第5話:階段の記憶、あるいは肉食オタクの謀略
成人祝いの二次パーティー。
私は嫉妬で煮えたぎる夫から逃れるように、バルコニー近くの階段にいた。
そこで不運にも、痴話喧嘩中の若いカップルに巻き込まれ――足を踏み外す。
「きゃああっ!?」
スローモーションのように世界が回り、私は階段を転げ落ちる。
一段、また一段。衝撃のたびに、私の脳内で“正しい推し活”の皮を被った恐ろしい執念が、音を立てて蘇っていった。
【一段目:団扇の罠】
(……思い出した……!)
十八歳の私。わざとギルバート様の動線に、糊付けの甘い応援団扇を落とした。
「誰のかしら?」と白々しく演じ、彼が困惑する顔を物陰から観測して――悦に入っていた。
【二段目:皇太子への毒出し】
(……これも私だわ!)
遊び人の皇太子の女癖を匂わせる匿名文書をばらまき、勝手に婚約話が崩れるよう仕向けた。
「可哀想な私」の顔で泣き、ギルバート様の正義感を煽った。
【三段目:略奪婚のコンサルタント】
(……止まらない……!)
硬派すぎて手が出せないギルバート様に「怖いんです」と嘘泣きで相談し、騎士道精神に火をつけた。
彼が「私が君を守る!」と叫ぶように誘導したのは、他でもない私のプレゼン能力だった。
【着地:肉食オタクの帰還】
「――セレナ!」
踊り場で私を受け止めたのは、必死の形相で駆けつけたギルバートだった。
「大丈夫か!? どこか打っていないか?」
「……ギル……私、全部思い出しました」
記憶は完全に、高画質で戻っていた。
私は“推しを愛でるだけのファン”などではなかった。
私は――推しを囲い込み、生涯独占するために、国家規模の略奪劇を演出した“超重量級の肉食策士”だったのである。
(……悪手どころじゃない。推し活じゃなくて、推しを狩りに行ってたじゃないの……!)
「……私、あなたのこと、一秒も純粋に応援なんてしてませんでした。全部、あなたを私のものにするための計算です」
告白すると、ギルバートは一瞬だけ目を見開き――そして不敵に笑った。
「……知っていたよ、そんなこと」
「え?」
「君の団扇の裏に、なぜか“婚姻届の控え”が隠してあったのを見つけた日から、私は確信していた。君が私を手に入れたんじゃない。……私が君に、狩られたのだとな」
私は、記憶を失う前も失った後も、この「推し」という名の檻に自ら志願して閉じ込められた――最強の共犯者だったのである。
――だが本当に恐ろしいのは夫ではない。記憶が戻った私自身だった。
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