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真夏の夜の……(後編)

「ぬ……脱いじゃおっか?」

 雅がそう言ったと同時に、先程よりも大きな雷鳴が轟いた。

 途端に雅は耳を塞いで丸まってしまう。

「キャアァッ! もうヤダァッ!」

「そんなに雷って怖いか?」

「怖いよぉ! だって、あんなに光って、あんなに大きな音で……当ったら死んじゃうんだよっ!?」

 雅は耳を塞いだまま、情けない顔をして言った。

 普段の強気はどこへやら、今の雅はまるで子供のようである。

 そんな雅がおかしいのか、涼は楽しそうに笑いながら囲炉裏に薪をくべた。

「笑わなくてもいいじゃない……」

「ところで、さっき何か言ったか?」

「え? う……ううん、何も言わないよ?」

「そっか」

 雅の一世一代の勇気は、結局、雷によって邪魔されてしまった。

(おのれ雷めえぇ〜……! だからあんたは嫌いなのよ!)

 そこでまた雷鳴が轟き、雅は両手で固く耳を塞いだ。

 雅は益々雷が嫌いになった……。

「そうだ、さっきの話しだけどさ」

「……」

「……おい、雅」

「え? 何?」

 つんつんと肩を突付かれて、雅は涼の顔を見た。

 とは言っても、ギュッ! っと耳を押さえているので、涼が何か言っている事しか判らない。

「……耳から手ぇ放せよ」

 涼はジェスチャーで、雅に耳から手を放す様に伝えた。

 雷鳴を警戒しつつ、恐る恐る雅は耳から手を放す。

「な……何?」

 今にもまた雷が鳴るのではないかと、雅は不安そうにしている。

「さっき橋の手前で引き返しちまったろ? それで思ったんだけどさ、橋を渡り切らなかったカップルはどうなるんだ?」

「さ……さあ? その橋に来る人達は渡るのが目的だもん。 渡らなかった人の話しなんて聞いた事無いよ」

「そりゃそうだな……」

 雅が何を企んでいたのか、涼には大よその見当がついている。

 いくら悪戯好きな雅でも、普段なら怖がる雛子を無理矢理誘う筈が無い。

 となれば、大方肝試しに託けて、自分とくっ付こうとしていたのだろうと。

 まあ、さすがに橋の話しまでは判らなかったようだが。

「紗奈は不幸だったのかな? それとも……」

「……判んない。 でも、幸せじゃなかったよね」

「そうだな……」



「やまないね、雨……」

 激しく窓を叩く雨を見ながら利恵は言った。

 雷は鳴り止んでいるが、風は未だ強く吹き付けいて、まるで別荘全体を揺さぶっているようだ。

「これだけ大きい建物でも、こんなに揺れるんだね」

 雛子はココアを淹れて居間に入って来ると、ソファに腰掛けている真一郎に渡しながら言った。

「でかい建物だけに、風当たりがキツいんだよ、きっと」

「……笑って欲しい?」

「いえ、結構です……」

 上手い事を言ったつもりだったのだが、今の利恵にはお気に召さなかったようだ。

 ギャグがスベった真一郎は、大人しく雛子の淹れたココアを飲む事にした。

「はぁ〜……ゆったり……」

「寛いじゃって、まあ……」

「高梨も飲んで落ち着けよ」

「落ち着いてる場合じゃないっての……」

 利恵が不機嫌そうに言ったのと同時に、真一郎の携帯電話が鳴った。

「ヘイ、真一郎です。 あ、美耶子ちゃん? うん、こっちは別に大丈夫だよ」

『そうですか、それは良うございました。 琢磨様が心配なさっておいででしたので』

「あ、ただ……」

『何か?』

「雅ちゃんと涼が戻ってないんだ」

『戻って? ……どういう事です?』

 真一郎は、事の経緯を美耶子に説明した。




「……やまねえなあ、雨」

「……」

「雅、眠いのか?」

「うん、ちょっと……」

 服はもう殆ど乾いてしまっているし、囲炉裏の火で小屋の中も大分暖まっている。

 このまま眠ってしまっても風邪をひくような事は無いだろう。

「寝ちゃえよ、無理に起きてなくていいから」

「でも……」

「俺の事は気にしなくていいよ。 火を見ながら起きてるから、大丈夫だ」

「ゴメン……。 疲れてるのかな? アタシ……」

 濡れて、走って、あれだけ叫べば疲れもするだろう。

 そうでなくても、今日の雅ははしゃいでいたのだから。

 雅は暫く座ったままの姿勢でユラユラすると、そのまま涼に凭れるようにして眠ってしまった。

「こら、人に寄りかかって寝るなよ。 寝るならちゃんと横になれ……と言っても、板の間じゃそうもいかねえか」

 だが、雅は既にスースーと小さく寝息を立てていた。

「……しょうがねえなあ、ったく」

 涼はそっと雅の頭を抱えると、胡座をかいて自分の膝の上に置いた。

 自分や真一郎なら雑魚寝でもどうという事は無いが、お嬢様育ちの雅では、それは辛いだろう。

「足が痺れたら容赦無く降ろすからな」

 涼は再び囲炉裏に向き直ると、火掻を使って囲炉裏の火を直した。



「どうでした?」

 美耶子が電話を終えて病室へ戻って来ると、琢磨は心配そうにそう訊いた。

「雅と宇佐奈君が戻っていないそうです」

「戻って……と言うと?」

「肝試しの途中で雨に降られて、掃部関君達は別荘へ引き上げたそうなのですが……」

「そうですか……。 では、どこかで雨を凌いでいるんでしょう」

 しかし、美耶子は難しい顔をして考え込んでいる。

「どうかしましたか?」

「いえ……別荘の近くには、雨を凌げるような場所など無いのです。 それに、雅は携帯電話を置いて出ています」

「では、二人は……」

「私、今から探しに行って参ります」

 探しに行くと言っても、当然美耶子一人で行く訳では無い。

 先日の拉致の一件以来、美耶子には絶えずSPが付くようになった。

 雅の捜索も、そのSP達が行うのだ。

「解りました……気を付けて」

「はい」

 美耶子は出来るだけ静かに、そして急いで、琢磨の病室を後にした。



「ふわぁ〜あ……。 さすがに俺も眠いな」

 腕時計を見ると、もう時刻は午前二時を回っていた。

「と言っても、俺まで寝たんじゃ火が消えちまうし、何より点けっ放しじゃアブねえしな……」

 と、涼が再び火を直そうとした時……。

『良助さん……』

「……ん? 雅、何か言ったか?」

 涼が視線を落すと、雅は静かな寝息を立てて眠っている。

「気のせいか……」

『良助さん……』

 ゾクッ! っと涼の身体に悪寒が走った。

 と言うより、ヒンヤリとした冷気が涼を包んでいるようだ。

「な、何だ? この感じ……。 それに、この声……空耳なんかじゃねえぞっ!?」

『紗奈は嬉しいです、良助さん。 やっと帰って来てくれたんですね……。 これでもう、ずっと一緒に居られるんですね……』

(さな? 紗奈って確か、雅が言ってた橋の伝説の……)

 涼がそう思ったのと同時に、目の前の壁に白い物が渦を巻き始めた。

 さすがの涼も、これには腰が抜けそうになるほど驚いた。

「……おいおい、冗談じゃねえぞっ! 雅っ! 呑気に寝てる場合じゃねえっ! 起きろっ!」

 しかし、雅は全く起きる気配を見せない。

 それどころか、涼の膝に乗っている雅の頭が、まるで岩のように重くなって来る。

 涼が全力で立ち上がろうとしても、全然ビクともしない。

「くそっ! ……おい! 俺は良助じゃねえっ! 人違いだっ! 俺は宇佐奈涼ってんだからっ!」

 涼は、その白い渦に向かって、大声で怒鳴った。

『良助さん……また紗奈をいじめるんですか……?』

「だから! 俺は良助じゃねえっての!」

『どうして……どうしてそんなに紗奈に辛く当るんです……? 紗奈は、こんなにも良助さんを想っているのに……』

 白い渦はそう言って、すすり泣くような声を上げた。

 生きている人間相手なら慰めてもやりたくなるが、この状況ではそんな気分になれる訳もない。

「ちょ……ちょっと待ってくれよ! ホントに人違いなんだから……」

『嫌です……紗奈はずっと待っていたんです。 もう待つのは嫌……』

 逃げ出そうにも雅を置いていく訳にもいかないし、その雅が重しになっていて動ける状態でもない。

 やはりここは、この幽霊 (?) を説得する以外に、助かる術は無さそうである。

「そんな事言われてもなぁ……俺、ホントに良助じゃねえよ。 ほら良く見てみな? 顔が違うだろ?」

 そこにいる人に見せるかのように、涼は自分を指差して 『な? な?』 などとやっている。

 さすがに馬鹿げているようにも思えるが、現実に目の前で起こっている事を認識してしまえば、 こうせざるを得ないのである。

 だが……。

『いいえ……貴方の心は良助さんそのもの……。 私には解ります……だから、貴方は良助さんです……』

 相手には全く通じていないようである。

「俺の……心だあ?」

『貴方は想う人が在りながら、別の人を想っている……』

「何を言って……!」

『連れて行きます……あの時のように……。 今度こそは永久に添い遂げましょう……』


『涼……』

 紗奈は、涼の腕を渦の中へと引き込み始めた……。




涼……涼……!



「涼! しっかりしなさいっ!」

「おい、涼! 目ぇ開けろ、コラ!」

「ん……。 利恵……真!?」

 涼はガバッ! っと起き上がると、左右を見回した。

 暑い夏の陽の光が涼の顔を照らす……つまり、ここは外だという事だ。

 見ると、自分の周りには心配そうに自分を見下ろす、いつもの面々が……。

「……紗奈は? 紗奈はどうしたっ!?」

「はあ? 何言ってんだお前、寝惚けてんのか?」

「人に散々心配かけといて、女の夢見てるなんていい度胸じゃない……」

 呆れ顔の真一郎の隣りで、利恵は頬をピクピクさせている。

「夢……? そうだ、雅は!?」

「あっち」

 真一郎が指差す方に目を遣ると、仏頂面の雅が美耶子と一緒に立っていた。

「雅、無事だったか!」

「無事じゃなーい! まったく……酷い目に遭ったわ」

「紗奈に何かされたのか?」

「紗奈ぁ? 何言ってんのよ、宇佐奈君よ! 落雷で吹き飛ばされたの憶えてないの?」

 雅の話しによると、雨が降り出してすぐ、雨宿りをしていた木のすぐ近くに落雷があって、

 その衝撃で、涼は吹き飛ばされたと言うのだ。

 言われてみると、見るも無残な木が何本かある。

「も〜……怖いの我慢して、宇佐奈君が濡れないように岩の陰まで必死に引っ張ったんだからぁっ! お蔭でアタシが濡れるし、ドロで汚れるし……散々よ! おまけに全然目を覚ましてくれなくて、心配したんだからね!」

「岩って……小屋は?」

「そんなもんが都合良くある訳無いでしょ? 漫画じゃないんだから……」

 涼は段々頭が混乱して来た。

 雅を引っ張って小屋まで走って、囲炉裏に火を点けて、雅が眠って、紗奈に襲われて……?

「ちょ、ちょっと待て! 一体どこからが夢なんだ? 確か、橋を渡ろうとしてたところで雨が降って来て……」

「橋なんて無いわよ?」

「へ?」

 雅が指差す方を見ると、そこは断崖絶壁になっており、 『危険!』 の文字が踊る立て看板の傍にはロープが張ってあった。

「危ないからそっちに行っちゃダメって言ってるのに、宇佐奈君、ボ〜っとして歩いて行くんだもん」

「だって、橋を渡った先のお社に……」

「お社は崖の手前の右側。 ホントにどうしちゃったの?」

 しかし、橋は確かにあった筈……。

 涼は自分の顔をバシバシと叩き、考え込んだ。

「橋……そう言えば、ここには昔、橋があったそうです」

 不意に、美耶子が思い出したように言った。

「けれど、あまりにも心中事件が多かったのと、新しい橋が出来た為に取り壊されたとか……」

「心中?」

「ええ。 御爺様から聞いた話しでは、男女が一緒に渡ろうとすると、何故か揃って身を投げてしまうのだとか……」

「婆ちゃんも言ってたな……。 みんながみんなじゃないけど、やたらとそういうのが多かったって」


『連れて行きます……あの時のように……。 今度こそは永久に添い遂げましょう……』


 紗奈は、そう言っていた。

 そこで涼は、ふと思った。

 一本きりの橋……そこで出会えなかった二人……突然消えた娘……待ち続けた紗奈……。

 一つの考えが涼の頭の中でまとまった。

「紗奈は……良助を橋から突き落とした……のか?」


 そこには、こんな言い伝えがあるそうだ。


 紗奈の社は一緒に参れ、一緒に参るは夫婦の契り。

 女が一人は神隠し、男が一人は生きては還れぬ……。

 共に橋をば渡らんとせば、嵐起こりて黄泉の旅……。


「ところで、一体、今何時なんだ……?」

 腕時計を見ようとすると、涼の腕にはクッキリと細い指の跡がついていた……。

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