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美耶子乱心!?

 それは何も変わらない、いつもと同じ朝の事。

「皆さん、おはようございます」

 いつものように、美耶子が挨拶をしながら教室に入って来た。

 クラスメイトの一人一人に頭を下げ、キチンと挨拶をしている。

 最初はこれに戸惑う者もいたのだが、 『これが美耶子なのだ』 という事が浸透してからは、当たり前に受け入れられている。

「琢磨様、おはようございます」

「おはよう、美耶子さん。 ……ん?」

 静々と歩み寄って朝の挨拶をする美耶子に、琢磨は不思議そうな視線を向けた。

「どうかなさいましたか?」

「あ、いや、きっと俺の気のせいでしょう。 ところで、今日は雅さんがまだ来ていないようですが?」

「あの子ったら風邪を引きまして……大事を取って、今日は欠席させたのです」

「そうですか。 無理をして酷くしては大変ですから、ゆっくり養生させてあげた方がいいでしょうね」

「はい」

「ぐっも〜にん、えびばでぃ〜」

 これまたいつものように、真一郎が浮かれながら教室に入って来た。

 元気良くクラスメイトに挨拶をしながら、琢磨の傍へとやって来る。

「美耶子ちゃん、おっはよ〜ん。 朝から二人して、仲良しオーラ全開ですな」

「おはようございます。 掃部関君は今日も無駄にお元気ですね」

「……え?」

「朝の爽やかな雰囲気を粉微塵に打ち壊すその無粋さは、一体どこから来るのでしょう? 成長過程で何か問題でもあったのでしょうか?」

 美耶子は静かにそう言うと、自分の席に腰を下ろした。

 顔はいつものようにニコニコしているが、発する言葉には、かなり毒が含まれている。

 真一郎は恐る恐る美耶子に近付き、顔を覗きこんだ。

「ねえ、美耶子ちゃん……今朝は機嫌悪い?」

「いいえ? そんな事はありませんよ?」

「そ、そう? 俺の気のせいかな? なんか、笑顔の中に険があるような気が……」

「相変わらず掃部関君は下らない事を仰いますねぇ……脳が腐っているのですか? それとも前頭葉が入っていらっしゃらないとか。 あ、もしよろしければ、うちの病院に入院しますか? 今ならベッドの空きがございますよ?」

「……」

 どうやら美耶子の言葉に含まれている毒は致死量らしい。

 真一郎は胸を押さえて俯いてしまった。

「み、美耶子さん、今のはちょっと……。 いくら相手が真とは言え、少々言い過ぎですよ」

「あら? わたし、何かいけない事を言いましたか?」

「確かに騒がしい奴ではありますが、何もそこまで言わなくても……」

「琢磨様、そんなつまらない事を気にするよりも、せっかく静かになったのですから、何かお話致しましょう」

「うわあぁぁん! いいんだいいんだ、どうせ俺なんてぇぇーっ!」

 真一郎が両手で顔を覆って駆け出すと、丁度教室に入って来た涼とぶつかった。

 真一郎は、そのまま涼に縋り付き、その胸に顔を埋めた。

「何だよお前は朝っぱらから……気持ち悪いから離れろ!」

「だって……だって、美耶子ちゃんがぁぁぁ〜っ!」

「美耶子さんが何だよ?」

「俺をいぢめるんだよぉぉ〜っ!」

「はあ?」

 涼は真一郎を押し退けると、琢磨の隣で楽しそうに笑っている美耶子を見た。

「……?」

「俺は……俺は、もう立ち直れない……」

「じゃあ邪魔だから、その辺に埋まってろ」

 涼が真一郎にとどめを刺すと同時に、チャイムが鳴った。


 そして、一時限目が始まってすぐの事。

「琢磨様……琢磨様……」

 授業中だというのに、美耶子は小声で隣の席の琢磨をしきりに呼ぶ。

 普段は授業中に私語などしない美耶子にしては珍しい事なので、琢磨は何事かと驚いている。

「どうかしましたか?」

「実は……わたし、最近悩んでいる事があるのです。 相談に乗って頂けませんか?」

「それは構いませんが、今は授業中ですから、この時間が終ってからにしましょう」

「それではダメなのです! 今すぐでなければ、この悩みは解決出来ません」

 美耶子の必死な顔を見て、余程深刻な問題なのだろうと、琢磨は話を聞く事にした。

「それで、どうしたと言うんです?」

「琢磨様、お手を……」

「手?」

 言われるままに琢磨が手を差し出すと、美耶子は即座にその手を取り、あろう事か、そのまま自分の胸元へと運んだ。

「なっ! なななな何をっ!?」

 琢磨は慌てて手を引き戻し、狼狽しながら声を上げ、椅子を倒して立ち上がった。

 当然、教室内の視線は琢磨に集中するし、そんな事をすれば教師も怒る。

「浦崎! 何をしとるかっ!」

「すっ……すみませんっ!」

「何だ? どうした、真っ赤な顔をして……熱でもあるのか?」

「い、いえ! 何でもありません! お騒がせして申し訳ありませんでした!」

 あたふたと倒れた椅子を直し、顔を赤くしたまま座り直した琢磨を見て、美耶子は楽しそうにクスクスと笑っている。

「……?」

 涼はその光景を見ながら、何やら考え込んでいた。


 休憩時間に入って琢磨が席を立つと、美耶子もその後に続き、教室を出た。

 真一郎は朝のショックからまだ立ち直れず、机に突っ伏したままだ。

 まさかと思っていた相手から言われると、普段言われ慣れている言葉でも結構響くようである。

 さすがに涼も気になったらしく、真一郎の傍に付いている。

「美耶子さん、どこまで付いて来るんですか?」

「どこまでもです。 琢磨様の行かれる所全て、美耶子がお供致します」

「俺は、これからトイレに行くんですよ?」

「まあ! それでは尚更お供しなくては!」

「そんな所まで付いて来てどうするんですっ!?」

「僭越ではございますが……お手伝いさせて頂きます」

「冗談じゃありませんっ!」

 琢磨は美耶子から離れようと、全力で駆け出した。

 廊下を走ってはいけない……それは解っている。

 決まりを守る事の大事さも理解しているのだが、今の琢磨はそれどころではないので仕方ない。

 だが……。

「ば、馬鹿なっ!?」

「ほほほほ。 琢磨様、逃がしはしません」

 琢磨が右に寄れば左側、左に寄れば右側と、美耶子は自在にコースを変えて、いつでも抜ける体勢になりながら琢磨に追走している。

 これはかなり余裕が無ければ出来ない芸当である。

「これは夢だ! そうに決まっているっ!」

 いくら美耶子が早く走れるようになったとは言え、必死に走る自分の横に並べる訳が無い!

 琢磨は走りながら自分の頬をバシバシと叩き、改めて隣を見たのだが……。

「夢ではありませんよ?」

 やはりそこには、涼しげな顔をしている美耶子がいた……。

「うわあぁぁぁーっ!」

 恐怖にも似た感情が芽生えた琢磨は、意味不明な事を叫びながら更に懸命に走った。

 そのままA組の前を駆け抜けて行く二人を教室内から見て、利恵と雛子が目を丸くしている。

「利恵ちゃん、今のって琢磨君だよね?」

「何やってるのかな? 琢磨君が廊下を走るなんて、涼が女の子追いかけるのと同じくらい、あり得ない光景よね……」

「誰かに追いかけられてるみたいだったけど」

「追いかけてる相手が問題ね」

「チラっとしか見えなかったけど、美耶子さんじゃなかったかなぁ?」

「謎だわ……」

 それから休憩時間の間中、琢磨は走り続けた……。


 昼休みに入り、各生徒が食事の為の行動を開始する。

 弁当持参の者、食堂へ行く者様々だが、基本的に涼達三人は食堂組だ。

「涼、早く行かんと混んでしまうぞ」

「さ〜て、今日は何食うかな?」

「俺は、あんまり食欲が無い……」

 普段なら昼休み開始と同時に元気になる真一郎だが、今は席から立ち上がる姿にも全く力が無い。

 ガックリと肩を落としたその姿は、痛々しさまで感じさせる。

「何をそんなにグッタリしてんだよ、お前は」

「まだ今朝の事で落ち込んでいるのか? まあ、あまり気にするな。 美耶子さんも本心から言った訳ではあるまい」

「本心ですよ?」

 いつの間にか三人の背後に立っていた美耶子が、琢磨の腕を取りながら言った。

「美耶子さん、一体どうしたんです?」

「何がですか?」

「今日の美耶子さんは変ですよ。 何かあったんですか?」

「いいえ? わたしは至って普通ですよ? それより皆さん、よろしければ一緒にお食事しませんか? 今日は我が家の料理人に、皆さんの分も作らせたのです」

「へぇ〜、そりゃいいな。 真、旨い物でも食えば元気も出るだろ」

「俺は野生児か……」

「あ、ついでに高梨さんと佐伯さんにも、声をかけてみましょう」

「ついで?」

 何とも美耶子らしからぬ物言いに、涼も琢磨も不思議そうな顔をしている。

「さあさ、参りましょう」

 美耶子は琢磨の腕を引っ張りながら、先頭に立ってA組へと向かった。



「……要らない」

 利恵は嫌そうな顔をして言った。

「あら、どうしてです? とっても栄養があるのですよ?」

「それは知ってるけど、わたしは要らない……」

「食えばいいのに。 旨いぞ?」

「真君には美味しいんでしょうけど、わたしには合わないのっ!」

「わたしは、高梨さんの身体の事を思ってお勧めしているのに……」

 固辞する利恵を悲しげな目で見つめながら美耶子は言った。

「そ、それは有り難いんだけどさ、わたしどうしても苦手なのよ、それ」

「お前、そんなに苦手だったのか、バナナ」

 パクパクと料理を頬張りながら、涼が言った。

 今日の昼食は、トゥロン、広東バナナの揚げ餃子、バナナフライに焼きバナナ。

 デザートにはバナナパンケーキにチョコバナナと、バナナ料理のオンパレードなのだ。

 おまけにに飲み物に至っては、バナナミルクにバナナ紅茶と、完全にバナナ尽くしである。

 屋上の床面一杯に (と言うのはさすがに大袈裟だが) 広げられた敷物の上にあるのは、どこもかしこもバナナだらけだ。

 ちなみに、その全てをここへ運んで来たのは、右近、左近の両名である。

「ねえ、ヒナちゃん! 料理にバナナ使うなんて邪道だよね?」

「ふむふむ……トゥロンに使うなら、やっぱりサバ・バナナの方が合ってるね」

「ヒナちゃ〜ん……」

 雛子は相変わらず研究に余念が無い。

 その為、利恵の言葉など耳に入らないようだ。

「琢磨君、何とか言ってよぉ!」

「バナナを使った料理など初めてだが……これはこれで、なかなか美味しい物だな」

「……食べてるし」

「高梨さんも、食わず嫌いはいけません。 何でも食べないと大きくなれませんよ?」

「わたしは今のサイズで満足してるから」

「胸のサイズには、若干の不満がおありだと仰っていましたよね?」

「また古い話題を持ち出して来たわね……で、でも、バナナを食べたからって、胸が大きくなる訳じゃないしさ。 それに、食わず嫌いじゃないのよ? 一度食べたけど好きになれなかったんだから、無理に食べたら拒絶反応が……」

「好き嫌いは尚更良くありません! 右近、左近、高梨さんを押さえなさい」

 ズリズリと後退る利恵を、右近と左近が両サイドからシッカリと腕を掴んで押さえた。

 動けない利恵に向かって、美耶子はバナナ片手に迫って行く……。

「誰だって苦手な物の一つや二つはあるでしょ〜っ!?」

「では、頑張って克服しなければなりませんね。 はい、あ〜ん」

「助けてぇぇーっ!」




「ケホケホ……雅、何度ですか?」

 布団の中から、少ししゃがれた声で美耶子が訊ねた。

「三十八度二分。 やっぱり明日も休まないとダメよ、姉さん」

 体温計をケースに戻すと、雅は美耶子の汗を拭い、額に乗せてあったタオルを取り替えた。

 吸い呑みで水を含ませると、喉が痛むのだろう、美耶子は少し辛そうにしながらも、コクコクと飲んだ。

「はあ……節々が痛くて、辛いです……」

「熱があるからよ。 いい? ちゃんと明日も大人しく寝ててよ? 後の事はメイド長にお願いしておくから」

「心細いです……。 雅、明日は貴女もお休みして、傍にいて下さい……」

「子供じゃないんだから、風邪くらいで弱気にならないでよ」

「ああ……何て冷たい事を言う子なんでしょう……。 病気の姉を放っておくなんて、心が痛まないのでしょうか……」

 美耶子は、今にも 『よよよ』 と泣き出さんばかりに言った。

「付き合ってられないわ……もう少ししたらお医者さんも来てくれるからさ。 注射の一本も射ってもらえば、すぐに治るわよ」

 背後で美耶子が何か言っていたが、それには取り合わず、雅は後ろ手にドアを閉め、美耶子の部屋から出た。

 途端に、雅の顔が緩んだ。

「うぷぷ……これで明日も楽しめるわね〜」

「そんな事だろうと思ったわ……!」

 聞き覚えのある声に雅がハっとすると、何故かそこにはいつものメンバーが顔を揃えていた。

 しかも利恵を筆頭に、真一郎も琢磨も怒った顔をしている。

「り、利恵!? それにみんなも……な、何でここにいるの?」

「お見舞いに来てあげたのよ……あんたが風邪ひいて休んでるって聞いたからね!」

「あ……あははは、そ、そうなんだ〜! ありがとう……」

 雅はわざとらしく、コホコホと咳き込んで見せたりしたのだが……。

「もう具合はいいのかしらぁ〜? 雅ちゃん……?」

「も、もうすっかり! スッキリ!」

 自分で自分の行動を否定している事に気付いていない。

 完全にテンパっている証拠である。

「雅、もう全部バレてるって。 素直に謝っとけ」

 涼に言われて観念したのか、雅は力無く項垂れた。

「あ〜あ、こんな事なら誰も入れないように言っておくんだったわ」

「何よそれ……」

「そんなに怒んないでよ、可愛いイタズラじゃな〜い」

「あんたねぇ〜……全っ然反省してないわねっ!?」

 美耶子なのだと最初に思い込まされたせいで、利恵でさえ騙されてしまったのだから、先入観とは恐ろしい物だ。

 まあ、元々が一卵性双生児だし、見た目だけなら騙されても仕方ないだろう。

「でも残念だな〜、明日も楽しめると思ってたのにさ」

「雅ちゃん、それは無理だよ。 涼ちゃん、最初から雅ちゃんだって判ってたみたいだもん」

 雛子はクスクスと笑いながら言った。

「え? そうなの?」

「ちょっとよく見りゃ見分けは付く。 そう言ったろ?」

 入学してすぐ、誰も見分けられなかった二人を完璧に見分けたのは涼である。

 ましてや、もう親しくなって随分経つのだから、涼に見分けられない筈が無いのだ。

「ヒナちゃん、そろそろお見舞いの品を出してくれるかな?」

 利恵に言われて、雛子がバスケットから取り出したのは……。

「……タマゴ?」

「雅に精をつけてもらおうと思って、たくさん茹でて来たの〜」

「……要らない」

「おっと、逃がさないわよ雅! 真君! 琢磨君!」

 駆け出そうとする雅の両脇を、真一郎と琢磨が押さえた。

 そのままガッシリと腕を掴み、雅の動きを封じる。

「ちょ、ちょっとぉ! か弱い乙女に何するのよぉ!」

「食・べ・て」

 殻を剥かれ、ツルツルとした真っ白い物体が雅の口元へと運ばれて行く。

 勿論、それをしているのは楽しそうな顔をした利恵である

「ア、アタシ、ゆで卵はモソモソした食感が嫌……」

「食・べ・て」

「口の中が変な感じになるから嫌……」

「食・べ・て」

「ごめんなさい! 謝るから許してぇ!」

「ダ・メ」

「嫌ぁぁぁーっ!」


 翌日、体調が戻った美耶子の代わりに、雅が学校を休んだ……。

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