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最終回:正しい推し活の、その先へ

 私は夫に追い詰められながら、一つの大きな矛盾に突き当たっていた。

 彼を推しとして神格化すればするほど、彼の人間的な温もりや、私に向けてくれる“弱さ”から目を背けることになる。


 二十年前の略奪劇。

 あれは彼を手に入れるためだったのか。

 それとも、理想の中に閉じ込めるためだったのか。


「……セリア。君は、私の何を『推して』いるんだ?」


 壁に私を追い詰めたギルバートが、ふと、ファンサ用の笑顔を消した。

 そこにあるのは完璧な騎士の顔ではない。

 妻の奇行に少しだけ傷つき、戸惑う――一人の男の顔だった。


「……完璧な私か? 強い私か? それとも団扇に書いた『理想の騎士』か?」

「それは……」

「君が私を推しと呼び、距離を置くたび、私は自分が“動く肖像画”になった気分になる。……私が欲しいのは賞賛じゃない。君の体温だ」


 心臓が、今日一番の音を立てて跳ねた。


 ――ああ、そうか。

 私は彼が「かっこいい」から好きだったんじゃない。

 かっこ悪いところも、執着の強さも、私にだけ見せる余裕のない顔も――全部ひっくるめて“生身の彼”が欲しかったから、あんな無茶な略奪まで仕掛けたのだ。


 それを“推し活”という便利な言葉で包んでいたのは、私の照れ隠しで、臆病さだった。


 私は団扇を床に落とし、彼の頬を両手で包み込んだ。


「……ギル様。いいえ、ギル」

「…………」

「ごめんなさい。私、間違えていました。正しい推し活なんて、この家には必要ありませんでしたわ」


 背伸びして、耳元に囁く。


「推しは遠くで輝く星。でもあなたは、私の腕の中で燃える太陽でなきゃいけない。……私、もうファンは辞めます。今日から、ただの『可愛げのない、強欲な妻』に戻りますわ」


 ギルバートの瞳が驚きに揺れ、やがて極上の歓喜に染まっていく。

 彼は私を強く抱きしめ、深く息を重ねた。


 ――翌朝。

 公爵邸の食卓には、並んで座り、見ているこちらが恥ずかしくなるほど密着して食事を摂る公爵夫妻の姿があった。


「母上。結局、ファンはやめたんですか?」

 呆れ顔のリチャードが尋ねると、私は極上の笑顔で答えた。


「ええ。推すのはもうおしまい。これからは二人で一緒に“狂う”ことにしたの」


「……父上、母上がさらに悪化しました」

「いいんだ、リチャード。これが私たちにとっての、唯一の正解なんだから」


 ギルバートは私の手に指を絡め、幸せそうに微笑む。


 正しい推し活。

 それは、愛でる対象を理想に閉じ込めることではない。

 その人の“生”のすべてを、隣で受け止めること。


 たとえそれが、二十年前の略奪から始まった悪手だったとしても。

 私たちにとっては、これが最高の神展開だったのだから。


【正しい推し活 ―完―】

ここまでお付き合いいただきありがとうございました!

セレナとギル(+リチャード)の「正しい推し活」はこれにて完結です。面白かったら★評価・ブクマで応援いただけると次作の励みになります。次は同系統の短編ギャグも予定しています。

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