第17話「乾きの門、砂漠の呼び声」
◇砂の海原
王都を発って十日目。
地平線は焼けた砂で覆われ、風は熱を含み、遠くの蜃気楼が海のように揺れていた。
ここが大陸南部の砂漠。女神が告げた「乾きの門」が眠る土地だ。
アリアは汗を拭いながら弓を肩にかけた。
「……獣の匂いがしない。森育ちの私には、逆に怖い」
ミラは乾いた唇を潤す薬草茶を配る。
「水袋も残り少ない……この土地では、薬草も乾いて粉になってる」
セレナは石板を広げ、刻まれた古代符を指でなぞる。
「“砂漠の門”……王都の記録にも断片しかない。だが確かに、この方角」
俺は掌を砂に当てる。
拍はほとんど聞こえない。乾きが律を殺している。
――祠の奥で、何かが眠っているのを感じた。
◇砂漠の都市
やがて、砂丘の向こうに白い石壁が現れた。
壁は崩れかけ、門の上には水瓶の代わりに“砂時計”の印。
そこは「砂漠都市=セカラ」。
門をくぐると、街は静まり返っていた。
井戸は枯れ、広場の噴水は砂に埋もれている。
人々は布で顔を覆い、乾いた瞳でこちらを見つめるだけ。
市場に立つ老婆が掠れた声で言った。
「等流師……? 水を呼ぶ者か……。だが、この地で水は“門”に奪われる」
「門……?」
「砂の底にある。開けば、すべてを飲み込む。閉じれば、誰も生き残れぬ」
◇古代の碑
セレナが案内を請い、街の地下へと降りた。
そこには黒い石碑が並び、古代文字が刻まれていた。
「読めるか?」俺が問う。
「部分的に。……“滞りを祀りし者、次は乾きを祀れ”。――等流師への預言だ」
石碑にはさらにこう続いていた。
「門は千年に一度開く。乾きの律を祀らぬ時、砂は大陸を呑む」
胸の祠が震える。
滞りを祀った時と同じ、だがもっと大きな気配。
砂そのものが、渇きの意思を持って迫ってくる。
◇砂の襲撃
突如、地下が揺れた。
砂が壁を破り、巨大な影が這い出す。
――砂の獣。乾きの律が形を取った存在。
アリアが矢を射る。だが砂に飲まれて消える。
ミラが香を焚く。だが風が吹き払い、匂いは広がらない。
セレナの雷が獣を裂くが、すぐに砂が元に戻る。
俺は掌を砂に押しつけた。
渇きの拍が胸に流れ込み、祠が悲鳴を上げる。
「……祀るしかない!」
◇祠の拡張
三人が俺の背に手を当てる。
アリアの勇気、ミラの慈しみ、セレナの冷静。
その拍が祠を広げ、渇きの律を収める場所を作る。
胸の奥に、砂漠の門の影が現れる。
渇きそのものが祠に飲み込まれ、少しずつ鎮まっていく。
砂の獣が咆哮し、崩れ落ち、ただの砂に戻った。
街の地下に静寂が戻る。
◇新たな門
だが石碑がひとりでに砕け、奥に暗い階段が現れた。
そこから吹き出す風は、乾きと水の両方を含んでいた。
セレナが低く言う。
「これが……“乾きの門”。まだ完全には開いていない」
ミラが俺の手を握る。
「レオン……もし祀りきれなかったら?」
「その時は俺の祠ごと……門を閉じる」
アリアが尾を強く振り、矢を番えた。
「なら私たちが一緒にいる。絶対に一人で祀らせない!」
俺は頷き、暗い階段を見下ろした。
――大陸を救うための、新たな結び目。
等流師の旅は、さらに深く続く。