第15話「王都決壊、滞りの律」
◇市中の異変
夜明け前、王都の路地を歩いていると、胸の祠が急に軋んだ。
水の拍が不揃いに跳ね、市中の水路がざわめき始める。
井戸の水が急に泡立ち、桶を下ろした子どもが悲鳴を上げた。
「レオンさん!」
アリアが駆け寄る。尾が逆立ち、弓を握る手が震えていた。
「運河の流れが逆になってる!」
ミラも息を切らせて飛び込んでくる。
「広場の井戸で人が倒れた! 符の毒に似てる……でももっと強い!」
セレナは石板を掲げ、眉を寄せる。
「市全体で“逆拍”が仕掛けられてる。――導水ギルドが、ついに動いた」
俺の胸の祠が熱を放ち、残滓の囁きが響いた。
『――滞りを解き放つ。札も人も、水を渇かせよ』
◇議会の混乱
急ぎ議会へ駆け込むと、すでに混乱が始まっていた。
議員たちが立ち上がり、「運河が溢れる」「市場が崩れる」と口々に叫んでいる。
老議員が杖を叩いて制止するが、声は届かない。
その中央に、導水ギルド代表が立っていた。
「見よ! 等流など脆い幻想だ! 札こそ秩序だ! 王都を守れるのは我らだけ!」
市民代表が抗議するが、黒外套の兵が押さえつける。
札束が議場に撒かれ、拾おうとする手と拒む手が交錯する。
俺は声を張り上げた。
「等流はまだ折れてない! 逆拍は“滞りの律”を呼び覚ましてる。――止める!」
◇地下への突入
議場を飛び出し、石館へ戻る。
セレナが古文書を開いて指し示す。
「滞りの律……古代の“封じられた水法”。第二層のさらに下、“第三層”に封じられている」
アリアが矢を握りしめる。
「じゃあ、そこを壊すしかない!」
ミラは震える声で言う。
「壊したら……王都全体が崩れるかも」
「だから“祀る”んだ」俺は胸に手を当てた。
「祠をさらに広げる。滞りそのものを置き場に収めて、巡らせる」
三人が目を見交わし、頷いた。
「なら一緒に行く」
◇第三層の封印
石の穴を下り、湿った空気の奥へ。
やがて辿り着いたのは、巨大な石盤で塞がれた広間だった。
盤の中央には黒い水瓶の紋。札の印が幾重にも刻まれている。
石盤の周りで導水ギルドの黒外套が円陣を組み、低い呪文を唱えていた。
その中心に、背の高い影。――あの夜、闇で声を聞いた男だ。
「来たか、等流師。だが遅い。滞りの律はすでに目覚めた」
盤が振動し、地下全体が唸る。
逆拍の波が王都全域に広がり、地上で悲鳴が上がるのが聞こえた。
◇戦いの拍
「行け!」
アリアの矢が飛び、黒外套の符を打ち抜く。
ミラの香が煙を広げ、呪文の声を鈍らせる。
セレナの雷が石盤を縛る札を焼き切る。
俺は掌を盤に押し当て、祠を全開にした。
灼けるような痛みが胸を突き抜ける。
――滞りそのものが流れ込んでくる。
「ここで、祀る!」
怒り、渇き、奪い合い。
その全てを否定せず、祠に置く。
祠は悲鳴を上げるが、三人の拍が俺を支える。
アリアの矢の律動、ミラの呼吸の優しさ、セレナの術の冷徹。
それらが祠に新たな空間を作り、滞りを鎮める。
◇決壊と再生
轟音。
石盤が砕け、封じられた水が解き放たれる。
だが暴流にはならなかった。
祠に収められた滞りが巡りに変わり、水は穏やかに第三層を満たしていく。
黒外套の男が叫ぶ。
「馬鹿な……滞りを祀れるはずが……!」
俺は息を切らしながら睨んだ。
「滞りも拍の一つだ。否定するんじゃない、巡らせるんだ」
男は崩れ落ち、影と共に闇へと消えた。
◇地上の光
地上に戻ると、運河は静かに拍を刻んでいた。
市民が歓声を上げ、噴水が高く水を噴き上げる。
議会の鐘が鳴り響き、老議員が宣言した。
「等流帯は確立した! 等流師は王都の守り手である!」
アリアが笑みを見せ、ミラは泣きながら俺に抱きつき、セレナは石板に新しい数字を書き込む。
胸の祠は静かだった。
滞りを祀ったことで、拍はより深く、強くなっていた。
「まだ終わりじゃない」
俺は遠い水脈を見つめた。
「次の結び目が、必ずまた現れる。――でも、俺たちは巡らせられる」
女神の声が、ささやかに響いた。
『汝の拍、もはや一人のものにあらず。――巡れ、等流師』
(つづく)