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いつも猫な日々  作者: 日野 空
夜兜矢怪談編
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4 噂

 楽しんで頂けたら幸いです。

「結局全部食べちまった……」


 美味しいものを食べたはずなのに、俺はため息を零しながらお冷を口に含んだ。

それもその筈だ。食と言う欲に負け、小麦先生の頼みを聞くことになってしまったのだから。正直言ってこれほど悔しいことはない。


 まあ、それもいつもの事と割り切って、小麦先生の頼みごとの内容を尋ねることにした。


「肉を食べちゃったんで、どんなに面倒くさい頼みで聞きますけど――小麦先生、頼み事はなんなんですか?」


 その言葉にマツリは、微笑を浮かべた。


 何故だろうかと思っていると、


「なんていうか、律儀だね」


「まあ、そこが活字くんの良いとこなんだけどね」


 逃げさせないようにするため、ちゃんとした策を考えていた小麦先生なのに何故か誉めている。ここは普通、喜ぶところなのでは


 なんだろうか、この置いていけぼり感は?


 そんな間抜け面で考え込んでいる俺に小麦先生は、先程とは打って変わって真剣な顔で話を切り出した。


「さて、話を始めるよ。まず始めにだけど、『よつやかいだん』って知ってる?」


 俺はお冷を口の中に含みながら首を傾げる。


「『よつやかいだん』って何か怖い話でも、皆でするんですか?」


 もちろんそんな遊びみたいなことではないことは理解している。この人が俺を引っ張り出すのだから、俺と同種の者達のことに決まっているのだ。


 そうこう思っていると、俺の隣に座っているマツリが勢いよく口を開いた。


「私は知ってるよ、小麦ちゃん」


「有名なのか?」


「うん、ものすっごい有名だよ。ここ最近騒がれている都市伝説なんだ」


「ふ~ん」


 俺は相槌を打ってから、再び思考をし始めた。


 よつやかいだん――都市伝説――となると、確実にオカルト的な部分の話だろうことは間違いない。俺の考えを肯定するかのように小麦先生は呟いた。


「そういうことなんだよ。妖怪絡みの話なんだよ」


「そんなこと言われなくても分かってますよ……っていうか、小麦先生が妖怪絡みで俺を呼んだことなんて数えるほどしかありませんよ」


 そうである。先ほど話した鍋会も、実は妖怪絡みの事だった。鍋に憑りついた妖怪を退却させるというものである。俺はその話を何も聞いていなかったせいで、とんでもないことになった。


 今思い出しても、あの時は本当に危なかった。


 ――ということがあり、俺はこの人が俺を呼び出すのは妖怪絡みの事だと断定している。


「ちなみにだけど、『怪談』じゃなくて『怪団』なんだよ」


 俺は猫目を細め、


「複数妖怪がいるってことですか?」


「らしいよ。何人も見た人がいるんだって」


 答えたのはマツリだ。


 マツリの答えに、面倒くさそうにため息を吐いて見せる。なぜなら、相手が複数人ならば、問題解決が面倒になる。


 小麦先生は俺にこういった情報を持ってきては退治させるが、基本的に情報を持ってくるだけだ。マツリに関して言えば、とある事情で表立って行動が出来ない理由がある。


 それは、彼女が特殊な体質の持ち主と言う所に理由がある。俺とはまた違った特質の持ち主なのだ。


 マツリの特殊な体質は、霊力を普通の人の何十倍も持っている。その量は俺をも軽く超えている。

昔それが原因で、妖怪どもに連れ去られ危険な目にあった。その度に俺が事件を解決してきたのが、今でもこいつのこと聞いてきた妖怪が後を絶たない。


 何度かこの力を封印、もしくは少しでも削り取れないかと試したことがあったが、いづれも失敗に終わっている。


 失敗の理由は、マツリの霊力の回復力の違いだ。別に霊力がすぐさま回復するというのではない。マツリの霊力を消費する術を施した後に、力づくで破壊し回復したのだ。つまり、回復力と言うのは、術式を無理やり破壊することである。


 こうなるとマツリの力を完全に封じること不可能だ。それを実現しようと思ったら、回復力に押し勝ち、尚且つ何百年も持つ術を施さなければならない。だが、それほどの霊力をどこにあるというのだろうか。


 などと考えていると小麦先生が、俺に話しかけてきた。


「ねえ、本当に知らないの?」


「知りませんよ。都市伝説を聞くような耳は持ってません」


 きっぱりと言った俺の言葉に、マツリは鋭いツッコミを入れてきた。


「猫耳は持ってるくせにね」


「……、」


「……、」


 俺とマツリはしばらくの間睨み合いなら、不気味に笑いあうと話に戻る。こんな場の空気にも拘わらず小麦先生は、ニコニコしながら話し掛けてきた。


「ねえ、君も陰陽師の一家なら何か知ってるはずだよね?」


「そ、それは……」


 と言って俺は口を噤んだ。


 この俺――妹尾活字は陰陽師だ。


 俺の一家は代々陰陽師の家系で、俺も一応(・・)陰陽師だ。マツリの力をどうにかしようとしていたのは、陰陽師の力を持っていたからである。


 そんな影のヒーローの様なことをしてきた俺だが、あまりそういうことを言われたくない。それはこの場にいる二人も知っていることだ。


 なら何故小麦先生が尋ねるかというと、それなりの考えがあるのだろう。


 俺はその考えを見透かしたように言う。


「どうせあれでしょ? 俺をあの人たちに合わせる気なんでしょ、小麦先生?」


「……まあね。いつまでもおばあさんの家にいるわけにもいかないよね?」


 俺はこの姿になって以来、母方の祖母の家に居座っている。妖怪を助けたことにより、実家を追い出されたのだ。


 まあ、仕方がないと言えば仕方がない。


 陰陽師の本来の目的からずれたことをやってのけた挙句、この(ざま)なのだから。


 だからといって後悔しているかと言われれば、後悔はしていない。結果的にはこうなったがあいつを助けることが出来たからだ。


「調べるのは無理ですね。一応、祖母の蔵の中を調べてはみますけど、そんなうまい具合に資料が見つかるとは思いませんよ」


「まあ、調べてくれるだけどいいよ。いざとなったら、捕まえて吐かせればいいだけだしね」


「小麦ちゃん……なかなかえげつないこと言うね」


 マツリの言葉に小麦先生はへらへらと笑い返した。俺もそうなのだが、マツリもその笑みが不気味すぎて背中に変な寒気を感じた。


 そのことに気づいて「まあまあ、二人とも……」と言って、場の収拾に掛かろうとする。しかしながら、今の笑みを見て収拾できると思っている方がおかしい。この人はある意味場を引っ掻き回すことには慣れていても、そこから元の方向に持っていくことは得意としていない。


 ここ数年でこの人についてわかったことだ。


「確かに最終的には、捕まえればいいけどな」


 隣に座るマツリの顔を見ながら言う。


 目的がわからない以上、一匹でも妖怪を捕まえてそいつから聞くしかない。もちろん捕まえればの話だ。


 ただ、一つ大きな問題がある。


「でも、そんなに運よく俺たちの目の前に現れるとも思いませんよ。何か餌でつらないと」


「いるじゃん、活字。ほらほら」


 マツリはにやにやした顔で俺を見る。


 その瞬間、俺の脳裏には不吉な予感が過った。


 ――えーと、もしかして餌と言うのは……?


「俺か?」


 俺は引きつった笑みで答えた。


「イエス!」


「おいおい、冗談はやめてくれよ!」


「冗談じゃないよ。活字なら、きっとおいしい餌になれるよ」


「美味しい餌になれるってどういう意味だ⁉ つーか、餌になるんだったらお前がなれよ!」


「え~、やだよ、そんな危険な役。そういうのは、アンタの役目でしょ!」


 ――どういう意味だ!


 ――さっき食べた分厚いステーキじゃないぞ!


 などとツッコミを入れたかったが、これ以上何を言っても無駄だと思い黙り込む。


 小麦先生もそうなのだが、マツリもマツリで結構無茶苦茶な部分がある。昔からこういう感じで俺は良く大変な目にあったもんだ。


 だから、この無茶苦茶な二人が手を組み、尚且つ化学反応のように事態を引っ掻き回すのは仕方がないと言える。


 でもなんだかんだ言って、俺はこの二人がいることで救われている部分もある。


「それにしても、どうして妖怪たちは暴れてるんだろう?」


「そうだな……」


 確かにそれは俺も疑問に思う所だ。


 基本的にどんな生き物でも、何かしらの理由があって行動する。それは妖怪も同じで、何かの目的があるのだ。


 しかし、顎に手を当て考え込んでも何も思いつかない。ならば――と、脳裏に浮かぼうとしていた言葉を口にしようとすると同時にマツリが、


「やっぱり考えても仕方がないよね。だったら、今はその妖怪たちの正体について調べた方が良いか」


「だな。それじゃあ最初に言った、通り俺は蔵から資料を引っ張ってきて調べますね」


「うん。そうするのが一番だね」


 その言葉で締めくくると、俺たちは喫茶店の外に出た。もちろん、代金を払ったのは俺ではなく小麦先生だ。


 代金を払い終えた小麦先生が出てくるのを待っている間、マツリが尋ねてきた。


「ねえ、身体は大丈夫?」


「どう意味でだよ?」


 素っ気ない、と言われても仕方がない態度で答える。


 もちろんマツリが言っている意味は分かっていた。 


「……冗談だ。この姿の影響は何も起こってねえよ。大体なあ、もう三年近くも断つんだから大丈夫に決まってんだろ」


 マツリは俺がこの姿になって以来、身体のことを気にかけてきている。無論、俺も毎日気にかけ異常が出ないかどうか窺っている。


 まあ、三年近くも断ってこの状態のだから、もう心配してはいない。


 ただ――、


「いつこの姿から、元の姿に戻るのかは分からないな。あいつの力がいつ戻るのかも分からなし」


 ぼんやりとした意識で空を眺める俺に、マツリはそれ以上何も言ってこない。多分、これ以上人の心の中に踏み込むすべを知らないからだ。だから、俺も何も言わなかった。


 不思議な時。


 無限ともいえる時間の中、俺たちは黙り込んでいた。


 そうこうしてくると、長いレジシートを作っていた小麦先生が喫茶店の外に出てくる。


「さて、それじゃあよろしくね、活字くん!」


「分かってますよ」


 そう言って俺たちは解散しよう――と言う時だった。小麦先生が何かを思い出したように振り向いて、俺とマツリに大声で叫んできた。


「おーい、そう言えば言い忘れてたんだけどさ!」


「大声出してどうしたんですか?」


「明日から桜花祭の準備があるからね。学校に来ることを忘れないでよ!」


 俺は面倒臭そうに髪を掻きながら、


「行きませんよ。俺一人がいなくてもそんなに変わらないでしょ?」


「そう言うわけにはいかないんだよ。何のために、ステーキを食べさせたと思うのかな?」


 不敵に笑う小麦先生。


「あの、さっきのステーキってそのこと込ですか?」


「うん!」


 小麦先生は笑いながら頷く。


 俺は疲れたようにため息を吐いた。

 まったく、とんだ消費税だ。


 読んで頂きありがとうございました。

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