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元旦行進曲

 それは、中学生活最後の元日の早朝の事。

 早朝と言っても、既に町は目を覚まして……いや、昨夜から眠っておらず、活気に満ちた人波が町中に溢れている。

 こうして一年に一日しかない大晦日を過ごし、そして新年を迎えるというのは、日本のみならず世界の恒例である。

 もっとも、どんな一日だって一年に一度しかないのは同じなのだが……まあ、今は置いておこう。

 そんな寒さにも負けない人達がめでたさに浸っている頃、 『ピンポーン』 と宇佐奈家の玄関のチャイムが鳴った。

 ……しかし、誰も応対に出ない。

 玄関が開かないどころか、インターフォンにも出ないという事は……。

「……誰もいないのかな?」

「おば様はご実家だけど、涼ちゃんはいる筈だよ? 留守番頼まれてたもん」

 昨夜は利恵の家で夜を明かし、今日はこうしてお正月らしく髪をセットし、二人とも綺麗な晴れ着に身を包んでいる。

 どこに出しても恥ずかしくない姿の利恵と雛子は、涼が出て来るのを待った。

 だが、一向に出て来る気配が無い。

 『ピンポーン』

 もう一度チャイムを鳴らしてみる。

 ……しかし、やはり誰も出ない。

「……あいつめ、さては寝コケてるな?」

「ね、ねえ、やっぱり二人で行こうよ。 寒い日の涼ちゃん、機嫌悪いよ? 特に寝起きは……」

「そこで甘やかしちゃ駄目っ! こうなったら意地でも起こすっ!」

 これでもかとばかり、まるでマシンガンのように利恵はインターフォンのボタンを連打した。

 当然、家の中では呼び出しのチャイムがボタンを押した回数分だけ鳴る。

 結構大き目の音に設定されているのか、その音は外にいる雛子の耳にもハッキリと聞こえるくらいだ。

 という事は、そんな物を何度も聞かされていれば当然の如く……。

「うるせえぞっ! 誰だっ!」

 と、ダルマと見紛うばかりの厚着をしている涼が、二階の窓から物凄い形相で顔を出した。

 暖かい布団に包まって気持ち良く眠っていた所を邪魔されたのだから、涼が怒るのも無理は無い。

 だが、

「あ、やっと起きたな? 涼、初詣行こうよぉ!」

 ニコニコしながら言う利恵には、罪悪感の欠片も無いようだ。

「断るっ! こんな寒い日に、何でわざわざ人込みの中へ特攻せにゃならんのだ!」

「何を〜? この軟弱者めっ! ほらほら、晴れ着の美女が二人もお迎えに来てるのよぉ〜? 両手に花だよぉ〜?」

「……俺は寝る」

 ピシャ! と音を立てて、涼は窓を閉めた。

 ご丁寧にカーテンまで引いているところを見ると、どうやら外へ出ない事を強くアピールしているらしい。

「見事にスルーしやがったな……? 頭に来たっ!」

 再度、利恵の連続インターフォン攻撃が始まったのだが……。

「あれ? 鳴らなくなっちゃった」

「電池抜いたんじゃないかな?」

「おのれ小癪なぁぁ〜……! ヒナちゃん、合鍵!」

「多分、チェーンかけてあるよ?」

 雛子を家族同然に扱う環は、いつも雛子に家の合鍵を預けている。

 環が家を空ける時には、雛子が宇佐奈家を管理しているのだ。

 利恵は鍵を受け取って開錠し、ノブを捻ったのだが、やはり雛子の言った通り、ドアは五センチくらいしか開かない。

「ふっふっふ……面白いわ……。 わたしを怒らせたらどうなるか、目にモノ見せてくれる!」

「げ、玄関壊したり、窓割ったりしちゃダメだよ? お正月は、どこもお休みで直せないんだから」

 思わず言ってしまった一言に、雛子はハっとした顔になった。

 別に本気でそう思っていた訳ではないのだが、ついつい言ってしまったのだ。

「ヒナちゃん……普段、わたしの事をどんな目で見てるの?」

 ……言わずもがなである。

「あ……あはは……ごめんね? ちょっとした弾みだから……」

「うふ……許してあ・げ・る。 その代わり犠牲になってね? いい事考えたからさ」

「え?」

 と、雛子が不思議そうな顔をしていると、利恵は雛子の肩を掴んでクルリと半回転させ、振袖の脇から手を入れて雛子の胸を鷲掴みにした。

 当然、いきなりそんな事をされれば、例え相手が同じ女性でも驚く訳で……。

「きゃあぁぁーっ! ヤダーッ!」

 辺りに雛子の悲鳴が轟いたのとほぼ同時に、

「どうしたヒナ! 何があった!?」

 玄関のドアが開かれ、涼が飛び出して来た。

 その一瞬、利恵の目が光った! ……ように見えた。

「かかったわね、涼っ!」

 雛子の影から飛び出すと、利恵は素早く涼に飛び掛り、スリーパーホールドの形に捉えた。

 しかも、回した腕が頚動脈を絞めている……。

 たまらず涼は、利恵の腕をタップする。

「着替えて初詣に行くか、このまま天国へ行くか。 好きな方を選んでね」

「行く……行きます……。 是非、初詣の方に連れて行って下さ……い……」

「利恵ちゃんのバカーッ!」



「そう言えば、真君はどうしたの?」

 神社までの道すがら、利恵はイベント好きの真一郎を見かけないので、不思議に思って涼に訊いた。

「真のこった、今頃どこぞでナンパでもしてるんだろ?」

「いつまで経っても行動パターンの変わらない人ねぇ……」

「お前が言うな」

 涼は、ジト目で利恵を見ながら言った。

 何しろ出会った頃からの強引さが未だ健在なのだから、涼がそう言いたくなるのも無理からぬ事なのだ。

「何よぉ……ねえ、失礼しちゃうと思わない? ヒナちゃん」

「知らないっ!」

 雛子は、まだ先程の一件で機嫌が悪いまま、ムスッとした顔をして二人の後に付いて歩いている。

 利恵に同意を求められてもニコリともしない。

「あ〜ん、いい加減に機嫌直してよぉ〜……」

「直んないっ!」

 プン! と、そっぽを向いてしまう。

 いつものポニーテールではなく、今日は髪を結い上げてあるので、髪飾りが 『シャリン』 と軽い音を立てた。

「まったく……さっきは驚いたぞ。 ヒナが襲われたのかと思ってさ」

「実際、襲われてたもんっ!」

「実ってて羨ましかったなぁ〜……まだ掌に感触が……」

 と、ニヤニヤしながら、両手をニギニギする利恵。

「うぅ〜……! 恥ずかしい事言わないでよぉっ!」

「オヤヂかお前は。 そこでまた怒らせてどうすんだ」

「ごめんなさい! 反省してます! もうしません!」

 ニギニギしていた手を、今度は合わせてスリスリする。

 それがふざけているように見えて、雛子は益々機嫌を悪くした。

「ヒナ、もう許してやれ。 正月早々、いつまでも怒っててもしょうがねえだろ、な? それに、せっかくの綺麗な着物が泣くぞ?」

 仕方なく、涼は話題を逸らそうと、雛子の着物を誉めた。

 涼に着物を誉められて、雛子の機嫌は若干良くなる。

「えと……似合ってるかな?」

「……ああ、別嬪さんだ」

「えへへ……ありがと、涼ちゃん」

 雛子も存外単純である。

「ねえねえ、涼、わたしは?」

「馬子にも衣装……って言うんだっけ?」

「……もう一回言うだけの勇気、ある?」

「とてもお似合いでございます、お嬢様」

「まあ良かろう」

 やれやれと、涼は深い溜息を吐いた……。

 そんな調子で他愛も無い会話をしつつ暫く歩くと、

「あ、真君だ」

 神社の鳥居が見えて来る頃、雛子が指差す方向に、人込みの傍でウロウロしている真一郎を見つけた。

「へえ〜? あいつが初詣なんて意外だな」

「……な〜んか、ちょっと違うみたいよ?」

 利恵に言われて良く見ると、確かに列に並ぼうとしているようには見えない。

 何だか、ガックリと肩を落としている感じだ。

「こりゃ、ナンパ失敗の図ってとこか? ったく……正月早々、何やってんだ」

「お〜い! そこのフラレ小僧〜!」

 その声に、周りの視線は一瞬だけ利恵に向いた後、声をかけられた真一郎に集中する。

 真一郎は慌てて駆け寄って来ると、

「こういう危険な生き物を放し飼いにすんな!」

 利恵ではなく、涼に文句を言った。

「何で俺に言うんだよ?」

「お前が飼い主だろうが! しっかり管理しろよ!」

「ちょっと、何よそれ。 人を猛獣みたいに言わないでよね。 そんな事言ってると怒っちゃうから」

「フ……今日は着物、いつものような蹴りは出来まい! 高梨の戦闘力は、いつもの半分以下……グフォッ!?」

 タカを括っていた真一郎の脇腹に利恵の貫手が入ると、一瞬、真一郎の呼吸が止まった。

 いくら真一郎の筋肉が凄くても、かなりの高速で繰り出される利恵の貫手は衝撃力が半端ではないのだ。

「わたしのやってるのは少林寺拳法。 テコンドーじゃないんだから、両手もメインで使うの」

「も、猛獣どころじゃねえ……こいつは特別天然危険物だ」

 真一郎は脇腹を押さえて蹲った。

 ……どうやら相当痛かったらしい。

「……しかし凄い人出だな」

 涼は右手を翳して言った。

 普段は閑散としているのに、一体何処からこんなに湧いて出たのかと思う程、神社は人で溢れ返っていた。

 鳥居の外まで伸びる数珠繋ぎの人の列は、遥か彼方まで繋がっているように見える。

「最後尾が見えないぞ? 仕方ない、諦めて帰ろう」

「お待ちっ!」

 利恵は、踵を返して帰ろうとする涼の皮ジャンの襟を掴んで引き止めた。

 手加減無しで引っ張ったものだから、涼は一瞬首が絞まって気が遠くなりかけた。

「絶対に順番は回って来るんだから、待てばいいでしょ?」

「こんな寒風吹きすさぶ中、俺を立たせておく気か?」

 涼は、両腕で自分を抱きしめるようにして抗議した。

 人込みと寒さが大の苦手な涼にとって、ここはまさに地獄である。

「わたし達と一緒なんだから、大丈夫よ」

「どういう理屈だ、それは……」

「わたしとヒナちゃんで、くっついててあげる。 暖かいぞぉ〜?」

 そう言うと利恵は、涼にピッタリと寄り添った。

「ほらほら、 ヒナちゃんも!」

「あっ!」

 利恵に引っ張られて、雛子も涼にくっ付く形になる。

 途端に、雛子の顔は真っ赤になった。

「あったけぇかぁ? ヒナ」

「う……うん、何となく……」

「そうかなぁ……? 大して変わんねえと思うけど……」

「さあ、並ぼうよ。 どんどん後になっちゃうよ?」

「しょうがねえ、行くか……」

「……お前ら、俺を置いて行こうとするなよ。 冷てえな、まったく……」

 真一郎もヨロヨロと立ち上がり、歩き出した。



「おっと! ……何とも歩き辛いな、こりゃ」

「あ、ホイホイと」

 人込みに押されてバランスを崩す涼に対して、真一郎は巧みに人の流れに乗り、混雑をかわしている。

 この辺は運動神経云々よりも、普段からの慣れが占める割合が大きいのだ。

「……器用な奴だな」

「こんなもんで驚いてたら人生の荒波は越えられないぞ?」

「どういう例えだ、そりゃ」

「……あれ? おい涼、雛子ちゃんは?」

「え?」

 真一郎に言われて見回してみると、雛子の姿が無い。

「さっきまでここにいたのに……どこ行ったんだ?」

「高梨もいねえじゃねえか。 お前、何やってんだよ」

「困ったな。 まあ、いないもんは仕方ない……とか言って、このまま帰ったら殺されるだろうな」

「訊くまでも無いな」

「利恵は体力あるから大丈夫だろうけど……この混雑じゃ、ヒナが心配だな」

「雛子ちゃん、ちっこいからな〜。 見えるか?」

「……まるっきり見えん」

「二人で固まっててもしょうがねえな。 よし、二手に分かれて探そうぜ」



「お、思うように歩けないよぉ〜……」

 案の定、雛子は人波に翻弄されて、流されるままになっていた。

 列の外に脱出する事も叶わず、意思に反して、ただ前に進まされるのみだ。

「う〜ん! ……駄目だぁ……全然隙間が空かない」

 いくら周囲の人を押し退けようとしても、雛子の力ではどうしようもない。

 誰かの足を踏まないようにするので精一杯である。

 こういう時、頭ひとつ分だけ上に出る筈の真一郎を探そうとするのだが、首を巡らせる事も困難だ。

 一方、その頃……。

「あ〜もうっ! 何でそんなに押すのよっ!」

 利恵も雛子同様、圧倒的な人の群れに悪戦苦闘していた。

 ただ一つ雛子と違うのは……。

「あ〜、ストレス溜まる……。 後方に伝達っ! 事故を未然に防ぐ為にも、無闇に前に進もうとするのはおやめっ!」

 と、こちらは若干、スペースに余裕を作る事に成功している。


 さて、そんなこんなで、はぐれてからそろそろ十分が経過しようという頃……。

「あそこから、こっち方向に流されたんだろうから……いるとすれば……」

 二人を探していた涼が前方へと目を凝らしてみると、人の波の中に不自然に窪んだ部分がある。

 それだけではなく、どうも周囲の人間が気を遣っているフシがある。

「もしかして、あそこか……? ちょっとすみません!」

 何とか人波を掻き分けてその場所へと辿り着くと、窪みの中心で心細げにキョロキョロしている雛子がいた。

 成る程、確かにこんなにウルウルした目で見られたら、周りの人間もさぞ心苦しかっただろう……。

「いたいた、ヒナ!」

「あ……涼ちゃん!」

「ほら、こっちに手ぇ出せ」

「うん!」

 差し出された手を掴むと、そのまま自分の方へと引き寄せ、涼は何とか雛子の救出に成功した。

 と言ってもまだ人ごみの中なので、そのまま進む以外に方法は無い。

「利恵は? 一緒じゃなかったのか?」

「うん。 最初は手を繋いでたんだけど、押される内に放しちゃって……」

「あちゃ〜……」

 涼は困ったような顔で頭を掻いた。

 いつまでも発見出来ずにいたら、後で何を言われるか判ったものではない。

 そんな涼の考えが判るのか、雛子はクスクスと笑った。

 こうなったら真一郎だけが頼りである。

 さて、当の真一郎はというと……。

「さ〜て……? あそこから、こっち方向に流されたんだろうから、いるとすれば……あっちの方しかねえよな」

 と、真一郎が手を翳して目を凝らしてみると、人の波の中に不自然に窪んだ部分がある。

 それだけではなく、どうも周囲の人間が気を遣っているフシがある。

「もしかして、あそこか? はいは〜い、ちょ〜っとすんまっせ〜ん、通してね〜」

 何とか人波を掻き分けてその場所へと辿り着くと、窪みの中心では居丈高に周りを威嚇している利恵がいた。

 成る程、確かにあれだけ怖い目で睨まれたら、周りの人間もさぞ生きた心地がしなかったであろう……。

「ビンゴ! 高梨!」

「あ……真君!」

「ほら、こっちに手ぇ出せ」

「は〜い、お手!」

「わんっ! ……って、バカやってる場合かっ!」

 差し出された手を掴むと、そのまま自分の方へと引き寄せ、真一郎は何とか利恵の救出に成功した。

「はぁ〜、助かった。 ……あれ? ねえ、涼は?」

「さあ? 雛子ちゃん探してんじゃねえか?」

「むぅ……」



 その後、やっとの事で合流を果たした四人は、そのまま流れに乗り、拝殿へと向かって歩を進めた。

 人の多さは全く変わらないが、今度は互いに場所を確認しながらなので、はぐれる心配は無さそうだ。

「早目に見つかって良かったよ。 一時はどうなる事かと思ったぜ」

「涼なんか、二人を見捨てて帰ろうとしてたもんな〜」

「よせよ馬鹿!」

 と、涼が焦って利恵を見ると、何やら怖い顔をしている。

(ほら見ろ……こっちを睨んでるじゃねえか。 どうすんだよ、真)

(さ……さっきより怖い顔してるぞ! 俺はもう嫌だからな! 今度は涼が行けよ!)

(わたしより、先に利恵ちゃんを助けてあげないからだよ……)

(そんな事言われても、ヒナを先に見つけちまったんだから、しょうがねえだろ……)

 利恵から一歩遅れるようにして、三人はひそひそと密談を始めた。

 今後の対策を練っているのだ。

「……あんた達、何をコソコソ話してんのよ?」

 だが、そんな事をしていればさらに利恵の機嫌を損ねてしまうのは当然である。

 さっきよりも、一層、利恵の表情が険しくなった。

(ほら、涼ちゃん!)

(とっとと行けよ! 俺らを巻き込むんじゃねえっつーの!)

 雛子と真一郎に促されて、涼は利恵の傍へと近付いて行く。

 近付くといってもほんの一歩半くらいのものだが、涼にとってはとてつもなく長い、そして重い一歩半であった……。

「あ〜……もしもし、利恵さん?」

「……何?」

「え〜っと……救出が遅れまして、どうも申し訳ありませんでした。 今後は迅速な活動を心がけたいと考えております……」

 顎をポリポリ掻きながら、適当な言葉を並べている涼の手を、利恵はギュッと握った。

「……ちゃんと掴んでてね?」

「あ、ああ……」

 


 どうにかこうにか順番が来てお賽銭を投げ込むと、利恵と雛子が神妙な面持ちで手を合わせた。

 それとは対照的に、涼は大欠伸をしながら目を擦っている。

「や〜ねえ、この男は……こっちのご利益まで無くなりそう」

「しょうがねえだろ? 眠いんだから……。 そもそも俺の安眠を妨害したのは誰だよ」

「ヒナちゃんでしょ?」

「正月早々に嘘なんてついてると、今年一年ロクな事にならねえぞ……」

 やれやれといった表情を浮かべる涼に向かって、利恵はケラケラ笑っている。

「ねえ、真君は何お願いした?」

「素敵な出会いがありますようにってね。 今年は何かありそうな予感がするんだ〜」

 今年も真一郎のスローガンは変わらないようである。

「利恵ちゃんは?」

「涼のネボ助が治りますように」

「……下らねえ事言うな。 さあ、もう終ったんだし、とっとと帰ろうぜ」

「まだよ、御神籤引くんだから。 ところで、ヒナちゃんは何をお願いしたの?」

「え? え〜っと……内緒」

「お? 何やら怪しい雰囲気……白状しないと、また触っちゃうぞ?」

 両手をニギニギする利恵を見て、雛子は慌てて両脇を固め、真一郎の後ろへと退避した。

 さすがにこんなに人目のある所ではやらないとは思うが、それでも一応、念の為なのである。

 何しろ相手が相手だし……。

「あれ? でも、願い事ってのは、人に言うと叶わなくなるんじゃなかったか?」

 確かそんなような事を聞いた記憶のある涼は、首を傾げている。

「そ、そんな! それじゃあ、涼は一生ネボ助のままなの!?」

「本気で願掛けしたのかよ……」

「しまった……俺様の願いが……」

 ガックリと肩を落とす真一郎を囲むようにして、一向は御神籤売り場へと歩を進めた。



「おおっ! 大吉だ!」

「わたしは中吉〜!」

「やったね、雛子ちゃん!」

 良い結果が出て喜んでいる二人に対して、利恵と涼は微妙な表情をしていた。

「なあ、お前らはどうだったんだ?」

「わたし末吉〜……な〜んかイマイチ」

「涼は?」

「……凶」

 と言った途端に、パっと利恵と真一郎が涼から離れた。

 二人でヒソヒソと何かを囁き合い、涼に対してイヤ〜な視線を送っている。

「何だよ?」

「きゃあ! 寄らないで! 不運が移る〜!」

「せっかくの大吉が不吉な色に染まるっ! 俺様の半径十メートル以内に入るな!」

「なっ……ちくしょう〜、俺だけ不幸になってたまるか! お前らも道連れだっ!」

「わあぁっ! 逃げろ高梨! 大凶菌が移るぞーっ!」

 利恵と真一郎はシッシッと犬を追い払うような仕草をしつつ、更に涼との距離を空ける。

「勝手に人の運を下げるなっ! しかも菌て何だ菌て! 俺は病原体かっ!」

「これは危険だ! 早速、衛生局に連絡しないと!」

「真君、駄目よ! お正月だから、衛生局はお休みだわ!」

「何てこった……人類の歴史は、ここで幕を閉じるのか……!」

「そんなに大層なもんかっ!? ……あったま来た! お前ら、この凶の御神籤、煎じて飲ませてやるっ!」

 逃げ出す二人を追いかける涼。

 そんな三人を目で追いつつ、雛子は御神籤を枝に結び付けた。

 そして静かに目を閉じて、両手を合わせる。

(これからもずっと、みんなと仲良く出来ますように……。 ずっと、みんなで楽しく過ごせますように……)


 ずっと……ずっと……。

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