第7話「監視の夜、揺れる灯」
里の柵の外に、王都の査察隊が陣を張った。
紫地に銀の角の旗が夕闇を裂き、鎧の列が無言で並ぶ。
泉のきらめきは、監視の瞳に照らされ、いつもの柔らかな水音が、やけに冷たく響いた。
里人は恐れていた。
子どもは声を潜め、女は鍋を抱え、男は槍を握りしめる。
だが、誰も逃げなかった。泉を捨てれば、命も同じだからだ。
俺たちは焚き火の傍に地図と石板を広げ、作戦を練った。
三日――その期限を一刻も無駄にできない。
◇夜の設計
セレナが石板に指を走らせる。
「等流の要は“枝水路”のバランス。今のままでは四割。最低でも六割に増やさなきゃ王都は承知しない」
ミラが薬包を並べ、淡い火をともす。
「でも泉の水位が下がれば、里は干上がる。昼と夜で弁を切り替えても、誤差は必ず出るわ」
「だから“余剰を戻す弁”をつける」
俺は掌に泉の水をすくい、滴の流れを追った。
「夜間に余りを里へ、昼間は干ばつ地帯へ。――水を“往復させる”んだ」
「往復?」アリアが首をかしげる。
「水は戻らないものじゃ?」
「戻らないんじゃない。戻れないんだ。通り道を用意すれば、律が押し返す前に自然と巡る」
セレナが目を細める。「理屈は通る。問題は“結び目”をほどく時間……」
俺は頷いた。
「三日で仕上げる。昼は枝を育て、夜は弁を調える。――その間、里を守り抜くんだ」
◇火の見張り
交代で番をする。
最初の番はアリア。尾を揺らしながら、柵の外の炎を睨む。
「見て。王都の焚き火は強すぎる。私たちを怯えさせるためよ」
「怯えないさ」
俺が言うと、アリアはふっと笑った。
「レオンさんは、本当に……強いね。昔からそうだった?」
「いや。俺は追放されて、ようやく気づいた。強さって、剣や魔法じゃない。“つなげること”だって」
アリアは尾を撫で下ろし、声を潜めた。
「なら、私も繋げたい。里と王都、あなたと……」
言いかけて、顔を赤らめて目を逸らした。
焚き火がはぜる音が、やけに大きく響いた。
◇薬師の灯
二番の番はミラ。
草の火を灯し、匂いで虫を追い払いながら、俺の手を取り包帯を替えてくれる。
「ひどい火傷だね。……断脈刃に触れたとき、死ぬと思った」
「でも、生きてる」
「それが不思議。レオン、あなたは“折れない”。私がどんな薬を使っても治せない心の傷まで、勝手に塞いでる。……だから、支えるのが怖いのよ」
彼女の緑の瞳は揺れていた。
「怖いのは?」
「あなたが前に行きすぎて、私の手が届かなくなること」
俺は笑った。
「じゃあ、届く距離で一緒に来い。薬師の手は、仲間の心臓を動かすんだから」
ミラは小さく息を呑み、薬草の火に顔を寄せた。
「……ずるいな」
◇調整官の影
最後の番はセレナ。
外套の影から見える瞳は、夜でも鋭い。
「あなた、敵を睨むときは村人じゃない顔をする」
「……そうか?」
「ええ。だが覚えておきなさい。王都は論理で動く。情熱では折れない。三日で示す設計が“法”より強い言葉になる」
「できると思うか?」
セレナは薄く笑った。
「村人ごときに世界を変えられては困る。――だから、きっとできる」
彼女の笑みは冷たいが、どこか温度を隠しきれていなかった。
◇迫る足音
夜明け前、地が震えた。
アリアが跳ね起き、ミラが火を掴み、セレナが杖を掲げる。
柵の外で、王都の査察隊の列が動いていた。
「こんな早朝に……攻めてくる?」
俺は泉の前に立った。
水面が赤く揺れ、女神の声がかすかに響いた。
『――律を乱す者、迫る』
胸の奥が焼けた。
三日の猶予は、まだ一夜しか過ぎていない。
だが、すでに刃は向けられていた。
「来るぞ!」
柵を叩く音が、朝の静けさを破った。
泉が揺れ、均しの律が軋む。
俺たちは武器を構え、最初の衝突を迎えようとしていた――。




