第4話:ファンサの致死量――推しは本気で私を落としに来る
“推しメン決定戦”は、息子リチャードの「やってられるか」という賢明な撤退で幕を閉じた。
勝ち誇った顔で戻ってきたのは、額に汗を浮かべ、シャツの襟元をこれ見よがしに寛げた夫――ギルバートである。
「セレナ。リチャードはまだ青い。推しにするなら、もっと円熟した――そう、私のような男にすべきだ」
「……ギル。シャツのボタン閉めて。破壊力が強すぎて視神経が焼き切れる」
私は団扇で顔を隠し、後ずさる。
だが夫は、逃がしてくれなかった。
団扇をひょいと取り上げ、机に放り投げる。
そして、私の両手を壁へ――縫い付ける。
――出た。壁ドン。
十八歳の私が双眼鏡越しに夢見ていた、伝説のモーション。
「……君の記憶が十八歳で止まっているのなら、もう一度最初から、私に堕ちればいいだけの話だ」
「ひっ……ファンサが過剰です!」
「ファンサ? いや、これは『夫の権利』だ」
ギルバートは、甘く、熱く、独占欲に満ちた表情で私を覗き込む。
「覚えているか。君は私が他の令嬢と一言交わしただけで、庭の隅で『尊い……でも死ぬ……』と呻いていた」
「やめて! 黒歴史の公開処刑!」
「私はそれを見て決めた。君の視界から、私以外の男を排除すると」
……え。待って。
それ、推しがファンに言う台詞じゃない。完全に攻略対象の台詞だ。
「君は『応援している』と言いながら、実際には私の人生を丸ごと買い占めた。ならば私も、君の時間を一秒残らず買い占めるのが礼だろう?」
夫が、私の指先にそっと唇を落とす。
それは誓いのようで、逃げ道を焼き払う宣言のようだった。
「……さあ。リチャードではなく、私を見ろ。私に貢げ。君の視線もため息も、団扇を振るその腕も――全部、私のものだ」
伝説のファンサ。
それは安全圏にいた私を、強引に「女」として引きずり下ろすための、最強の告白だった。
(……悪手だわ。推しが本気で口説きに来るなんて……応援する暇がないじゃないの……!)
目の前のイケオジは、私が陥落するのを確信したように、傲慢で美しい笑みを浮かべていた。
――致死量のファンサの前で、私の理性は時間の問題だった。
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