第3話:開かずの間と、禁断の三世代推し活
成人祝いの夜会から命からがら逃げ出した私は、公爵邸の片隅にある「開かずの間」に転がり込んだ。
記憶はないが、本能がここへ導いたのだ。
埃をかぶった戸棚の奥。そこには二十数年前の私が魂を込めて作った――伝説の聖遺物が眠っていた。
「……あった。私の、ギル様応援団扇……!」
表は金文字で『爆速騎乗』。裏は『指差し確定』。
当時の私が、騎士団演習でのギルバート様を鼓舞するために作った、愛と執念の結晶。
しかし背後から、冷ややかで、それでいて熱を孕んだ声がした。
「懐かしいな。……君がこれを振って応援してくれたおかげで、私は頂点に立てたと言っても過言ではない」
「……ぎゃああああ!?」
振り返ると、ドアの隙間に体をねじ込んだ夫がいた。
「見ないで! 記憶喪失の私には刺激が強すぎる! これ、今の私が見ても正気じゃないわ!」
「何を言う。結婚後も君はこれを眺め、私の肖像画に毎晩話しかけていただろう。……おかげで私は『君にふさわしい男』でいようと、この胸板を鍛え続けているんだ」
夫はシャツの襟元を、これ見よがしに緩める。
ダメ。この男、自分の「顔の良さ」と「需要」を理解している。
推しが自分のために自分磨きをする――それはオタクにとって至上の喜び。
だが「だから今夜も期待していいぞ」という眼差しで迫られるのは、完全に想定外だ。
翌日。
夫の“過剰なファンサ(という名のスキンシップ)”から逃れるため、私は息子リチャードの部屋へ駆け込んだ。
「リチャード! お願い、あなたに貢がせて!」
「……母上。急に部屋に押し入ってきて、何を仰っているんですか」
本を読むリチャード。窓からの光に照らされた横顔。
……あ。これ、双眼鏡越しに見ていたギルバート様の“奇跡の角度”だ。
「いい? あなたは今日から私の推しよ。父上は供給が過多すぎて死ぬけど、あなたならほどよい距離感で愛でられるわ。これ、こっそり貯めてたお小遣い。好きな武器でも馬でも買いなさい!」
「……父上にバレたら、私の訓練メニューが三倍になりますよ」
「バレなければいいのよ! 新しい団扇も作るわ! 表は『合法の息子』、裏は『遺伝子に感謝』で――」
その時。扉が、すさまじい風圧とともに開いた。
額に青筋。なのに顔面だけは絶世。夫が立っている。
「……セレナ。今、リチャードに『貢ぐ』と言ったか?」
「ひっ……ギ、ギル……」
「いいだろう。リチャード、庭へ出ろ。成人祝いだ。父として、どちらが推されるにふさわしいか――指導してやる」
「……母上。言わんこっちゃない」
庭で始まった、“公爵家・推しメン決定戦”。
火花を散らすイケオジと美青年。
メイドたちは「眼福ですわ……」と手を合わせ、私は頭を抱える。
「悪手だわ……! 推し活の基本は一途なのに、親子で推し変しかけた報いね……!」
推しと結婚した末路は、推し同士が目の前で張り合うという、前代未聞の修羅場だったのである。
――そして私は禁じ手に気づく。推しを二人見つけた時、人は“推し変”ではなく“修羅場”を生む。
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