第41話 心の空白と明かされる事実
月影ルナの死は、私たちの日常を静かに、しかし確実に蝕んでいった。まるで季節外れの寒波のように、気づけば心の奥まで入り込み、体温を奪っていく。
もちろん、私もその影響から逃れることはできなかった。
ファイティング・グローとのあの壮絶な戦い――思い返すたび、胸の奥がきしむ。もしあの時、ほんの数秒でも早く動けていたら、もっと強くなれていたら……彼女は今も隣で笑っていたのだろうか。
そんな“もしも”が、何度も胸の中で渦を巻いては、私を責め続ける。
たとえ運命そのものを変えられなかったとしても、もっとルナと向き合うことはできたはずだ。
一緒に登下校した日、他愛のない会話に笑った日、わずかに触れた彼女の手の温度。
あれらをもっと大切にできたのではないか。
もっと、もっと彼女を知ろうとできたのではないか。
だが、いくら悔やんでも時間は戻ってはこない。
ルナが最後に見た景色が孤独ではなかったか――そればかりが、今も胸を締め付ける。
彼女は幸せだったのだろうか。
訳も分からないままこの世界に生まれさせられ、私たちの前に現れて、ほんの短い時間だけ人間としての喜びを味わい、そして創造主が作った無機質なロボットによって命を絶たれた。
その残酷な道筋を思い浮かべるたび、胸の奥がどろりとした痛みに沈んでいく。
――凜華も、その痛みから逃れられずにいた。
最近、彼女は私たちとの登下校を避けるようになった。
以前なら毎朝当たり前のように隣を歩いていたのに、今は彼氏の山田浩平と2人でいる時間が圧倒的に増えている。
教室で見かける笑顔も、どこか作り物のように薄かった。
それに、学校では“早乙女凜華ファンクラブ”なんてものまでできてしまったが――本人は気付いているのかいないのか、その手のことにはまるで興味を示していなかった。周囲の視線に気付いているはずなのに、まるで自分の世界の殻に閉じこもっているようだった。
それだけ、彼女が背負ったものが重いということなのだろう。
遥も例外ではなかった。
2人で登下校していても、以前のように明るく手を振ったり、くだらない冗談を言ったりすることが減った。
彼女の背中は、どこか縮こまっているように見えた。
時折、遠くを見つめるような思いつめた目をしていることもあった。
「戦いって……こういうことなんですね...」
突然、遥がぽつりとつぶやいた。声は震えていたが、どこか強制的に自分を奮い立たせようとしている響きもあった。
「え……?」
私が聞き返すと、遥は唇を軽く噛み、続ける。
「誰かを守れなければ、心に深い傷を残す。そういうことなんだと思います。
ルナちゃんを失ったのは……私の弱さのせいです。」
私は何も言えなかった。
反論しようとしても、喉が締め付けられて言葉が出てこない。
ただ、続きを促すように静かに耳を傾ける。
「けど……まだオルフェウスを倒せたわけじゃありません。
戦いは終わっていないんです。だから、いつまでも暗い気持ちでいるわけには――」
その時だった。
「その通りだ、高野遥...」
空気そのものを切り裂くような冷たい声が響いた。
振り返ると、夕暮れの空を背にして、校舎の屋根の上に黒い影が立っていた。
マルバスだった。
沈みかけた太陽の橙色の光が、マルバスの輪郭を逆光で包み込み、まるで不吉なシルエットのように浮かび上がらせていた。
風が吹き抜け、黒い外套がゆらりと揺れる。
私と遥は反射的に構えたが、マルバスは片手を軽く上げて制した。
「おっと。今日は戦いに来たんじゃない。
君たちに“面白いこと”を教えに来ただけだ。」
「……面白いこと?」
遥の声がわずかに強張る。
「オルフェウスの正体を知っているかい?」
その一言で、背筋に冷たいものが走った。
「オルフェウスの……正体?」
「ああ。」
マルバスは楽しげに続ける。
「オルフェウスの本名は――早乙女律。
早乙女製薬の社長だ。富も名声も手にし、社会貢献とやらにも励んでいる“立派な大人”さ。」
夕焼けの光に照らされるその笑みは、どこか狂気を孕んでいた。
「だが裏側では、オルフェウス様として暗躍している。」
「うそ……」
「信じ難いかい? なら、早乙女凜華のことを思い出してみなよ。」
マルバスは少しだけ身を乗り出し、私たちを見下ろす。
「あの子、時々ありえない強さを見せただろう?
それに……どう考えても“人間離れ”したほど美しかった。」
ぞくり、と背筋が震える。
マルバスは楽しそうに続けた。
「オルフェウス様は、人間の中で最も“神”に近い存在。その血を継ぐ娘もまた――当然、神に限りなく近い存在になる。」
その声音には、どこか陶酔した色さえ混じっている。
「さて、君たちはどうする?
彼女がオルフェウス様の跡を継いだ時、今の関係を維持できると思うか?
できないだろうねぇ。」
遥の肩がわずかに震えた。
胸がざわつく。嫌な予感が、冷たく這い上がってくる。
マルバスはにやりと笑う。
「だから、そうなる前に――俺が彼女を倒してあげるよ。」
「待って!!」
私の声は乾いた空に吸い込まれ、何一つ届かなかった。
気付いた時には、マルバスの姿はもうどこにもなかった。
残されたのは、沈みゆく夕日と、押し寄せる不安と、どうしようもない焦燥感だけだった。
【次話予告】
浩平と下校していた凜華の前に、突然マルバスが姿を現す。
そして彼女に、オルフェウスとの血の繋がりを告げ――
避けられない一騎打ちを申し出る。
逃げ場など、もうどこにもない。
第42話 決着! 凜華vsマルバス!
必ず読んでね!
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