Runaway
「ほら、立てる?」
ルルの目を覗き込んだのは自分とそれほど変わらない歳格好の少女だった。
差しのべられた手にルルは横たわったまま呆然と少女を見やる。
「…もう!ほらっ」
じれったくなったらしい少女がルルの手を取り、もう一方の手で背を支えて身を起させた。
ようやく正常になった角度にむしろ慣れなくて気持ちが悪い。
ぼんやりと周囲を見渡すとようやく自身の置かれた状況が分かった。
ルルを取り囲む岩肌はごつごつとしていて、そこをくり抜いた小さな空間にほの暗い明かりが灯されている。
洞窟のような場所を改造したらしいここはひげ面たちの拠点なのだろう。ルルのいる場所から細く続く通路は別の場所に繋がっているだろうが、見える範囲には薄闇があるだけだった。
どうやらここはルルのように捕らえた者を置いておくための小部屋なのだろうなと小さい頃に読んだ物語を思い起こしながらルルは思った。
「…え。ねえったら。……うー…、もしもーしっ!!」
「きゃっ!」
突然耳元で響いた声に小さな悲鳴が漏れた。直後に視界いっぱいに拗ねたような少女の顔が映る。
「もー!さっきから呼んでるでしょー」
「え、あ、ごめんなさい…」
とりあえずルルは謝る。こういうときは素直に迅速に謝罪すればいいと長い経験で知っている。
少女はうーと頬を膨らませて恨めしげにルルを見ていたが、すぐにまいっかと呟いた。
「けがもないみたいだし?この人たちの友達でもないよね」
少女の指す人物に思い至って血の気が引いた。そう言えばどうなったのだ、ひげ面たちは。この少女があまりに自分のペースで動くものだから今の今まで失念していた。
「…う…ぉ……」
ひっと息を飲む。
視界の隅で蠢いたのは黒い影。
「あー、死んでないよ、一応」
淡々と少女はルルを立たせた。微かに震えながら焦げたひげ面を凝視する彼女の肩をぽんと叩いて歩くよう促す。
ふと少女がルルの耳元で囁いた。
「こわい?わたしのこと」
「え…」
思わず聞き返そうとして少女を振り返るが、彼女は前を向いてルルを導くだけだった。
「行こうか」
ぽつりと呟いた少女に合わせ、ルルは黙って従った。
「何を、したの…?」
震えがだいぶ治まった頃、ルルは隣の少女に尋ねた。
―――――――正直なところ、あの一瞬の出来事がよく分からない。
あの時、下卑た色を目に宿した男たちに襲われかけたとき、頬の上を駆けたのは強かな炎だった。
「貴方は、火を使ったの…?」
「うん」
少女の進むままルルは付いていく。目の端には時たま、何人もの男がぐったりと倒れ伏しているのが見えた。
「どうして…」
「『魔女』だから」
おそるおそる問うルルに対して少女は拍子抜けするほど素直に答える。
「『魔女』…?」
「魔術を使う女。忌むべき者」
「え……」
「…貴方も、魔女?」
ぴたりと少女が止まった。
硬い響きを持った声にルルは立ち止まって少女を背中を見る。
「魔術って縁の無い人はすごく怖がるんだけど」
「だって、あれは『呪文』でしょう?」
「スペル…?」
初めて少女は怪訝そうにルルを見た。
「私の暮らしている国には当たり前にあるわ。使えない人もいるけど」
「国…」
「私も少しは使えるもの。今は…無理だけ…」
「駄目!!」
突如少女が声を荒げた。驚いて黙したルルの肩を少女が乱暴に掴む。
「魔術が使えるの!?」
「えっ、魔術というか…似たような…」
「だったらなんでこんなとこにいるの!早く出よう!」
「えと、あのっ」
「そうと決まったらっと……あー!でも待った。ちょっとだけ、ね」
そう言って少女は急に歩を早めた。ルルは慌てて薄暗い通路をずんずんと進む少女を追う。
「お、やっぱりあったー!」
少女の声が喜々としたものになる。ルルが追いつくと、そこはやはり小さな空間で少し明るい。
「あ…」
見ればそこには、宝石や装飾品、衣服や骨董品に金貨らしきものが積まれていた。
少女は目を輝かせて宝の山に手を伸ばす。
「と、取っちゃうの…?」
「とーぜん!その為にここまで来たんだから。ま、正直貴方はついでだったんだけどね、ごめん」
腰に固定された鞄の中に、少女は物色した宝をいくつか収めていく。
「生きていくにはお金が必要なんだよねー、特に魔女は」
ある程度強奪した所で少女は鞄を閉じる。そして満面の笑顔でルルに言った。
「さ、出よう」
少女の髪は明るい茶色だった。外の、夕焼けの中では腰まで伸びるその長い髪は金糸のように輝きを帯びている。
やはり洞窟であったひげ面の拠点を脱出し、森の開けた場所で夕陽を眺めていると、少女がおもむろに振り返った。
「そう言えば、自己紹介してなかったね。私はメリシィ。メリシィ・セーリャ」
「私は…ルル」
「初めまして、ルル。これからよろしくね」
「はじめまして……あの、これからって?」
「ルルって何だか世間知らず見たいなんだもん。せっかくの『魔女』仲間を失いたくはないなあって。だからしばらくは一緒にいてあげる」
「……」
その魔女ってなに?とは聞けなかった。
おもむろにメリシィが手を差し出す。
「じゃ、よろしく」
「…よろしく」
おずおずとルルも手を伸ばし、メリシィの手にがっちりと捕まってやや激しくぶんぶんされる。
正直何も分からない今、この少女も得体が知れない。
けれど、何も知らないこの場所で、ようやく頼りにできそうな存在に会えたことにルルは安堵した。
「…ねえ、メリシィ」
「なに?」
「ここは、どこなの?」
「…え?」
未だにルルは、状況がよく分からないまま出会いを果たしたのだった。