第49話 儀式の生贄
オルフェウスは、気を失った凜華の身体を抱きかかえていた。世界はすでに彼の手中に落ちた。だが、彼の野望はまだ完成していない。
いくら神に近い存在となったとはいえ、彼の魂にはまだ“人間としての寿命”という枷が残っている。その限界を乗り越え、永遠の命を得るため――オルフェウスには、どうしても儀式が必要だった。
儀式の条件は二つ。
一つは、オルフェウスの血を継いでいること。
そしてもう一つは、特定の人物に対する強い想いと、繊細な弱さを内包していること。
凜華はそのどちらも満たしていた。
誰かを深く大切に想いながら、同時に「見捨てられるのではないか」という不安を常に抱えていた。その心の構造が、オルフェウスにとっては儀式に最適な“器”だった。
彼は凜華を十字架にかけると、迷いもなく儀式の準備を始めた。
その光景を見た私と遥は、思わず声を上げる。
「オルフェウスさん、何をしているんですか!」
「私は、不老不死の力を手に入れる。そのための儀式だ。……可哀そうだがね。」
「凜華に何をするつもりですか?」
「彼女の心から“大切な記憶”を取り除き、集めた美しい魂を私が受け取る。そして儀式が終われば……彼女は永遠の眠りにつく。」
遥は震える声を押し殺して叫んだ。
「そんなの駄目です! オルフェウスさん、分かってるんですか? あなたは、自分の娘を殺そうとしているんですよ!」
その瞬間、凜華がうっすらと目を開けた。
オルフェウスは淡々と、しかし容赦なく儀式を開始する。
◇ ◇ ◇
まず消されたのは、幼少期の記憶。
家族と遊んだ日々、過ごしたあたたかな時間が一つずつ霧散していく。
だが凜華は、ほとんど反応を見せなかった。幼い頃の記憶は曖昧なものだからだ。
次に、友人たちの記憶へと、オルフェウスの手は伸びた。
凜華、遥、そしてクラスメイト――。
その瞬間、凜華の瞳が大きく揺れる。
「ひかり……遥……? あれ……誰? 私……大切な人がいたはずなのに……名前……なんで思い出せないの……?」
混乱しながら、それでも彼女は必死に心の奥底へ手を伸ばそうとしていた。
――浩平の名前だけは、絶対に忘れたくない。
朦朧とする意識の中で、彼女はその一点だけを強く抱き締めた。
私と遥は、彼女へ駆け寄ろうとする。しかしオルフェウスが鋭く制止した。
「近づくな。儀式が失敗する。」
それでも足が止まるはずもない私たちは、構わず前へ進んだ。
「……小賢しい。」
オルフェウスの腕が軽く動き、黒い煙が放たれる。その動きを見た遥は咄嗟に私を突き飛ばし、凜華の方へ倒れ込む私を庇った。
黒煙を正面から浴びた遥は、そのまま洗脳状態に陥り、オルフェウスの意のままに操られていく。
倒れている私にも黒い煙が降りかかり、視界が急速に暗く沈んでいった。
その様子を、遠くからノクティスが見守っていた。
「デウス様……本当に手を下さなくてよろしいのですか?」
「……もう少し見守りましょう。私は、人間の力を信じています。
シャインブレイブに託した変身アイテム――あれはただの補助に過ぎない。本来、人間はもっと素晴らしい力を持っている。だから、信じるのです。彼らの可能性を。」
その間にも、オルフェウスは凜華の記憶をさらに削り取っていく。
浩平との思い出が、一つ……また一つと、静かに消えていった。
◇ ◇ ◇
【次話予告】
華奢な少女の目から、ひと筋の涙がこぼれ落ちる。
最後の力を振り絞り、彼女は拘束を破り捨てる。そして凜華は、倒れていた私の手を強く掴んだ。
その温もりに触れた瞬間、私は思い出す。――私は生きている“人間”だったのだ、と。
私の記憶が戻ると同時に、凜華の心にも忘れかけていた大切な想いが灯り始める。
彼女の存在が、人類に最後の希望の灯をもたらそうとしていた。
第50話 目覚めの涙
――どうか、見届けて。
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