Look at me.
最近の感情は気だるい、つまらない、疲れたの繰り返し。
目を開けてから閉じるまでを三等分し、それらが順番に訪れる。
ユーキィン第一王女ルルーリア・イグサイス・アシュキーリ。
今日めでたくも成人の儀を迎える第一王子リドルシオの双子の片割れである。
同時に生を受け、同時に生まれた二人に上下などありはしない。しかし王家という特殊な家に生まれてしまった以上、リドルシオとルルーリアの間には明確な差が生まれた。
リド。
ルル。
無邪気に呼び合っていた頃は遠い。
王位継承者。やがてこの国を導く者。それがリド。
王子の妹。ただそれだけのルル。
この国においてルルの価値は微妙なものだった。
元々ルルは人前に出ることをあまり望まなかった。対してリドは明るく周囲を惹きつける魅力を持っていた。自然取り巻く人間の質は異なっていく。
縁談の話も上がり始め、やがて余所の国へと出て行く存在に重要性を見出されなかったというのもあるかもしれない。
同い年であるために彼女を後継者にと担ぎ出す者が現れることも心配された。ルルが年上でなかった為にそれが顕著でなかったことは幸いか。
―――――――いずれにせよ。
「喉が渇いたわ」
言った瞬間に差し出された液体は冷たい。
無言。
大して口も付けずに戻すとそれは消えた。
―――――――渇いている。
「手が汚れたの」
突き出しただけで優しい加減で拭われる。
―――――――虚しい?
「下がっていいわ」
離れる足音。うるさいはずがない。
彼らはこんなにも優秀で察しがいいのに。
―――――――何故心までは察してくれないのだろう。
その日はよく晴れた。
リドが迎える成人の儀。国中が祝福の意を彼に向ける。
朝から浮かれたようなゆるやかな何かがルルの日常にも流れ込み、珍しい空気にルルは戸惑った。
真昼の刻丁度に迎える儀に参列する為、早朝からルルは侍女に上から下まで整えられていた。
相変わらず会話はない。言葉すら忘れてしまいそうだ。
「ルルーリア様」
近衛の一人が跪いて後ろから告げる。
「リドルシオ殿下がお見えです」
―――――――リドが?
「すぐに参りますと伝えて。お待ちくださいと」
答えてから、半年近く片割れと会話をした覚えがないことに気付いた。
「や…あ…」
訪ねた側の方が緊張しているのはどういうことだろう。
第一声がやたらと掠れてリドは気まずそうに笑った。
「お久しぶりです、リドルシオ殿下。本日はおめでとうございます」
微笑んで告げる。片割れの一瞬の表情の強張りをルルは無視した。
リドの青い瞳が翳る。ルルとは違う美しい色。髪は同じ金色を持っていたが、ルルの瞳は血のように赤かった。
「しばらく会ってなかったから、その…元気かなって」
「ええ、健やかに。殿下こそ今日の日を迎えるまできっとお忙しかったでしょうに私のことなど…。お気遣いありがとうございます」
「……」
リドはぽかんとルルを見ていた。口が少し開いたままだから呆れているのか。自分でそれに気付いて素早く笑う。
「えっと、元気そうで良かった。はは。…じゃあっ、そろそろ行くよ」
苦労して言葉をさがすくらいなら最初からやらなければいい。
口には出さずにルルは微笑んで応えた。
「また…ね」
ぎこちなく笑ってリドは出て行った。
また、なんて。今日が終われば貴方はますます忙しくなる。もしかしたらもう会うこともないんじゃないだろうか。
片割れとの僅かな逢瀬だったというのに、ルルの頭の中はひどく冷静に事実を見つめていた。
歓声が彼を包んでいた。
今日の為に作られた神殿前の広間までリドは歩き、壇上の祭壇へ向かう。そこで祭司の言葉と祝福を受け、儀礼用の剣を受け取りそれを国民の前で掲げる。
これが成人の儀のあらましである。
ルルの場合は神殿での言葉だけで終わっていた。
広間の反対側、祭壇が見えるように作られた"観覧席"でルルは儀式の一部始終を見ている。
遠くからこちらへ歩みを進めるリドは国民の声に手を振って応える。その晴れやかな笑顔は見ていて気持ちの良いものだった。
―――――――ほらね。これが彼との違い。
見知らぬ不特定多数に笑うことなどルルにはできない。人見知りは幼い頃だけのものだったが、他人に対する不信感を拭うことは未だに苦手だった。
「―――――…」
ふっとルルはその思考を振り払う。この先もそれが求められることなんてないのだから考えるだけ無意味だ。
儀式は進み、祭典の為の華やかな行列を引き連れリドが広間に現れた。
本当に、陽の光が似合う。
―――――貴方がたは太陽と月のようにこの国を照らすのでしょうね。
そう言ったのは誰だっただろうか。
リドはまさしく太陽。対するルルは月どころか夜の闇そのものではないだろうか。
リドが祭司に拝礼し、言葉を受ける。そして祭司が剣を差し出した。
ユーキィンの宝剣、フレイア。燃え盛る炎を思わせる勇ましき造形は対をなす流麗なアキアと共に国の至宝である。
数年前にルルはあれに触れたことがある。かつて世界を飲み込もうとした闇に立ち向かう一行の為に、封じられた地の扉を開く鍵としてその力を解放した。長らく封印の為に守られていた二剣はその役目を終え、今はただの剣となってしまったようだった。
リドは恭しくそれを受け取り、腰に挿す。広間へと向き直り皆に示すように剣に手をかけた。
全てが、ルルでさえも息を飲む。
一瞬の間の後リドは剣を引き抜いた。
天へと向けられた切っ先。割れるような歓声が響く。
今、儀は成された。
ルルはようやく息をつく。一言だけ本心から呟いた。
「おめでとう、リド」
最後になるかもしれない片割れの姿を目に焼き付け、ルルは目を閉じた。
「――――――――――――――――――――――っ!!?」
ばっと開いた視界を埋め尽くしたのは光。眩しいほどの強さで目を焼かれそうになる。
その中に影が映った。
剣だ。刀身の影がかろうじて光を遮る。いや違う。
剣自身が輝いている。
「フレイア…?」
今しがた自分の目の前でリドの手元にあったはずのフレイアが目前にある。
どうして。なぜ。
混乱する頭でルルは手を伸ばす。とりあえずリドに返さなければ。きっと手元の剣が消えて困っているはず。だから。
おそるおそるフレイアに触れる。何もない。更に指先を伸ばして持ち手を強く握る。
「え―――――――」
驚く声もまともに発せない。
光に飲み込まれる感覚がした。
目も開けていられない。縋るようにフレイアを握りしめた。
"―――――――――――……よ"
「ん……」
誰かの声がする。
"―――――――友よ。"
この声をルルは知らない。なのになぜだろう。とても懐かしい。
"約束を、
今
果たそう……"
「だ…れ……」
真っ白な眩しさの中ルルは意識を手放した。