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真夏の夜の……(前編)

高校一年の夏、涼達が海へ行った時のお話です。

 どんよりと曇ったバカンス後半のある日。

 琢磨と美耶子は、何やら朝から顔を突き合わせている。

 勿論、琢磨と一緒なのだから、琢磨の入院している病室でである。

「よし、終わった」

「わたしも、これで終わりです」

 こんな静かな個室を提供されて、ただ寝ているだけでは勿体無いと、琢磨は夏休みの宿題を片付けていたのだ。

 この天気では海の人出も少なく、浜茶屋も開けられない為、見舞いに来ていた美耶子もそれに参加する事にした。

「しかし……俺の身の周りの物をどうやって持ち出したんです?」

 拉致同然 (と言うか、完全な拉致なのだが……) に海に連れて来られたというのに、着替えどころか祖父の形見の木刀や、夏休みの宿題まで……。

 琢磨は、ずっと疑問に思っていた事を訊ねた。

「それは至極簡単です。 琢磨様のお住まいのオーナーはわたしですもの、当然です」

 美耶子は、それがさも当たり前の事のように答えた。

「……はい?」

「マスター・キーはわたしが管理しておりますので、出入りは自由なんです」

「しかし、それは……いえ、何でもありません……」

 何も言うまい……。

 美耶子に悪気は 『全く』 無いのだ……。




「き……汚ねえっ! 汚ねえぞ、涼!」

 真一郎は、涼を指差して思い切り非難した。

「何が?」

「お前、宿題殆ど終わってるじゃねえかっ! どういう事だっ!?」

「ここに連れて来られる前に、ヒナに無理矢理やらされた」

「涼ちゃん、どうしてそんな嫌な言い方するのぉ……?」

 登内家別荘でも、この天気では海で遊ぶ訳にもいかず、それなら夏休みの宿題を片付けようという事になり、全員居間に集まっているのだが……。

「お前はいつだって俺の心の友でいるって約束したじゃねえかっ! それなのに……それなのにぃぃ〜!」

「俺だって好きでやった訳じゃねえ」

 言いながら、涼は雛子の顔をジっと見た。

 まあ、確かに雛子に脅されて無理矢理やらされたのは事実だ。

「だってぇ……ああでもしないと、やらないんだもん……」

「だいいち、何でこんなもんがここにあるんだ?」

 涼は利恵と雅を交互に見ながら言った。

 その目には、ありありと 『ふざけんな』 という感情が籠められている。

「お母様に言われたんだもん、遊び呆けさせないでって。 だから涼の部屋から持って来たの」

「そうそう」

 利恵が言うと、雅もそれに追従する形で相槌を打った。

「何が 『そうそう』 だ。 無断で俺の部屋に入りやがって……」

「無断じゃないよ? ちゃんと、お母様に許可とったもん」

「そうそう」

「俺の許可はとってないだろうが! まったく……おまけに、どっかで見たようなパンツだと思ってたら……」

 不思議に思っていたのだ。

 何故、こんなに自分の持っている服や下着と、そっくり同じような代えがあるのか。

 全部、涼の物を持って来ていたのだから、当たり前だったのである。

「早く気付くべきだった……」

「気付いたって、どうしようもないと思うんだけど?」

 眉間に皺を寄せている涼を見ながら、利恵はしれっと言ってのけた。

「やかましい! 気分の問題だっ!」

「アタシ、ドキドキしちゃった」

「そういう意味じゃねえっつーの……」

 無駄だ……こいつらには何を言っても無駄だ……。

 涼は頭を抱えたくなった。

 まあ、いつまでもそんな話をしていても仕方ない。

 既に宿題を終えている雛子をリーダーとして、一同は黙々と宿題に取り掛かった。

 当然の如く、雛子は一番最初にノルマを達成し、続いて利恵、雅と順調に宿題を終らせた。

 そして、そのまま二時間ほどが経過して……。

「終わり……っと」

「お疲れ様、涼ちゃん。 どう? あの時やっておいて良かったでしょ?」

「ああ。 やっぱ最初に少しでもやっとくと、あとが楽だな」

「ううう……まだ半分も終わらない……」

「ホレホレ! 頑張れ真の字!」

 あと宿題が終わっていないのは真一郎のみとなった。

 利恵にハッパをかけられつつ、何とか頑張っていた真一郎だったが……。

「雛子ちゃあ〜ん、ちょっとだけ見せて〜! やっぱ自力じゃ不可能だよ〜……」

「ダメだよ真君。 宿題は自力でやらなきゃ意味無いんだから」

「雛子ちゃんの意地悪……あ、そうだ! 琢磨の見舞いに行かなきゃ」

「こらこら、無粋な真似するんじゃないの。 そんな事考えてる暇があるなら、少しでも手を動かしなさい」

「……高梨のアホ」

 真一郎が言うと同時に、ベシ! っと利恵のツッコミが真一郎の頭に入った。

 ベテラン芸人コンビのような、見事なタイミングの突っ込みである。

「いててててっ! 傷口が開いたらどうすんだっ!」

「大方、見舞いに託けて宿題を見せてもらおうってハラでしょ?」

「イヤ〜ン……バレてた?」

「ギャグやる余裕があるなら宿題やりなさい!」

 痛む頭を気にしつつ、真一郎は再び宿題と向き合った。


「あ〜あ、もうすぐ夏休みも終わりかぁ……」

 涼達より一足早く宿題を終えた雅は、自室で足早に去って行く夏休みを惜しんでいた。

 本当は空いた時間を使ってゲームでもやろうと思ったのだが、部屋に入った途端に、何となくその気も失せてしまった。

「う〜ん……明後日には、もう帰らなきゃいけないのよね。 でも、まだ宇佐奈君にアタック出来てないしな〜……」

 ゴールデンウィークに引き続き、雅は何とか涼との仲を進展させようと考えを巡らせていた。

 しかしながら敵は手強い。

 既に涼の伴侶状態になっている利恵。

 完全無欠の幼馴染である雛子。

 そして、何より鈍感な涼本人……これが一番の強敵のようなものだ。

「ちょっとは気付いてくれてるのかなあ……アタシの気持ち……」

 机に突っ伏すと、雅は呟いた。

「アタシだって……好きなんだよ……」

 こうして静かに涼の事を考えると、今まで感じなかった切なさがこみ上げて来る。

 このまま大人しくしていたのでは、まず間違い無く、今までとは何も変わらない関係のままだろう。

 せっかくこうして海に来ているのだから、少しは大胆に行動してみてもいいのではないだろうか?

 現に美耶子は、琢磨に対して積極的にアピールしているではないか。

 その甲斐あってか、何となくいいムードになっているし……。

「よ〜っし、今夜よ……今夜、行動するのよ雅! 姉さんに負けていられないわっ!」

 雅は机の引き出しから紙とペンを取り出すと、何かを作り始めた……。



「肝試し?」

 夕食が終わると、雅は突然、肝試しをやろうと言い出した。

 まあ、雅が突然何かを思い立つのは初めてではないので、利恵としてはそれほど驚きもしなかったのだが……。

「面白そうじゃん、やろうぜ」

「えぇぇ〜……? わたし、やだなぁ……」

 ノリノリの真一郎とは対照的に、怖がりの雛子は心底イヤそうな顔をしている。

「肝試しねえ……。 わたしは構わないけど、どこでやるの? この辺に墓地なんてあったっけ?」

「やだよ利恵ちゃん、夜のお墓なんて! 前を通り過ぎるのだって怖いのに、中になんて入れないよぉっ!」

 雛子は既に泣きそうな顔になっている。

 そしてすぐ、助けを求めるように涼の顔を見た。

「ヒナがこんなに嫌がってるんじゃ、やめた方がいいかな?」

 涼としては別に肝試しをやる事自体に異議は無かったが、雛子を泣かせてまでやるつもりは無い。

 いくら何でも、それでは楽しめないだろう。

(ふ〜ん? 佐伯さんには甘いんだ……。 こういう 『女の子女の子』 してる子がいいのかな?)

 雅の心に 『涼は大人しい女の子が好き』 と一瞬メモされたが、それはすぐに消去された。

 もしそうなら、利恵と付き合う筈が無いのだから。

「大丈夫よ。  だいいち夜のお墓なんて、アタシだって嫌だもん」

「そんじゃ雅ちゃん、他にどこかいい場所でもあんの?」

 真一郎も涼と同様、雛子が嫌がる事はしない方針だ。

 だが、こういったイベント関係は好きなだけに、何とかしてやりたいとは思っているようだ。

「ふふ〜ん。 実は、ここからちょっと行った場所にね、素敵な伝説があるのよ」

「伝説って……?」

 雅の言葉に、今まで怖がっていた雛子が興味を示した。

(思った通り! 食いついて来たわね、佐伯さん)

 雛子のようなタイプは、この手の話に弱い。

 雅は、そう睨んでいたのだ。

 一人でも不参加者がいては、企画そのものがポシャってしまう可能性がある。

 特に雛子が危ないと踏んでいた雅は、対雛子用に、この話題を用意していたのだ。

 その狙いは見事的中した事になる。

「今ここで教えちゃうとつまんないから、それはあとで教えるわ」

「あ、でもさ、五人だぜ? ペアにならねえよ」

「それは大丈夫。 ちゃんとクジを作って来たから」

「な〜んか怪しいわねぇ……用意周到って感じじゃない?」

 利恵は胡散臭そうに、腕組みをしながら雅を見た。

 雅の言動や行動から、何か嫌な空気を感じ取ったのだろう。

(うっ! ……この子、何でこんなに勘がいいのよ!)

「や……や〜ねえ、利恵ったら! 姉さんと浦崎君がいないんだから、そんなのすぐに気付くじゃな〜い」

「それもそうか……。 で? クジって?」

 利恵が思いの外すんなり納得してくれた事にホっとして、雅は先を続けた。

「男性陣のどっちかにニ回行ってもらうのよ。 そうすれば、ちゃんとペアになれるでしょ?」

「あ……ね、ねえ! だったら、わたし留守番してるよ。 その方が話が早いでしょ? ね? ね?」

 雛子は、これ幸いと留守番を買って出たのだが……。

「いいのぉぉ〜? 佐伯さぁぁん……。 一人ぼっちで、ずぅぅぅ〜っと待っていられるぅぅぅ〜……?」

 首を斜めに曲げつつ、少し上目遣いになると、雅は声を低目に震わせながら言った。

 それも弱々しく、抑揚も無くだ。

「や……やだ、雅ちゃん! 何でそういう喋り方するのぉ!」

「気分をぉぉ〜……盛り上げよぉ〜……と思ってぇぇぇ〜……」

「行く! 一緒に行くから、もうやめてよぉっ!」

「はい、決まり〜! それじゃあ早速クジ引きしましょ!」

 雅は嬉しそうにクジを差し出した。



「んじゃあ、ちょっくら行ってくる」

「行って来ま〜っすぅ!」

 雅は嬉々として、涼の腕を取って歩き出した。

 まだ別荘の敷地内ではあるが、雰囲気充分に辺りは静まり返り、木々のざわめきがやけに大きく聞こえる。

「ちょっとぉっ! そんなにくっつかなくても歩けるでしょっ!」

「だぁってぇぇ〜……雅、怖いんだもぉん」

「……まだ別荘の敷地から出てないでしょうが」

「怖いものは怖いのぉぉぉ〜」

 そう言って、雅は更に涼にくっ付いた。

 それを見て、利恵は更に怒り出す。

 ……いつもの展開である。

「雅ぃぃぃ〜……!」

 しかし、いくら利恵が怒ろうとも、くじ引きで順番を決めたのだから仕方が無い。

「利恵の顔の方が怖〜い……。 さ、宇佐奈君、行こ」

 フフンと勝ち誇ったような顔をして、雅は涼を引っ張るようにしながらスタスタと歩き出し、二人の姿は、あっと言う間に雑木林の中に消えて行った。

「ガルルルルルル……!」

「どうどう。 落ち着け、高梨」

「わたしゃ馬かっ!」

「八つ当たりすんなよぉ……」

「何だかヒンヤリして来たね。 ……お天気、大丈夫かなぁ?」

 星ひとつ出ていない空を見上げて、雛子は不安そうに呟いた……。

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