第47話 人類の最後の砦
私と遥のコンパクトを破壊し終えたオルフェウスは、残滓のように黒い煙を揺らしながらゆっくりと腕を下ろした。まるで勝利を確信しきった覇者のような足取りで、周囲を一瞥する。その眼差しは氷のように冷たく、世界全てがすでに自分の手の中にあると信じて疑わない者のものだった。
そして――次に向かったのは、意外にも鈴木祐介の元だった。
瓦礫と粉塵が舞う中、鈴木は一歩も退かずに立っていた。背後では炎がゆらめき、光と影が揺れながら彼の横顔を照らす。その姿は、たった一人で世界を支えているかのような孤高の静けさを纏っていた。
彼はオルフェウスを正面から捉え、迷いのない動作で銃を構える。
「鈴木祐介。君は確か、警視庁の人間だったな」
オルフェウスは近づくにつれ、まるで興味深い標本でも見るような目で鈴木の情報を淡々と読み上げていく。
「シャインブレイブの能力を模倣し、自らバトルスーツを作り上げた男。学生時代は勉強も運動も常にトップクラス。できないことなど何一つない天才。血液型はA型、32歳、生年月日10月21日。冷静で合理的、判断力も高い……欠点があるとすれば、できない人間の気持ちが理解できないという点か。」
鈴木は顔色一つ変えず、ただオルフェウスを真正面から見据える。
「それがどうした?」
その声は静かだったが、どこまでも揺るがない芯があった。
オルフェウスは薄く眉を動かし、静かな怒りを滲ませる。
「なぜだ。なぜ私の洗脳にかからない? 本来なら、ただの人間であるはずの君が...」
「失敬だな。」
鈴木は微かに口角を上げた。挑発ではない。自信でもない。ただ、“人間であること”に誇りを持つ者の笑みだった。
「ただの人間じゃない。“人間だからこそ”だ。人間は、お前が思っているよりずっと強い!」
その言葉は、静かに大地へ染み込むような重みを持っていた。
オルフェウスの顔が歪む。
人間に否定されたことそのものが、神としての彼の尊厳を傷つけるのだろう。
「この私に逆らうな。」
次の瞬間、空気が裂けた。
黒い煙が弾け飛び、オルフェウスの姿は一瞬で鈴木の目の前へと移動する。動きはまるで雷。肉眼では追えないはずの速度だ。
しかし――鈴木は一歩も怯まない。
銃声が鋭く響き渡り、オルフェウスの身体に連続で火花が散った。
至近距離からの正確無比な射撃。視界の半分を煙が覆う中でも、一発も無駄にしていない。
「ほう……」
オルフェウスの眼に、初めて“警戒”が宿る。
さらに鈴木は間髪入れずに踏み込み、拳を叩き込んだ。鍛え抜かれた肉体から放たれる連続打撃。衝撃でオルフェウスの黒煙が揺らぎ、地面に亀裂が走る。
「なぜだ……ただの人間は、私に触れることすらできないはず……!」
オルフェウスが後退する。それは彼にとって屈辱に等しいはずだった。
「それはどうかな。」
鈴木は低く笑う。
「人生ってのはな、案外気合でどうにかなるもんだぜ。」
信念のこもった声だった。
どんな逆境にも折れない者だけが持つ、静かな強さ。
「調子に乗るな!」
オルフェウスが怒号を上げる。次の瞬間、影のように姿を変え、鈴木の目の前へと飛び出す。
黒い煙が蛇のようにうねり、鈴木の体内へと一気に流れ込んだ。
「……ッ!!」
鈴木の身体が痙攣し、激しい叫びが響く。拳を握りしめたまま、耐えるように歯を食いしばるが――その力は徐々に抜け落ちていく。
瞳から光が失われ、表情が無表情へと変わっていく。
孤高の戦士であった男が、ゆっくりと頭を垂らし――そのまま、オルフェウスの指示通りに歩き出した。
ついに、“人類最後の砦”である鈴木祐介までもが、オルフェウスの手に堕ちたのである。
その瞬間、空気が変わった。
まるで世界そのものが、ひとつの希望を失ったかのように。
【次話予告】
オルフェウスの標的は――
もう残りただ一人。
そう、実の娘である 早乙女凜華。
父と娘、避けられぬ運命の対峙。
世界の命運は、静かに彼女の肩へと落ちていく。
第48話 早乙女凜華とオルフェウス
必ず読んでね。
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