第20話 絶体絶命!?
「やっぱり謝った方がいいよね……凜華の言うことは正しい。だけど、『もう二度と話したくない』って言われちゃったし、謝っても許してもらえないかもしれない——」
その言葉が途切れるたびに、胸の内で小さな欠片が剥がれていくようだった。
街はいつもと変わらず流れているのに、私だけ時間の速度が落ちていく。
足取りは鉛のように鈍く、靴底に砂でも詰まっているかのように重い。
街灯の光が道に薄い輪を描き、遠くの自販機の青い蛍光が震えて見えた。
俯いた視線の先で、人影はどんどん引き伸ばされていく。
そんな時、反対側から歩いてきた〈誰か〉に思い切りぶつかった。
肩がぶつかっただけのはずなのに、心臓の奥が弾かれたように痛くて、思わず顔を上げる。
「す、すみません……」
慌ただしく零れた言葉は、街の雑音に飲まれそうだった。
ぶつかった相手の女は、私をじっと見下ろしている。
薄ら笑い。その笑いの端に刺があるようで、周囲の空気が一瞬で冷えた。
「……あんた、随分弱ってるみたいね。」
声に含まれた怜悧さが、胸の奥に冷たい影を落とす。
真っ直ぐに見つめられると、逃げ場がない。喉が渇き、口の中がぴりりと痺れた。
「あなたは……?」
声が震えているのが自分でもわかる。
女はゆっくりと口角を上げ、まるで自己紹介のように名乗った。
「私はルシフェリア。世界の秩序を乱す者よ。あんたのネガティブな感情、ちょうどいい材料にさせてもらうわ。」
その瞬間、世界がほんの少しだけ歪んだ。
光が屈折したように周りの景色が滲み、耳鳴りに似た低い振動が胸に伝わる。
女の手が——触れたというより、私の内側に滑り込むような感覚だった。
冷たく、べたつく感触が腹の奥を掴み、何かが引っ張られる。
痛みの輪郭は曖昧。熱さと冷たさが同時に押し寄せ、吐き気が襲った。
「ぁああっ……あ、や、やめ……てっ!」
叫びは喉から飛び出したが、薄いガラスに阻まれたようにすぐ消えていく。
足がもつれ、膝が抜けた。地面が急に遠くなる。
息が細くなり、呼吸のリズムが崩れていく。
目の端が白く滲み、世界の色が薄れていく感覚に襲われた。
必死に顔を上げようとするが、指先に力が入らない。
視線の先にあったのは、冷酷な視線──それは私自身だった。
いや、私に似た〈もう一人〉が、鏡の裏側から滑り出したようにこちらを覗き込んでいる。
肌は同じでも、その目には私が持っていない残虐性が宿っていた。
「友達と喧嘩したのね。可哀そうな私。その子のこと、憎いんでしょ?
人を傷つけるような友達なんて、いなくなればいいのに。
私が代わりに、その子を倒してあげるよ。」
言葉が一つずつ胸に落ちる。
落ちるたびに、内側から何かが抜き取られていくような感覚が増していく。
泣きたいのに涙すら出ない。
怒りでも悲しみでもない、もっと深い“持って行かれる”ような虚無。
まるで私の輪郭が、誰かの指先でなぞられ、薄くなっていくみたいだった。
「光よ、私に新たな力を! マジカルミナスブレイブ!」
残り火のような力を振り絞って、変身の呪文を口に出す。
手にした弓は頼りなく震え、それでも矢を放った。
けれど、それは簡単に受け流された。
もう一人の私が同じように弓を引き、放った矢を指先一つで弾き返す。
私はその光景を、ただ虚ろに見つめていた。
「今度は、こっちの番だよ。覚悟してね。」
放たれた矢は鋭い衝撃ではなかった。
だが、当たった瞬間、体内の奥底から冷たい電流が這い上がるような痛みが走る。
筋肉が痙攣し、視界が波打つ。
意識の縁が波にさらわれるように揺れ、力はどんどん抜けていった。
もう一人の私はにやりと笑い、ゆっくりと近づいてくる。
足取りは確かで、まるで獲物を確認しながら近づく肉食獣のようだ。
近づくにつれ、私の中の記憶や匂い、触れた温度が少しずつ薄れていく。
何かが私の中から吸い取られている——温度、色、私を私たらしめていた記憶まで。
形が歪む。
もう一人の私の輪郭が滲み、やがて獣じみた影へと変わっていく。
そして——彼女は私の腹部に喰らいついた。
「痛っ……ちょ、やめてよ……」
声は砂を噛むように掠れ、か細い。
抵抗しようにも手足は鉛のように重く、思考さえ遠のく。
腹の奥から、暖かさや色彩、かすかな希望のようなものが抜け出していくのを感じた。
温度が冷め、味覚が薄れ、笑い声の記憶が遠のく。
叫びはあるのに、外へ届かない。
声は途中で細くなり、空気に溶けて消える。
首元の宝石の色が、枯れたように茶色く濁った。
誰か、助けて——。
心の中で叫ぶ。
だがその叫びさえ、手の届くところから次第に薄れていく。
世界は静かになる。
残るのは、震える指先と、すでに欠けかけている自分の輪郭だけだった。
【次話予告】
絶体絶命の私の前に、救いの手が差し伸べられる。
それはもちろん……
第21話 救いの手
必ず、読んでね!
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