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第四話 恋しい羽毛布団と、冷たい朝ごはん

「…………うーん」


まだ外は薄暗い。

それでも分厚いカーテンの隙間からは柔らかな光が差しており、朝の到来を告げていた。


昨夜は疲れていたこともあり、ディナーをたらふくいただいたあとは、そのまま眠ってしまったけれど――。


「だめだわ、これ」


アメリアはベッドの上でむくりと起き上がった。

天蓋付きの立派なキングサイズのベッド。

ダイニングのセットも素晴らしかったが、このベッドの細工も見事だ。

ただ派手なだけの王都の高級家具なんかより、ずっと品があるし、造りもしっかりしている。

しかしーー。


「これはどうにかしなくちゃだわよ……」


寝具をつまみながら、眉をひそめた。


まず、シーツ。

パリッとノリの利いた清潔なシーツは大変心地いい……

夏ならば。


「なんで、この時期にリネンのシーツなわけ?」


厚手の毛布はおそらく羊毛なのだろうが、なんともゴワゴワとして、就寝中、どんなにくるまろうとしても体にフィットしてくれなかった。


「毛を刈られた羊さんも泣くわよ、これじゃ」


そして、かけ布団は重かった。ただひたすら重かった。


「田舎のおばあちゃんちの物置にあったな、こんな布団」


優しかった前世での祖母の面影が脳裏に浮かび、思わず微笑みそうになったアメリアだったが、はた、と我に帰る。


「人間にとって、睡眠は命なのよ!」


前世で、徹夜明けの社員のパフォーマンスがどれだけ落ちていたか、睡眠不足が女性秘書たちにどれだけ多くのダメージを与えていたかを、嫌というほど見てきた。

もちろん自分自身でも体験ずみだ。


ーーふむ、マットレスはしっかり硬めで、これはよし、と。


柔らかすぎるベッドは横になった瞬間は心地いいけれど、意外に熟睡できず、腰痛のもとであるのは、現代では常識だ。

まさに王都のベッドマットがそんなシロモノで、アメリアはこっそり、薄い木のボードをマットレスに挟み込んでいたのだ。


「ワタクシ、寝具に手間は惜しまないわよ」


アメリアはにっこり笑うと、ベッドから飛び降りた。



「お嬢様、本日の朝食はこちらです」


朝食の席に、クラースの姿はなかった。


「おはよう、アルフレッド。辺境伯さまは?」

「騎士団の朝訓練へ向かわれました」

「まあ、朝から」


ーー絵に描いたような勤勉さね。


アメリアは席につきながら、感心する。

そして、テーブルへと視線を向ければ、

黒パンのトースト。

添えられたバターとなにかの果実のジャム。

卵のスープ。ミルク。


いかにも北らしい素朴な朝食だった。

でもトーストは焼きたてだ。

バターをたっぷりのせて、パクッとかぶりつく。


「んーっ、おいしい!」


塩気の強いバターの脂がじゅわりと口内に広がる。

パンの素朴さを引き立てる豊潤なバター、これは絶品だわ、とアメリアは感動する。


「これはなんのジャムなのかしら」

「ブラックベリーです。お嬢様」


トーストのバターに重ねるように、アメリアはジャムもたっぷり塗りつけた。


ーーバターの塩気とジャムの甘さって、最高に合うのよね〜。前世ではカロリーが気になって滅多に食べなかったけど、アメリアはやせすぎだから問題なし、っと。


「あら?」


これまた威勢よくトーストにかぶりついたアメリアの口の動きがはた、と止まった。


「う……」

「お。お嬢様、どうされましたか!?」


横に控えていた従僕が慌てて声をかけてくる。


「あ、あま……」

「は? アマ……」


「あまーーーーーーい!!」


「は? そ、それはジャムでございますから」


ブラックベリーのジャムは脳天を突き抜けるような激甘ぶりだった。

ベリーの酸味や香りはいったいどこへ……。


「こちらのジャムは秘蔵の砂糖をたっぷり使った最高級品でございます」


ジャムの甘さにアメリアが感激しているのだろう、と誤解したのか、従僕は軽くドヤ顔である。


ーーそうか、寒い地方では甘いものは貴重なのね。

これだけ甘ければさぞかし保存もきくだろうし。

それにしてもこれは体に悪いレベルの甘さだわ。


「そうなのね、ありがとう」


幸いにも濃く淹れてくれた紅茶で、アメリアは口の中の甘さを喉へと流し込んだ。


ーーこれだけ立派なブラックベリー、砂糖の代わりに蜂蜜とレモンで軽く煮詰めたら、さぞかしおいしいだろうなあ。昨日の貝といい、バターといい、この領地、素材はめちゃくちゃ強いのよね。


いやいや、何事もいっぺんに手をつけようとしてはダメダメ、アメリアは自分に言い聞かせつつも、心のミッションメモに追加で「ジャム」と書き込んだ。


クラースはたぶん、“生き延びること”を最優先にしている。

だから贅沢を削る。

でも贅沢をしなくたって、改善できることはたくさんあるのだ。



「訓練場、ですか?」


朝食後、アメリアの申し出にアルフレッドが目を瞬かせる。


「ええ。この国が誇るヴァルグレイ騎士団の訓練風景、ぜひ見てみたいの」

「もちろん、よろしいですが……女性が見ても楽しいものかどうか」

「そんなの、見てみなくちゃわからないわ」


ナタリーに厚手の外套を持って来させ、アメリアはいそいそと訓練場へ向かう支度を始める。


(いやはや、このお嬢様はなんとも変わったお方だ)

アルフレッドはまたもやうっかり長考タイムに入りかけたところを、アメリアにけしかけられ、自らもコートを羽織り、訓練場へと案内するのだった。



北風が吹きすさぶ、城内中庭の訓練場では、怒号が響いていた。


「遅い!!」

「盾を下げるな!!」

「次!!」


騎士たちは雪を蹴り上げながら、延々と剣を振っている。


「すご……」

アメリアは思わず感嘆した。


強い。

動きに無駄がない。体幹が鍛えられているのだろう。


けれど。


ーーもう少し、マッチョになれるのでは。


騎士たちはみな、よくいえば細マッチョ、いや、騎士としては少々貧弱にも見える。

ヌルい王都の騎士団員に比べれば、断然こちらのほうがカッコいいけど、もう少し筋肉がつけばスタミナもアップするし、剣の威力も増すだろう、とアメリアは思う。


訓練場の中央にはクラースがいた。

漆黒の騎士団服を翻しながら、自ら剣を振るうその姿は圧倒的存在だった。

誰より速く、誰より重く、誰より容赦がない。


「さすが、北の黒豹……」

アメリアは小さく呟く。

すると近くの若い騎士が苦笑した。


「辺境伯さまは化け物ですから」

「あら、それはいい意味で?」

「もちろんです!」

「ああなりたい?」

「今は……ついていくので精一杯ですが」


鳶色の髪をした人のよさそうな若い騎士は、そういうと小走りで訓練に戻っていった。


ようやく休憩の鐘が響く。

騎士たちは一斉に中庭のすみに建てられた小さな建物に入っていった。


ーーあれが休憩所なのね。


アメリアも建物に近づき、こっそりと中を覗き込む。


ーーえ? これが朝食?


ただの黒パン。

冷たいハム。

キャベツの塩漬け

以上。


「ねえ、これがあなたたちの朝ごはんなの?」

「はい、そうですが?」

思わず、さきほどの若い騎士にたずねると、キョトンした表情で返事が帰ってきた。

アメリアは静かに首を横に振った。


「違うわ」

「は?」

「朝食は1日の始まり、1日の要なのよ」

「はあ……毎朝、ありがたくいただいております」

「これ、全部冷たいものじゃないの。あのね、温かい食事はね、人を元気にするの……身体だけじゃなく、心も」


我が主人の妻となるこの女性はいったい何を言い始めたのだろう……騎士たちは顔を見合わせる。


「失礼します、お嬢様」


振り返ると、屈強な大男が背後に立ちはだかっていた。


「ひっ」

「驚かせてすみません。騎士団長のマクレーンと申します」

「は、はい、団長」

「我々の食事はこんなもので十分です。これでも領地民よりいいものを食べているのです」


威圧するかのような低い声は、その姿とともに、戦場ではさぞ迫力があることだろう。


「……ああ、王都の騎士団は、朝から焼きたてのステーキでも食べているのかもしれませんが」


そういうとマクレーンはどかっと席につき、冷えたパンと肉をガツガツと食べ始めた。


ーーこれって、嫌味? やっぱ嫌味よね。


さて、なんて答えようか、とアメリアが考えあぐねていると

「何をしている」

さらに低い声が響いた。


いつの間にかクラースが立っていた。

汗を湯気のように立ちのぼらせながら、金色の瞳でアメリアを射抜く。


「辺境伯さま。あとでお話するお時間をくださいませ」

アメリアはにっこり笑った。


その笑みは、前世どころか、王都の社交界でも数々の無理難題を解決してきた、敏腕シゴデキ秘書のものだった。


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