第1話:推し活の果ては、まさかの「嫁」
推しは、遠くから眺めるからこそ尊い。
推しは、その存在に感謝し、一方的に貢ぐ(応援する)からこそ美しい。
それが私――セレナ・ヴァニリア(愛称セリア)の、鋼鉄の掟だったはずである。
「大丈夫か? セリア」
……え、待って。
この声、鼓膜に響く低音の振動が最高に心地いいんだけど。
ゆっくり目を開けると、そこには私がかつて「将来こういうイケオジになったら人生が救われる」と妄想した理想を、そのまま立体化したような男性がいた。
たくましい胸板。整った髭。慈しむような深い眼差し。
(……ヤバい。かなりのイケオジだ。……って、ここどこ!?)
天井には巨大なシャンデリア。周囲には着飾った貴族たち。
私の記憶では、自室で「推しの名前入り団扇」の内職(糊付け)をしていたはず。糊の匂いにやられて気持ち悪くなったのは覚えている。
それが、気づけば見知らぬイケオジの腕の中って、どういうバグ!?
「リチャードの成人祝いの準備で、昨日まで無理をしたからだ。座って休みなさい」
イケオジが指差す先。
そこには金色の髪をなびかせ、令嬢たちに囲まれて苦笑いしている一人の青年がいた。
(……ギ、ギルバート様……!?)
私の推し。騎士団のエリートで硬派。
遊び人の皇太子という最悪の婚約者候補に絡め取られていた私にとって、唯一の心のオアシスだった「若かりし頃のギルバート様」が、そこにいる!
「あ、ありがとうございます! 私、ギルバート様を至近距離で愛でてきます!」
私はイケオジの腕をすり抜け、いざ推しのもとへ出撃――しようとした瞬間、腰を力強く抱き寄せられた。
「おいおい。もうリチャードも成人だ。親がいつまでも付き添う必要はないだろう」
「……親? ……え、でも、あの至高の造形美を近くで拝まないと……」
「ギルバートは私だろ、セリア。あいつは息子のリチャードだ」
…………はぃ?
イケオジが耳まで真っ赤にしながら、私の腰をさらにぎゅっと抱きしめる。
「……悪手だわ」
私は悟った。
私はどうやら――いつの間にか推しと結婚し、推しにそっくりな息子を産み、推し(夫)から重すぎる愛を向けられている「公爵夫人」になってしまっているらしい。
推しは、崇めるものであって、抱かれるものではないのに!
――私は知らなかった。推しは遠くから眺めるものだが、推しの方が距離を詰めてくることがあると。
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