第46話 遥の新技と恐るべきオルフェウス
「皆さん、目を覚ましてください。他人のために、自分の人生の全部を捧げる必要なんて……どこにもありません!」
高野遥の声は震えていた。
けれどその震えは弱さではない。
恐怖も、迷いも、痛みも全部抱えたまま、それでも前へ進むための覚悟の震えだった。
広場いっぱいに横たわる人々。
虚ろな目をした彼らは、遥の必死の呼びかけにも一切反応を返さず、まるで感情さえ取り上げられたかのように静止している。
オルフェウスの洗脳は、誰かの心を乱暴に壊すようなものではない。
もっと冷酷で、もっと徹底していて――
本当に、世界ごと支配者ひとりの“意志”に書き換えていくような強制力だった。
遥はそれでも立ち続けていた。
胸の奥には、ルナを救えなかった後悔がまだ刺さったまま。
けれど、その痛みが、彼女を止める理由にはならなかった。
(もう……大切な人が消えていくのは、嫌なんです……)
その刹那。
大地の脈が一拍抜けたかのように、空気が淡く震える。
地面のひびの隙間から、黒い煙が音もなく滲み出した。
ゆらり、ゆらりと揺れながら集まり、影が立ち上がり、輪郭をつくり――
ついに、その男が姿を現した。
「……あなたは?」
「私はオルフェウス。この世界で、最も神に近い存在。」
まるで呼吸をする必要さえないかのように静かな佇まい。
遥の顔を見下ろすその表情は、冷たさを超えて“無”に近い。
「さあ、決着をつけましょう。この地球は――すべて私の物なのですから。」
オルフェウスが指を軽く鳴らした。
それだけで、世界の構造が反転するような違和感が広がった。
広場の人々、通行人、動物、鳥、風すら止まったように見える。
すべてがオルフェウスの意志に従うために“待機”した。
人間だけじゃない。
自然すら、彼に膝をつこうとしていた。
「そんなこと、させるわけ……ない!」
遥の全身から熱が爆発するように駆け巡る。
胸の奥で光が脈打つ。心臓の鼓動と、光の拍動が重なる。
ひかりと一緒に戦ってきた日々。
ルナと交わした言葉。
自分の弱さと向き合ってきた時間。
その全部が、今の遥をつくっている。
「光よ、私に新たな力を!
ミラクルミナスブレイク!!」
地面を割り、空気を裂き、光が一直線に放たれる。
光線の軌道はまるで意思を持つかのようにしなり、オルフェウスの心臓めがけて走った――が。
「遅い。」
影が、伸びた。
オルフェウスの足元にあったはずの影が、意思を持つ生き物のように滑り出し、光を“逸らす”。
吸収するでも防ぐでもなく、ただ軌道を曲げて消した。
(影……! 攻撃を読んで誘導しただけ……?)
息をする暇もなく、遥はもう一撃構える。
「なら、これならどうですか……!
ミラクルミナスブレイクッ!」
角度を変えた二段攻撃。
回避した瞬間を狙った、完璧なタイミングの追撃。
――そして。
「ミラクルミナスレインボー!!」
七色の光が弓の形をとり、音速を置き去りにして矢が放たれる。
ひかりとルナの姿が一瞬よぎる。
未来の自分を信じ抜いた“初撃必中”の新技。
常識的に考えれば、どんな強敵でも初見なら反応は遅れる。
遥の読みは理屈として間違っていない。
むしろ完璧だった。
……だが。
バキィンッ!!!
七色の閃光が、まるで硬いガラスにぶつかったように砕け散った。
「……え?」
遥の時間が止まった。
オルフェウスが動いたという気配が、まったくなかった。
でも――気づけば、彼は遥の目の前。
本当に、まばたきほどの隙に。
その距離は、指先を伸ばせば触れられるほど。
オルフェウスの手が、そっと遥の胸元に触れた。
ピシ……ッ。
次いで、鋭い破砕音。
遥のコンパクトが、粉々に砕け散った。
「オルフェウスさん……あなた、最初からそれが狙いで……」
「その通りだ。」
冷たい声。
残酷というより、ただ淡々と“任務を遂行する者”の口調だった。
「星川ひかりのコンパクトも、すでに破壊した。
これで残るは二人だけだ。」
「ま、待ってください!」
遥の叫びは掠れ、痛みと悔しさで震えている。
振り返らないオルフェウスは、歩きながら言葉を続ける。
「待てない。
高野遥、13歳。虹ヶ丘中学校1年生。身長152cm、血液型O型。」
「……やめてください……」
「黒羽集落出身。ひかりと同じく、まっすぐな瞳を持つ。
複数の状況を同時に想定し、的確な判断ができる。
そして――彼女の上位互換だ。」
「ひかりとは比較しないで……!
あの子は……あの子は……そんな風に軽く言われていい子じゃ……!」
涙混じりの声は、オルフェウスの背に何ひとつ届かず。
遥は膝から崩れ落ちる。
残されたのは敗北と屈辱と、心をえぐられるような無力感。
そして、オルフェウスは歩き続ける。
次の標的へ――静かに、迷いなく。
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【次話予告】
オルフェウスが次に名指しした標的は、誰もが想像していた“凜華”ではなかった。
選ばれたのは――ただの一般人、鈴木祐介。
なぜ彼なのか?
彼に何を見たのか?
そして、彼を守り切れる者はいるのか。
第47話 人類の最後の砦
――必ず、読んでね。
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