第18話「乾きの門、砂に沈む拍」
◇門前の静寂
砂漠都市セカラの地下奥、階段を下りきった先に、それはあった。
黒曜石のような扉。中央には巨大な砂時計の紋が刻まれ、砂粒がひとりでに落ちていた。
扉はまだ完全には開いていない。だが隙間から吹き出す風は、灼熱と冷水を同時に含んでいた。
アリアが弓を構え、尾を逆立てる。
「……もう音が聞こえる。砂が歌ってるみたいだ」
ミラは掌で石壁を撫でた。
「ここに立つだけで喉が渇く。香を焚いても、すぐに消される」
セレナは石板を掲げ、符を写し取る。
「扉には二重の符。“乾き”と“流れ”。矛盾した律を同時に押さえ込んでいる。――これが門の正体」
俺は掌を扉に触れた。
胸の祠が震え、滞りとは異なる、もっと深い虚無が流れ込んでくる。
◇第一の試練 ― 砂の回廊
扉の砂時計が逆に流れた瞬間、空間が揺れた。
気づけば俺たちは砂の回廊に立っていた。
天井はなく、無限の砂が降り注ぐ。
進まなければ埋もれる。止まれば窒息する。
「動け!」
俺は叫び、拍を刻んで足を運ぶ。
アリアが先導し、矢で砂の流れを裂く。
ミラが香で呼吸を保ち、セレナが雷で進路を固める。
だが砂は意思を持っていた。
前へ進もうとするたび、足元に渇きが吸い込まれる。
俺は胸の祠を開き、砂の虚無を受け止めた。
「……全部、祀る!」
祠に新たな置き場を作り、渇きを鎮める。
やがて砂は渦を巻き、回廊の先に光の穴を開けた。
◇第二の試練 ― 鏡のオアシス
光を抜けた先は、広大な湖だった。
だが近づくと、水面は鏡で、そこに映るのは俺自身。
しかも、祠の奥で囁く「影の自分」だった。
『等流師よ。お前は“奪って巡らせている”だけだ。祀るとは支配だ』
鏡の中の俺が、掌から黒い水を吐き出す。
それは俺が胸に収めた滞りと渇きの残滓。
アリアが矢を射るが、鏡に吸い込まれて消える。
ミラの薬も効かず、セレナの雷すら反射される。
俺は鏡の前に立った。
「祀るのは支配じゃない。――共に歩むためだ」
そう言い、俺は鏡の水を胸の祠に迎え入れた。
苦痛で視界が白む。だが三人が背に手を当て、拍を合わせてくれる。
次の瞬間、鏡は割れ、水が本物の泉となった。
◇第三の試練 ― 門の心臓
泉の奥に、再び黒曜石の扉。
だが今度は完全に開いていた。
中には巨大な砂時計が宙に浮き、砂は逆流と順流を同時に繰り返していた。
「これが……乾きの律の心臓」
セレナが呟く。
アリアが矢を構え、ミラが薬袋を握る。
俺は胸の祠を開き、拍を扉に合わせた。
――その瞬間、全身が引き裂かれるような痛み。
砂時計の砂が胸に流れ込み、祠が悲鳴を上げる。
祀る場所が足りない。
「レオン!」アリアが叫ぶ。
「一人で背負うな!」ミラが手を重ねる。
「等流は“共に”だ!」セレナが声を張る。
三人の拍が祠に流れ込み、置き場が広がる。
砂時計の砂は静まり、律は巡りに変わった。
◇門の鎮まり
轟音と共に砂時計が砕け、光の砂が空に舞い上がる。
砂漠都市セカラの井戸から水が噴き出し、人々の歓声が響いた。
女神の声が胸に降りる。
『乾きは祀られた。汝は等流師として、大陸を巡らせる者となった』
胸の祠は静まり返り、拍は深く安定していた。
だが女神の声は続いた。
『次は“海”。巡りの果てに待つ“溢れの律”。――そこへ備えよ』
俺は深く息を吐き、仲間たちを見た。
「まだ旅は続く。……一緒に行こう」
アリアが笑みを見せ、ミラが頷き、セレナが小さく口角を上げた。
砂漠に新しい風が吹き、夜空に星が巡った。
(つづく)