「だからって、お隣さんを巻き込むなよ」


 マツリの家は、ばあちゃんの家の隣だ。


 近所付き合いもよく、俺とばあちゃんの二人もマツリの家族に御呼ばれすることもある。けど、それはあくまで向こうが誘ってきた時だ。自分からがつがつ行く勇気はない。


「そんなに言うんだったら、居候の分も食事を減らそうかいね」


「ぐっ……」


 俺の弱点を知るばあちゃんは、冗談――絶対に冗談だ――だがいつもこういうことを言ってくる。


 確かにマツリとの立場を比較してみれば、俺も似たようなものだ。あくまで俺はここに居候しているのだから。


「……マツリ朝ご飯食うぞ」


 口ごもりながらマツリに言う。


 今の台詞に満足したようで、俺たちは食事をとり始めた。


 炊き立ての白い米と豆腐とわかめの浮かぶ味噌汁という、普通の一般家庭にしては少ない食事だが居候の身なのでわがままは言えない。


 まあ、実家にいた頃もこれと似たような食事をしていたので、さほど苦にはならない。


「そう言えばさ。またが髪が伸びた?」


「んー、そうか? いつも通りだと思うけどな」


 俺は髪の先を指で摘まんでみる。何の変化はなくいつも通りだと思う。


「伸びてるって! この前切ったのにこんなに早く伸びるなんて~。よし、また切ってやる!」


「別にいいって。それにこれ以上は伸びないしな」


 俺のこの髪はどういうわけか、切ってもある程度伸びるとそこから全く伸びない。毎回肩ほどまで伸びるので、こうやって一つにまとめる所存である。


 だが、そうやってもマツリはこの長い髪をウザがっている。いつもこいつがはさみを持ってきて、俺の髪を短く切りそろえるのだ。美容院の娘なので下手に切らないから安心しているが、こうも毎回言われるとそろそろ面倒くさくなってきた。


「でもさ、でもさ!」


「うるさい!」


 頭部に空手チョップを叩き込み、俺はマツリを黙らせた。両手で頭を抑え込み痛がっているが、そんなに力を込めていない。


 挙句の果てには泣き真似までして、俺の顔を睨みつけてくる。


 俺は味噌汁を口に含みながら、

「んだよ?」


「うぅ……女子を叩いたね」


「それがどうしたよ」


 マツリの行動が鬱陶しくなってきた俺は、軽く睨みつける。マツリもマツリで俺を睨みつけてくる。さすがにばあちゃんも事態の深刻さを察したのか、俺たちの睨み合いの仲裁に入った。


「まあまあ、二人とも落ち着いて」


「稲穂さんがそう言うなら」


「ああ……」


 渋々と頷く俺達。


 俺たちは最後に一度だけ睨み、動きが止まっていた箸を動かし食事を再開した。


 其れから数十分後、全員が食べ終お茶を啜っていると、ばあちゃんが話し掛けてきた。


「そういえば、昨日蔵の中をあさってたけど、調べものは調べ終えたのかい?」


 その言葉にマツリは反応した。


 俺は二人の顔を見ながら、昨日調べたことを話し始める。


「うーん……見つかったと言えば見つかったけど……」


 微妙な反応を見せる俺に、マツリはじれったい様に、


「どっちなの⁉」


「見つかったんだけどさ。けど、小麦先生が言ってたのとちょっと違うんだ」


「小麦ちゃんのと違う?」


 俺は首を縦に振る。


 昨日のあの後、俺は蔵に入り実家を出る時に拝借しておいた書物などで調べた。何年も掘ったからしに

していた所為で埃が被り、半ば掃除をしながらの調べごとだったのはこの二人は秘密だ。


「ここで今話してもいいんだけど、小麦先生も一緒にいた方が良いから学校に着いてからな。ばあちゃんには帰ってから話すよ」


「えー、今話してくれてもいいじゃん」


 子供みたいに駄々をこねるマツリに深くため息する。


「お前ってさ、最近小麦先生に似てきたよな」


 マツリは「えー、そうかな?」と呟きながら、首をひねる。こういう子供っぽい反応も、やっぱり似ている。


「さあ、そんなガキみたいな真似止めて。学校に行こうぜ」


 俺は面倒臭そうに言って、マツリと共に家を出た。




 学生が桜花祭の準備をする場所は、当たり前のように大抵学校だ。


 ただし、三月の終わりごろなので自分が通っていたい教室でいつも準備さることになる。今年から高校生になる俺にとっては見知らぬ人たちと準備するよりは、こちらの方がやりやすい。


 俺とマツリは通っていた中学校まで来ると、靴を履き替え騒がしい教室の中にへと足を踏み入れる。中は外からわかっていた以上に騒いでいた。例えるなら、テレビで年末に見る大人の宴会状態だ。

 みんなの様子を眺めて俺は、この元気が桜花祭の終わる日まで持つのだろうか、と思わずにおえない。まあ、あの人がいれば問題ないだろうが。


 俺は視線を教室の前の方にへと向けた。


 そこには小麦先生が、今日もパワフルなくらい元気にニコニコとしている。

とその時だ。


 俺とマツリに声を掛けてくる者達がいた。


「元気か二人とも?」


「おはようございます。活字さん、マツリさん」


 最初に声を掛けてきたのは、立河一。短く切った髪が人に、スポーツ少年らしい印象を与える。


 そしてもう一人は、原由紀。日本人形のような色白な肌と黒髪を持つマツリとは正反対の清楚な少女だ。


「ごぶっ‼」


 突如、俺の頭部に衝撃が走る。


 痛む頭を押さえながら隣を見ると、マツリが握り拳を作っていた。もう隠すとどうとか以前に、真正面から殴りに来ているこいつを見るとため息しか出てこない。


「……おい、何故殴る?」


「なんか、由紀の紹介文だけ私の時より良いのよ!」


「なはは、気のせいだ。お前の時と変わんないって! つーか、一人称を読み取ることの止めろ」


「え~? この物語ってメタをネタにするんじゃないの?」


 しねぇよ、とツッコミを入れ俺は髪を掻きながら、一と由紀に向き直る。


「俺はいつも通りだ」


 自分の猫耳を指さし、肩をすくめて見せる。


「まあ、そうだよな」と呟きながら一は、


「それにしても俺達、今回の桜花祭何をやるんだろうな」


「全員で決める時も小麦ちゃんに『私に任せときなさい!』って言って、押し切られましたもんね」


 由紀の言葉で三月の初めのころの、クラス会議の様子を思い出した。あの時は小麦先生と皆とで『会議』から激しい『論争』にまで発展したことはよく覚えている。



 正直な話。俺は別に何をやってもよかったのだが、マツリに小麦先生なら何をやらかすか分からないと諭され、先頭を切って反対したもんだ。


 結果。ほとんどごり押しに近い弁論で、戦う気力を削がれ俺たちは不承不承ながらも了承したのだ。


 だから、準備をし始める当日まで何をやるかは分からない。


「まあ。小麦ちゃんだからねぇ……私たちの期待通りのことをやってくれると思うよ」


 マツリの言う期待通りとは、全員が言わなくても分かることだ。俺たちの予想もしないことを口にするに違いない。


 そもそも小麦先生は言ったことを絶対に曲げない。詭弁家ではなく実行派だ。



 自分の言い分を曲げないことはいいことだが、使いようによっては気難しい頑固者にしかならない。しかし、俺は三年前のあの日この人に助けられたのだ。


 そう思うと、何も言うことはできない。


「期待通りのことはやってくれるか……面倒くさいこと以外なら何でもいいや」


「お前の意見に一票だ」


 一ははつらつとした声で言うと、はにかむように笑う。


「どうやら何をやるか発表するみたいですよ」


 由紀の言葉で俺たちは小麦先生に振り向いた。いつものようにニコニコと笑う小麦先生は、腕組みをして仁王立ちをしている。


 そして、全員の視線が自分に向いていることを確認すると、教卓の中からごそごそと薄い教科書の様なものが取り出し、タイトルがわかるようにして俺たちの方に向けてくる。


「じゃっじゃーっん! 君たちが今年やるのは演劇だよ! やってもらう劇は『ロープレ戦記』だよ!」


 その瞬間。



『……、』

 はい?

 クラス全員の思考が完全に止まった。



 え、なんて言った?


 演劇? まあ、演劇はいいよ、うん。


 ただ、やる劇は『ロープレ戦記』だと? そんな演劇を聞いたことないぞ。もっとオーソドックスなことをやるのが普通じゃないのか。


 俺は一人、教卓の前にまで進むと、


「あの、台本見せてもらえます?」


「はいどうぞ、活字くん!」


 俺は小麦先生から台本を丁寧に受け取ると、ぱらぱらと何頁かを読んでみる。


 すぐさま俺はそれを丸め、


「ダメじゃん‼」


 小麦先生の頭部を叩く。乾いた音が教室中に響き渡り、硬直状態だったクラスメイト達が意識を取り戻す。そして、ブーイング雨が降り注ぐ。


「っんなもできわけないだろ、小麦ちゃん!」「そーだよ、小麦ちゃん!」などと聞こえてくるが、台本を読んだ俺は別のことについて言及する。


「小麦先生、これはダメですって‼ もう、○○としか言えない役名ばかりじゃないですか⁉ 未来の猫型ロボットとか子供になった高校生とか。もういろいろとアウトなんですけど!」

「違う、違う、猫型じゃなくて虎型だし、高校生になった子供のお話だよ」


「違っててもアウトだってば!」


 とそこで、俺はあることに気が付いた。小麦先生の後ろに袋が置かれている。


 それだけならまだいい、そこから除くものだ。


「あの先生……それ……」


「ふっふっふっ……さすが活字くん、気が付いたようだね。まったく、この食いしん坊め!」


 ジャッジャッジャーンという声と共に、袋から出されたのはメイド服だった。


 またもや俺たちは石化した。


「な、なんでそんなもの持ってんすか! つーか、自慢げに見せびらかさないでください!」


「なんでかって? そりゃ決まってますとも! 主役の一人に猫耳を付けたメイドさんがいるんだ~! だから、そのためにね!」


「何でそんなに嬉しそうなんですか! って、まさか!」


 俺は小麦先生の思惑を理解した。


 ――猫耳ってまさか!?


 額から汗を流しながら尋ねる。


「俺にその役をやらせる気ですか?」


「ピンポーン! ついにその猫耳を役立たさせる時が来たのだ! ささっ!」


 メイド服を押し付けてくる小麦先生を払いのけ、


「出来るかそんなの! 人間としての大事な何かを完全に失います!」


「活字くんつまんないよ!」


 言うだけ言うと俺の怒涛のツッコミに気圧され、小麦先生はぶつぶつと文句を言いながら、頬を膨らませる。そんなことをやっても意味はないのだが――と思ったが、俺はここから先のツッコミにたじろいだ。


 何故なら捨て犬のように俺の顔を見てくるのだ。しかも涙を流しながら。


 周りの奴らは先程まで援軍として活躍していたのに、俺の顔を睨みつけ「あ~あ、泣かしちゃった」などと睨みつけてくる。


 こいつら文句を言う割に、小麦先生の味方をしやがるのは一体どういうことだ。俺は不条理さを感じながら、クラス全員に追いつめられるのだった。

 読んで頂きありがとうございました。

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