第6話:義務としての推し活、あるいは狂気の帰還
階段で記憶のパズルが完成した私の結論はこうだ。
――私は欲望のままに推し(夫)を略奪した。
それはつまり、推しを「私物化」するという、オタクとして最も恥ずべき行為に手を染めたということだ。
「……悪手だわ。なんて不届きなことをしてしまったの、二十年前の私!」
翌朝。私は隣で眠る夫の顔を見つめ、深い自責の念に駆られていた。
推しは神殿の奥に鎮座しているからこそ尊い。なのに私は、その神殿を自宅の寝室に増築してしまったのだ。
「……やり直さなきゃ。今日から私は欲望を排した“正しい推し活”に立ち返るのよ」
私はメイドを呼んで命じた。
「今日から旦那様と同じ食卓を囲むのは禁止。私は給仕として後ろに控え、四十五度の角度から観測します」
「……はい? 奥様、何を……」
さらに寝室のクローゼット奥に、観測所(という名の隙間)を自作した。
「セリア? 朝食に君がいないと聞いたが、どこだ?」
部屋に入ってきたギルバート。私は隙間から双眼鏡(魔道具)を構え、震える手でメモを取る。
(午前八時。寝起きのギル、髪のハネ具合……百二十点。首筋の血管の浮き……国宝級。尊い。だが私は嫁じゃない。ただの最前列の壁……!)
「セリア。そこにいるのは分かっている。……何の冗談だ」
次の瞬間、ギルバートが魔力でクローゼットを強引に“開放”した。
私は団扇で顔を隠し、必死に叫ぶ。
「来ないで! 私は今、汚れなき一ファンとしてあなたの美学を記録している最中です! 公私混同は推しの品格を下げる行為です!」
「……昨日まで私に抱きついて“全部計算だった”と告白していた女と同一人物か?」
呆れた声。
けれどその瞳には、かつて私が一目惚れした時と同じ“狩猟者の熱”が宿っていた。
「いいか、セレナ。君が私を推しと呼びたいなら好きにしろ。だが――ファンサービスを拒否するファンがどこにいる?」
「……え?」
夫は私を壁へ追い込み、逃げ道を塞ぐ。
「君が観測するというなら、私は君に最も濃厚なファンサを届ける義務が生じる。……違うか?」
「ひ、卑怯だわ! 推しの特権を利用して嫁(私)を堕としにかかるなんて……!」
「……さあ、セレナ。推しに抱かれるのは、ファンとして光栄だろう?」
――義務としての推し活。
それは私の理性を砕くための、夫からの残酷な“ご褒美”だった。
推しが本気でファンを仕留めに来る世界線。
それは、どんな略奪計画よりも、抗い難い甘い地獄だったのである。
――「正しい推し活」を始めたはずなのに、なぜか推し(夫)の方が本気で私を“捕まえに”来た。
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