第16話「祝祭と、大陸の呼び声」
◇凱旋の広場
王都の中央広場は人で埋め尽くされていた。
噴水が高く水を吹き上げ、その虹を背に、子どもたちが走り回る。
老人は目を潤ませ、商人は桶を抱えて笑い、兵士でさえ兜を脱ぎ手を振っていた。
「等流師!」「等流師!」
声が波となり、広場全体を震わせる。
俺は胸の奥に手を当てた。祠は静かで、拍は澄んでいる。
滞りを祀ったあの日から、流れはさらに深くなった。
アリアが尾を振りながら、弓を高く掲げる。
「レオンさん! みんな、こんなに喜んでるよ!」
ミラは薬草を焚き、香りを広場に広げる。
「渇きの匂いが消えた……今は水と花の匂いしかない」
セレナは石板を掲げ、数字を民衆に見せる。
「偏差なし。均しの律は安定。――証明されたわ」
◇夜の祈り
祭りの夜。
俺たちは石館の屋上に座り、王都の灯火を眺めていた。
アリアが空を見上げ、笑いながら言った。
「ねえ、あの星も巡ってるんだよね。私たちの拍と同じように」
ミラが頷く。
「花も種も、水が巡るから命をつなぐ。……あなたも同じなんだね、レオン」
セレナは黙ってワインを口にし、やがてぽつりと呟いた。
「巡りを祀る者。――等流師。……でも、拍を支える私たちも、その一部であるべき」
俺は胸に手を置いた。
確かに三人の拍がここにある。
一人では背負えなかったものを、今は一緒に抱えている。
◇女神の再来
その時。
風が止まり、水の音が空気を満たした。
女神の声が、静かに降りてきた。
『――よくぞ滞りを祀った。だが、水脈は王都だけではない。大陸の南、砂漠に“乾きの門”が開きかけている』
俺の胸が熱を帯びる。
「砂漠……?」
『千年の渇きが目覚める前に、等流の拍を刻め。さもなくば、大陸そのものが裂ける』
声は途切れ、風が戻った。
アリアが目を輝かせる。
「次の旅、だね」
ミラは不安げに唇を噛む。
「でも砂漠……水も薬草も少ない。命を繋ぐのが難しい」
セレナは静かに笑った。
「難しいからこそ、等流師が呼ばれる。――行くしかない」
◇別れと出発
翌日、俺たちは王都の門へ向かった。
老議員が見送りに立ち、杖を鳴らす。
「等流師よ。王都を救った恩、忘れぬ。だが次は大陸を救え」
市民たちが桶を掲げ、水を一滴ずつ差し出した。
それは里の子どもたちと同じ、祈りの証だった。
俺は桶を受け取り、胸に抱いた。
「必ず戻る。巡りは途切れさせない」
アリアが弓を背に、ミラが薬袋を抱え、セレナが石板を胸に。
四人で並び、砂漠へと続く街道に足を踏み出した。
拍は確かに繋がっている。
大陸の結び目をほどく旅が、今始まろうとしていた。
(つづく)